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病んでる令嬢とヤンデレ従者

作者: 雨宮 美桜

公爵令嬢フィリーナ・ヴァンドームには前世の記憶があった。

この世界とは違う、日本という国で社畜として働き、彼氏に貢ぎ、最後は会社にはリストラされ、彼氏には浮気された上に捨てられて失意の中過労が祟ってこの世を去った記憶が。


死んだ時はちょうど生きることに疲れていたので、ようやく解放されるとホッとしたものだ。


だが、気がついたら別の世界に生まれ変わっていた。

前世のフィリーナの唯一の趣味であった乙女ゲームの悪役令嬢に。


愛のない家庭で公爵令嬢として幼い頃から厳しい教育を受けていたフィリーナの心は前世の記憶が甦る前から疲弊していた。

なので、最後は断罪される悪役令嬢に生まれ変わったことに気づいた時、フィリーナはむしろ歓喜した。

既に生きることに疲れていたので、処刑されるであろう18歳の時を心待ちにした。


フィリーナの最大の誤算は前世の記憶が戻る少し前に、公爵邸の前に行き倒れていた美しい少年、ルイを拾ったことだろう。


ルイは銀髪に緑の瞳の儚げな雰囲気の美しい青年へと成長し、フィリーナの執事としてフィリーナの側に控えている。

紫陽花のような薄紫の髪の色に、アメジストのような瞳の色のフィリーナと並ぶととても目立つ。


ただし今、フィリーナに視線が集まっているのは別の理由だ。

まさにフィリーナが待ち望んでいた瞬間が訪れているのだ。


「フィリーナ・ヴァンドーム!貴女との婚約はこの場をもって破棄し、キャロライン・クラベルを私の婚約者とすることを宣誓する!」


ネーデルランド王国の第一王子であるハインリヒ・ネーデルランドがネーデルランド王立学園の卒業パーティーで声を上げた。

金髪碧眼の見目麗しい王子の傍らには、ハニーブロンドの髪にピンク色の瞳の可愛らしいヒロインこと、キャロライン・クラベル子爵令嬢が寄り添っている。


「フィリーナ、私の愛するキャロラインに随分と嫌がらせをしたそうだな。キャロラインは未来の王妃だ。お前のような性悪は処刑してくれよう!」


そしてハインリヒはフィリーナがしたという罪とやらをつらつらと述べる。

ヒロインに嫌がらせをすることすら面倒だったので正直身に覚えはないが、否定するつもりもない。


「王命とあらば、謹んでお受けします。」


フィリーナは頭を深く下げながらカーテンシーをして静かにほくそ笑む。

ハインリヒの独断で宣言された婚約破棄と処刑のため、会場はざわついていた。正式な王命が下ったわけではないので、フィリーナは自宅に待機するためそのまま会場を後にした。


