1話
「戦争がしたい。」
…目の前の男が意味のわからないことを言っている。
「どうした?ついに頭がおかしくなったか。」
「違う。おまえと一緒にするな。」
急に呼び出してきた奴にそんな失礼なことを言われたくないのだが。
折角昼から眠りについて夜からの活動に備えていたというのに。呼び出してきた第一声がそれでは誰でも文句を言いたくなると思う。
「それにしても、久しぶりに来たが相変わらず真っ白な空間だな。何で無駄に後光が差してんの?お前の姿がシルエットみたいにしか見えんのだが。」
何もないただ白いだけの空間に派手ないすとデスクがあるだけ。俺を呼ぶために準備をしたのだろうか。
「黙れ。演出だ。ちょっとー。光を弱くしてくれるー?」
そう言うと光量が若干落ちていく。裏方付きらしい。
「それでどうした急に。俺もヒマではないんだが。」
「嘘をつけ。…まあ良い。ところでお前、人々が一番輝いているときというのはどんなときだと思う?」
「ほんと急だな。知らんわ。いつもながら回りくどい奴め。」
俺がそう言うと、頭のおかしな奴はやれやれといった芝居がかった仕草をしながら立ち上がり、俺に背を向け大きく手を広げた。
あ、これは面倒なやつだ。
「人々が一番輝いている時!それは強大な敵が現れ!人類が一丸となってそれを打ち倒そうとしている時だと思わんかね!魔王討伐でも、権力者への反乱でもいい!そういう戦いの中でこそあらん限りの知恵を絞り、技術が生まれ、また勇者や英雄が現れるのだ!」
勢いよく言い放つ男の顔はこちらからは見えないが、ニコニコと楽しそうに笑っているのがよくわかる。
マジでこいつヤバい奴だな。
「さあ!どうだ!そんな輝く人々を見てみたくないかね!」
「見たくない。いや、あれだ。人々が輝いている姿は昼に惰眠を貪り夜に酒を飲んでる姿だと思うぞ。うん。平和が一番。」
「ただのニートじゃないかお前。」
「ニートとは失礼な。彼らこそ知恵を振り絞って日々を過ごしている勇者だと思うね。線香花火のように人生を輝かしているんだ。」
「すぐに消えそうな光だな…。まあとにかく私はそんな人々の戦いが見たいのだ。勇者による魔王の討伐!行ってきてくれるな。」
嫌だ。っていうか意味がわからん。魔王って何の話だ?俺が?討伐?
「なんで俺がそんなことしないといかんのだ!そんなのそこらの奴が勝手にやるだろ!」
「お前の行動は最近目に余るんだ。ダラダラ、ダラダラ無駄な時間を過ごしやがって…。それに前にやったゲームでの負け分、未だに払って貰っていないぞ。私を楽しませたらチャラにしてやるというんだ感謝しろ。」
覚えてやがったか。
「ま、負け分は払う。払うよ。…いつか。で、何だって!?魔王!?不届きな奴め!その話、俺にも聞かせてごらんよ!」
「今微妙にごまかさなかったか?…いや、お前もいる世界に魔王って奴がいるだろう。最近そいつが調子に乗っているみたいなんだよ。え?お前自分を信仰している人の声を聴いていないのか?」
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そう。俺は神。尊き存在なのだ。
人々の声を聴き導く存在…らしいが。神と言っても色々な奴がいる。それこそ俺よりサボっている奴なんていくらでも。年がら年中寝ているやつとか女性信者の声しか聴かない奴よりマシなはずだ。そもそも俺の前にいる奴なんか苦しんでる人々の祈りの声をニヤけながら聴いているのを見たことがあるぞ。最低だろ。その割に人気があるのは何故なんだ。
「そういえば、信者の声を週末には聴くようにしていたはずだが、最近聴いてない気がするな。魔王って奴はそんな調子に乗ってるのか?」
「やっぱサボってんじゃねえか。まあ、ちょっと前に「我は神すら超えてみせる!」的な声を聴いてな。これは討伐して貰わんといかんと思ったわけだ。」
「魔王の声聴こえてんの?お前それ、魔王に信仰されてないか?」
「信仰に垣根は無い。何、お前差別をするのか?ん?」
魔王を討伐しろと言ってる奴が言っていい台詞では無いと思うが。それにしても魔王か。倒せと言われてもここから出来ることは呪いでもかけるくらいしか無いぞ。
「倒すってもしかして下で?そういうことしていいんだっけ?」
思い直してくれないかと思って言ってみる。実際神が勝手にそういうことするのはマズかったような気がする。まあ正直言って正面から戦って勝てる気もしないが。
「お前が倒すのではなく勇者を見つけ出し導けばいいんだ。」
面倒くせー。
「俺がいなくなったら誰が神の仕事をするんだ?もし全然帰ってこなかったら困るだろう。」
「むしろお前がいなくなることで仕事が円滑に進むってコメントを部下の皆様からいただいているんだが。」
「何だと。いや、お前に脅されて泣く泣く言ったんだろう。可哀想に。」
「そう思いたいなら構わないが…。もう諦めろって。お前がどんな面白い結果をだすのかを皆期待しているんだぞ」
くそ、行くしかないのか…。あれ?
