3話
「おーいミラノー!ヤキュウしようぜー!」
まだ朝も早いというのに私を心地よい眠りから覚ます声が2階の部屋まで響く。
「少年少女達!お姉さんもヒマではないんですよ!朝から忙しいから今日は放っておいて下さい!」
「もう昼なんだけどー。ミラノは寝てるだけでしょー!」
窓を開けて返事をするが、返ってきたのは心ない言葉。なんて失礼な子供達だ。日々神に祈りを捧げ、くたびれた教会の補修に努める私には多くの睡眠が必要だというのに。まあすっかり目が覚めてしまったから相手をしてあげましょう。
「仕方ないですね!直ぐいきますから、準備しながら待っていて下さい!」
「はーい!」
あまり待たせると戦う相手にも失礼かと急いで準備をし、愛用のバットを片手に教会を出るとちょうど巡回をしていた騎士が目の前にいた。
「おはようございます。ミラノさん今日はどちらに?」
「いつもご苦労様です。子供達に呼ばれまして。今日はおそらくサタ教の相手との戦いですね。」
「ああ、あの…。そうなんですかお気をつけて。あと、あんまり張り切りすぎないで下さいね。また騎士団の宿舎を壊されたらたまりませんから。」
「うふふふ。以前のは偶然ですよ。では私は急がなくてはなりませんので。」
騎士の方に背を向けて歩き出すが、背中に視線が突き刺さっている気がしますね。
ヤキュウというのはかつてヤキュウの神ハルサダが伝えたという戦い。相手の魔法使いが放った魔力弾を戦士達が打ち返すという互いのプライドがぶつかり合う神聖なものなのだ。その過程で被害が生まれるのは仕方が無いことでしょう。うん。私を恨むのは筋違いといえる。
しかし以前に爆発魔法弾を打ったときの事故は子供達の密告により露見したが今後はそういうことが無いように注意しなければ。気を取り直して戦場に向かうとしましょう。
「今日は骨のある相手だといいのですが。」
ああ今日も平和ですね。たまには私を驚かしてくれる出来事があっても良いのに。
◇◇
今日の相手は強敵だった。まさか愛用のバットが折れてしまうとは。だがそれを代償にしてのあのホームランは爽快でしたね。弾が騎士団宿舎の方に飛んでいったのは気にしないでおきましょう。
確かな満足を得て教会へと帰る。さて、今日はこれからどうしましょうか。本当は外の掃除をする予定であったがヤキュウの後での疲労感もあって正直億劫だ。
「仕方ないですね。今日はアカヤ様への祈りを捧げながら迷える子羊が来るのを待ちましょうか。」
といっても実際は信徒の方も殆ど来ない。アカヤ教は最近人気が無いのだ。人間皆、貧富や男女の差が無く、良いことも悪いことも平等であるという教えがあるアカヤ教。昔は流行ってた時もあったようだけど自分が教会を任されるようになってからは人を見ることは少ない。やはり信じれば御利益があるという他の教会の方が人気だ。
当の自分もあまり恵みを感じたことが無いので仕方ないとは思っている。なぜ私の神は平等を説く神なのだろうか。寄付が少ない分は騎士団での手伝いやギルドに顔を出したりすることで賄っている状況なのである。やはりお金が無いのは困る。
「愚痴ってても仕方ないですね。とりあえず部屋にでも…。」
独り言が多くなっているのは気をつけなければと思いつつ部屋へ向かうが、その途中で鏡に自分の姿が映る。相変わらずの長い髪が見えるが、どうも砂埃などの所為で清潔とはいえない状態になっている。
少し、気になりますね。
「たまには贅沢をしてもバチは当たらないでしょう。」
今日はお昼からお風呂に入りましょうか。
部屋に戻ってクローゼットを漁る。着替えと、タオルと、あとは…。
「そういえばバットが無いですね。」
