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神と聖女のフライパン  作者: 愛知幸
2/5

2話


 頭に走った痛みから目を覚ます。

 どうやら俺はずいぶん眠っていたようだ。窓からは大きな月が見える。


 ぼんやりした頭の中自分の状況を把握する。確か、この地に降臨した俺は突如現れた暴漢に襲われ意識を失ったんだったな。ベッドに寝かされているということは誰かに助けられたということか。とりあえず今の状況を確かめないとな。

 

 そこまで考えた所でもう一度体を見る。さしあたっての問題は体が縄で縛り付けられていることだ。


 かなりしっかり縛ってある。どうにか脱出できないかともがいてみるが、縄が緩む気配はない。どうしたものかと唯一自由に動かせる頭で周りを見渡す。見える物はタンスとテーブル、あと俺の血の所為か赤くなったシーツ。そして壁際には斧が見えた。 

「お、斧があれば縄が切れるじゃねえか。なんでこんなとこにあるのか知らんがあれをどうにか使えないか?」

 もう一度もがいて体勢を変えてみる。何とか立ち上がれないか。とそこで、さらに部屋の壁に立てかけられた物に気づく。

 そこに見えるのは大きなスコップ。

 …今の状態を改めて確認する。縄で縛られた自分、血で濡れたシーツ、光る斧、人を埋める穴を掘るにもにも問題なさそうな大きなスコップ。えっ、これは生命の危機なのでは?


「誰かー!助けてくれ!監禁されている!殺される!」

 俺はあらん限りの声で叫んだ。

 その声が届いたのか部屋の外から駆けてくる音。そして勢いよくドアが開く。

「やめてください!何時だと思っているんですか!?」

 駆け込んでくるのはフライパンを持った少女。

「ひいっ!?殺人鬼!?」

「違います!」

 いや、犯人は皆違うという物だ!