「皆って言ったか?もしかして今回の件で賭けてんのか。」
「…とにかくさっさと行け。もう許可は取ってあるんだ。あと一刻もしない内にお前は追放だ。目的を達成するまで帰ってこさせんぞ。」
「ごまかすなよ!?っていうか追放?え、マジで。俺全然準備が出来てないぞ!?」
「その方が楽しいだろ。強制的に弾き飛ばされて荒野に放り出されたくなければ降りるところを決めておけ。急げよ。じゃあな。」
その言葉とともに俺は部屋から叩き出されてしまった。
とにかく俺が追い出されるのは確実なようだ。
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それにしても勇者か…。俺、ああいう奴ら苦手なんだよな。目が怖いもん。っていうかこういうのって女神が導くもんじゃないのかセオリー的に。何が悲しくてむさ苦しい男のところに行かなきゃならんのだ。そうだ勇者(仮)は女にしよう。出来れば俺への信仰が篤いほうがいいな。ちやほやされて過ごしたい。
「よし、そうと決まれば久しぶりに声でも聞いてみようかね。女性、女性…。」
目を閉じて意識を下に向けてみる。祈りや願いが大きいほど俺にはよく聞こえるんだが、頑張って男の声は排除しよう。
よし。聴こえる聴こえる…。
(……今日も無事に過ごせることに感謝を…。)
お、声は小さいが素晴らしい。(…ついに60もの歳を向かえることが…)よし、次。
……
(……ついに愛しの彼とデートに行きます!ありがとう神様!)爆発しろ。次。
………
(……神様。今日こそ、この拳でこの岩を粉砕して見せます…)怖えよ。次。
………
(……神よ願わくば私を男性に…。いや、別に、なんなら生えてくれば…)…おい!
思わず目を開いた。
何だよ!ろくな奴がいねえじゃねえか!っていうか最後の奴のは何なんだ。そんなこと俺に願うなよ!
そんなこんなして探している間に思ったより時間を食ってしまった。まだ大丈夫だよな?
(「何だまだ居たのか。もう時間がないぞ。あと30秒で強制追放だ。」)
頭に響く声。マズい!もう若い女性なら文句は言わん。誰かいないか!
…と。そこで若い女の声が大きく聴こえてきた。
(……ああ、おいしいご飯が食べたい。あとお酒が飲みたい。飲みたいです!)おお、まともだ!…まともか?
いや、贅沢は言ってられん。場所は…教会?
そう思った所で俺の周りを光が包み込む。これは…。
(「強制追放まで、10、9、8…」)
急げ!それと降臨したときの決め台詞を考えなければ!ええい、移動中に考えよう。
「畜生!覚えておけよ!この恨み絶対忘れんぞ!帰ってきたらこの恨み倍にして返してやるからな!あっ、服を着替えるのを忘れてた!すまん!ちょっと待っ」
自分の姿が光に消えていく中、俺は必死に目的の教会に降りられるよう念じた。
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この浮遊感は何度味わってもまったく慣れないな。感覚的に下に降りていく感じが気持ち悪い。
…と。よし、なんとか思った所には降りられそうだ。荒野のド真ん中に放り出されたらたまらないからな。それより、教会ということはあの声はシスターだろう。降臨した第一声をしっかりと決めなければ。今の格好は神らしくはないが、俺の神々しいオーラを見れば何者かは一目瞭然だ。
シスターがうまい飯と酒が望みというのはアレだが、まあ、あれほど大きく聴こえるこえなら信仰も篤いだろう。もしかしたらあまりの感動に泣き崩れることもあるかもしれないな。それ様の台詞も考えなければ。
そう考えている内に光が空けていく。俺はとっておきの神のポーズから閉じた目をゆっくり開き…。
…目の前の少女を見た。裸の。
水の音が響く室内。これは水の魔法を使った浴室だろうか。簡単に使えるものではあるが、魔力を持っている人間の様だな。…さて。
「…我は、汝の願いを聞きこの地に降り立ったもの。さあ、我に選ばれし者よ。我が言葉を聞…」
突発的な事態にも冷静な俺の対応に対して、答えたのは黒い衝撃だった。
「くせ者ぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
顔面に受けた衝撃により薄れゆく意識の中思った。
何故、浴室にフライパンが……。