以前間違えた留守かと私を探す騎士団の方が入ってきたことがあったのだ。浴室の鍵も壊れているため、一応の用心のためにバットを持って行っていたのだが。
なんか代わりになるもので良いでしょうか。バットの代わりになる物は何があったか…。
と、歩きながら考えていると視界の中に黒い金属製の鈍器、もといフライパンが入る。
「フライパン…。まあ今日だけのことですし、一応持っておきましょうか。」
長年の使用により手になじむそれをついでに持ち、たまの贅沢に軽い足取りで風呂場に向かった。
◇◇
この教会をやっていて一番良かったと思うことはこのお風呂だ。先代だか、先々代の時代に造られたこのお風呂は魔力を使うことで何時でも快適に湯浴みができる。
「ふー。良い湯ですねー。」
浴槽で足を伸ばしながら伸びをしてしまう。これでお酒でも飲めたら最高なんですが…いや、いけない。
プリーストたる者お昼からお酒を飲むというのは良くない。数少ない信者にあきれられること必至だ。酒に関する禁があるわけでは無いがやはり贅沢は慎まねば。
グー。
お腹が鳴る。そういえば朝食を食べていなかったのもあってお腹がすいている。折角お風呂に入って気分が良かったのに何か悲しくなってきた。
「ああ、今日もパンとスープだけの食事。お肉が食べたい。」
思わず独り言も出てしまうというものだ。
お腹に手を当てる。手を当てようとするときにつっかえるモノが無いがさらに悲しい。
自分の体の成長が少々乏しいのは間違いなく貧相な食事のせいである。間違いなく。
そもそも不公平なのだ。特に巡礼者とか名乗っている冒険者のプリースト職達は。彼ら彼女らは肉も食べるしお酒も遠慮無く飲んでいる。
世の中で伝説となっている聖女とか呼ばれていたプリーストも冒険者だったらしい。日々真面目に教会でせっせと仕事をしている私たちを差し置いて聖女と呼ばれるとは。っていうか聖女は魔王を倒した伝説の勇者と結婚したとかいう話もある。おかしいでは無いか。清き身体はどうしたというのだ。自分もこんな古びた教会をほっといて冒険者にでもなろうかしら。それともヤキュウ戦士になろうか。
ついそんなことを考えてしまう。
本当に神様が私たちの声を聞いているというならば天罰でも与えられそうですが祈ってみましょうか。
神よ、願わくばおいしいご飯を私に与えたまえ。あとお酒も飲みたい。
「ってかなえてくれたら苦労しな……えっ。」
いきなり突如目の前が光り輝き視界が奪われる!思わず立ち上がりるが状況が分からず混乱する。しばらくして光が収まると視界が空けた先に見えたのは短パンにシャツの男。手を大きく広げ何故か上を向いている。
あまりに唐突な出現に絶句しているとこちらを向いた男が目を開く。目が合った。お互いに沈黙。一瞬動きが止まった男だが何かに納得したような表情をして口を開いた。
「…我は、汝の願いを聞きこの地に降り立ったもの。さあ、我に選ばれし者よ。我が言葉を聞…」
何かをしゃべろうとしたが耳には届かない。私は日々鍛えた渾身のスイングで男の顔をフライパンで強打。追撃に縦にしたフライパンを頭に叩き付けたのであった。
◇◇
鳥の声が聞こえる。
目を開くと差し込んでくる朝日に目が眩む。
背中が痛い。ここはどこでしょう。ねむけ眼をこすりながら周りを見ると祭壇が見える。どうやら教会の礼拝堂のようですね、何でこんな所に。近くには何本かのビンが転がっているのも見える。掃除をしなければ。
…そして目の前には鎧を着た短髪の女性。
夢ですね。私は再び目をつむり堅いベンチに背を預けようと…頭を捕まれた。
目が怖い。頭が痛い。
「ミラノ様。これはどういうことでしょうか。」
…ついでに言うと何故かパンツ一丁のカミヤさんも近くに転がっていた。
ああ神よ。私を救い給え。