「俺を失うことは世界にとって大いなる損失になるぞ!冷静になってよく考えてみろ!」

「冷静になるのはあなたです!とにかく静かにしてください!町外れとはいえ、人がこないとも限らないんですよ!」

「そうか騒がれると都合が悪いのか!なら黙るわけにはいけないな!?誰かー!ここに殺人鬼が!胸の平たい族の女が襲いかかってきますー!助け…。」

 その瞬間、素早く近づいた少女が左手で俺の首筋を掴む。右手には何故か光り輝くフライパン。

「…もう一度眠らされたいのですか?」

「大変申し訳ありません。」

 そう、人は話すことによって意思を交わせる物だ。冷静になろうじゃないか。


◇◇


「それで、あなたは何者なのですか?」

「はい。私はカミヤと申します。お嬢様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」

「よろしい。私はこのアカヤ教の教会でプリーストをしています。ミラノと申します。あとその気持ち悪いしゃべり方をやめなさい。」

 お気に召さなかったようだ。

「えっと、何で俺は縛られているんだ?」

「縛るのは当然です。突然現れた不審者を自由に出来るわけがないでしょう。何ですか。姿隠しの魔法を使った覗きですか?魔法犯罪は重罪ですよ。」

「違うよ。俺は祈りを捧げる声を聴いた先に降りただけなんだよ。事故だ。事故。アンタが風呂場で祈りをするのが悪い。」

「何を言っているんですか?斬新な犯行理由ですね。神の名を使っての犯行とは。ここがどこだか分って言ってます?」

「本当だよ!あんた教会の人間だろ!?見ろよ!この神々しいオーラを!」

「はいはい。分りました。では覗きの神であるカミヤ様、騎士団の方々に祝福を与えに行きましょうか。」

 コイツ、全然信じていないな。プリーストともあろうものが嘆かわしい。しかし、騎士団へ突き出されるのはマズい。何とか言い訳を…。 


「そういえば何で直ぐに町の騎士に突き出さなかったんだ?わざわざ縛って置いておく必要ないだろう?」

 ふと浮かんだ疑問をぶつけてみると聞いたミラノの動きがぴたっと止まる。

「そ、それは覗きの犯人とはいえ、傷ついた人をそのままというわけにはいかないですから。」

 目を逸らされた。おい、こっちを見ろ。

「その血で濡れたシーツは何だ?」

「血が出たあなたを拭いた所為ですね。弁償してください。」

「大剣は?」

「今日やっていたヤキュウの試合でバットが折れてしまい、その代わりとして使おうかと。」

「じゃあ、そこの、デカいスコップは?」

「あれですね。飼っていたツチノコが亡くなりまして。お墓を建てねばと思いまして。」

「嘘つけ、おかしいだろ!お前アレだろ!俺を置いておいたのは様子を見るためだな!もし俺が死んでたら隠すつもりだっただろ!」

「チッ、鋭い。」

 この娘俺の信者なんだよな。本当にウチにはまともなのがいないな。あと首を掴んだ手をそろそろ離してほしい。生命への不安が拭えない。


◇◇


「なあ、いい加減ほどいてくれよ。」

 ずっと縛られたままだとつらいんだが。ミラノは落ち着いたのか椅子に座ったまま俺をあきれた顔で見下ろしている。

「何一つあなたの疑惑は晴れていませんから。」

「だから俺は神なんだって。」

「まだそんなこと言ってるんですか。そこまで言うのならそうですね。神様だったら何かそれらしい力があるのでしょう?何か見せてください。それで信じてあげましょう。」

 まったく。わがままな奴め。しかし、神の力ね。追放された所為で殆ど力が無いんだがどんなのがあったか。


「そうだな。平等主義と言われる俺はこの身であっても両手に持った物の重さが同じであるか正確に分かるぞ。」

「じゃあ騎士団の所に行きましょうか。」

「待て待て待て!じゃあ、あれだ。どんな変装していても男か女か判別できる!お前は女だ!」

「縛ったままで連れて行くのは難しいですね。」

「他人の運を下げることも出来るぞ!明日から毎日タンスの角に小指をぶつけるようにしてやるよ!」

「手間を掛けてしまいますが、直接引き取りに来て貰いましょう。」

 おおおい、こいつ話を聞きやがらねえ!

「そうだ、水から酒を造るとかはどうだ!」

「お酒?」

 ん?いままでとは違った反応。

 そういえばコイツは酒が飲みたいとか言っていたな。よし、ここから俺のターンだ。

「そうだミラノ。お前酒が飲みたいって祈っていたよな。その願いを叶えてやろう。」

「な、何故それを。いや、なんのことでしょう?私は清純なるプリーストであるミラノ。そ、そんな祈りを捧げるわけが。」

 清純とかどの口で言ってるんですかねえ。まずその手に持った鈍器を仕舞うところから始めろよ。

「まあ、とりあえず水を持って来いって。教会なら聖水があるだろ?それの方が良いな。」

 そう言うとミラノは目を泳がせながら一寸迷った顔をするが、部屋の入り口に歩いて行く。そしてドアに手を掛けて出て行くかと思ったが振り向いてこちらを見た。

「あなたの言葉の真偽を確かめるためですからね!勘違いしないで下さいよ!し、少々お待ちください。」

 ツ、ツンデレ…?

 

 しばらく待っているとミラノがビンを片手に戻ってきた。

「持ってきましたよ。で、どうするんですか?」

「とりあえず俺の縄をほどいて…分かったよこのままでいいよ。そこにビンを置いてくれ。」

 この体勢で縛られたまま造るのはしんどいのだが。とりあえずフライパンを振りかぶるのはやめてほしい。

「出来たぞ。」

「え、これで終わりですか?」

「そうだな。まあ確かめてみてくれよ。毒は入って無いから。」

 そう言うとミラノは随分警戒しながら出来たそれをグラスに注ぎ、恐る恐る口に運ぶ。おい、小声で解毒の魔法を掛けたのが聞こえたぞ。

 口に含んだミラノは目を見開いてこちらを見た。

「ほ、本当にお酒…。しかも美味しい…。」

「さあ、これで俺が神であることが分っただろう。」

「い、いや、でも。」

「まだ信じられないというのか。まあいいや。それより折角作ったんだ飲もうぜ。」

 人が飲んでる姿を見て我慢できる者がいるだろうか。旨く出来たようなら俺も飲みたい。

「えっ!そんな、私は教会に所属する者。決まった日以外での飲酒はちょっと…。」

 そう言っているがチラチラと酒を見る目が隠せていないぞ。口では言っていても体は正直なようだな。

 仕方が無い奴だ。背中を押してやろう。

「何を迷う必要がある?神である我が許すと言っているのだ。」

 ミラノの目をジッと見て語りかける。動揺してるな。面白い。

「そ、それに、実は明日には騎士団の方が来られる予定がありまして、酒の気配を残す訳には…。」

「これは神の与えし聖水だ。何一つ問題は無い。」

「悪魔の囁きが!神よ私はこんな誘惑に負けたりはしません!負けたりしませんよ!」


 だから俺が神なんだけど。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 時刻は日をまたいだ夜更け。


「「かんぱーい!!」」

 本日何度目の乾杯だろうか。


「認めましょう!カミヤさん!あなたは神!まさしく神様です!」

「あっはっはっは!ミラノ!良い飲みっぷりだ其方こそ真の神の子だな!お、また一本空いたぞ。」

 どれくらい飲んだのか随分陽気になったミラノ。やはり酒の力には勝てなかったようだ。

「あ、出てる分のお酒…いえ聖水はこれで最後ですね。じゃあ次お願いしますね。」

「神の貴重な聖水だぞ。そんな態度では造れないなあ!」

「ああっカミヤさん。そんな殺生な!いや、そうですね。カミヤ様!お願いします!」

「ほうほうほう。良いだろう!さあもう一本造るぞ!聖水を持てい!」

「はいっ!只今お持ちいたします!」

キビキビとした動きで下に行くミラノ。

 先ほどまでの態度はどこへやらすっかり俺に従順な信徒になってくれた。


酒こそが真の神だな。今度お礼を言っておこう。








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