ゲームでは婚約破棄から一週間後に処刑が行われる。

婚約破棄された使えない娘と両親は激昂するはずだ。

処刑が先か、両親に殺されるのが先か。どちらにしても望んだ通りの結末に心を踊らせてその日は眠りについたのであった。


次の日、目を開けると見覚えのない天井がフィリーナの目の前に広がっていた。

昨夜は確かに自室で眠りについたはずであったのに、どういうことかと体を起こそうとするにも体が動かない。


「フィリーナ様、お目覚めになったのですね。」


聞き慣れた執事の声が聞こえたかと思えば、嬉しそうに微笑むルイの顔が視界に入ってきた。

いつも無表情な執事の初めて見る笑顔に驚き、フィリーナは目を丸くした。


「ルイ、どういうことなの?体が動かないのだけれど。私、このまま死ねるかしら?」


「ああ、それは私が魔法で拘束しているからですね。フィリーナ様、残念ながら貴女は死ねません。」


「どういうこと?」


魔法はネーデルランド王国には存在しない。

他国では魔法で栄えている国もあるとは聞いたことがあるが、ルイは他国の人間だったのであろうか。それより、死ねないとはどういうことか。

フィリーナは突然の情報に混乱する。


「やっと手に入れたんだ。フィリーナ様、貴女はこれから私にドロドロに甘やかされて天寿をまっとうするのですよ。」


「なっ!?」


「ここは他国。貴族としての使命を果たさなくて良いし、貴女は一生この家でダラダラと過ごせばいい。痛い思いをして死ぬよりマシでしょう?」


どうやらフィリーナは魔法で眠らされた上に拘束されてルイに連れ去られたようだった。

聞き捨てならないのはどうやらルイは一生この家にフィリーナを閉じ込めるつもりらしい。


フィリーナが死を望んだのは、公爵令嬢としてのある程度の体裁を保って生きる気力も、シナリオに抗い自ら運命を変える気力もなかっただけ。

処刑の痛みの恐怖がないと言えば嘘になるし、何もしなくて良いのならそれもいいかと考える。


「わかったわ。逃げも隠れもしないからまずは拘束を解いてくれないかしら?」


そうしてフィリーナの監禁生活が始まった。


フィリーナの一日はルイに優しく起こされるところから始まる。

フィリーナがルイと共に暮らすことを了承したその日、フィリーナとルイは一線を越えた。

なので今日もフィリーナの隣に寝ていたルイの口づけで、フィリーナは目を覚ます。


「フィリーナ様、おはようございます。着替えをお持ちしますね。」


「ええ。」


そうしてルイがフィリーナを着替えさせる。

公爵邸にいた頃は侍女がやっていた仕事も全てルイが行う。

ルイは楽しそうにフィリーナの髪をとかす。公爵邸にいた時より念入りにとかされたフィリーナの髪は、より美しく輝いていた。


フィリーナの身支度を終えると、ルイは朝食を用意してフィリーナの口へ運ぶ。

以前はさすがに自分で食べていたが、ルイの言葉通りフィリーナは甘やかされて何もしなくなった。


ルイに愛でられ、合間に食事やお茶をして、一日の終わりに身を清める。

当然のようにルイが湯浴みの手伝いをして全身くまなくピカピカに磨かれる。

夜着に着替えてルイに髪を乾かしてもらった後はベッドに入る。微睡んでいると、身支度を終えたルイがやってきて結局夜着は取り払われてしまうのだが。


そうしてまた朝を迎える。


そんな毎日を繰り返し、今日もスヤスヤと穏やかな顔をして寝息をたてているフィリーナを見て、ルイは静かに微笑む。


ここまで長い道のりだった。


ルイにも前世の記憶がある。

思い出したのはフィリーナに助けられた時。

朦朧とする意識の中でフィリーナの顔を見て、「あれ、俺が好きなキャラのフィリーナじゃないか」と思ったと同時に膨大な記憶が流れ込んできたのだ。


前世のルイは姉に付き合わされて乙女ゲームをしていた。渋々ながら付き合っていたのは、キャラ画がきれいだったからだ。


ルイはヒロインよりも悪役令嬢のフィリーナの方が好きだった。

薄紫色の髪にアメジストのような瞳、少しきつい顔立ちだが美人で凜とした雰囲気が好みだったし、ヒロインを虐めるのも婚約者への一途な想いからだ。付き合うならこんな美人で一途な人がいいとよく思ったものだった。

前世のルイにとって、フィリーナは憧れの女性だった。


何がきっかけで違う世界に転生していたかはわからない。

でも目の前には生きているフィリーナがいる。


そのまま公爵邸で使用人として雇ってもらえることになったので、ヒロインのアプローチを妨害してフィリーナを幸せにしようと決意したのも束の間、婚約者となった第一王子との顔合わせから帰って来たフィリーナの様子がおかしかった。


顔合わせの前までは公爵令嬢として厳しい教育によく耐えていたと思う。

ますます教育が厳しくなるにつれてだんだんと目が死んでいったが瞳の奥の強い光は変わらなかった。

だが、顔合わせのために向かった王宮から帰宅したその日からフィリーナの瞳が死んだ。


最初は何も映さない冷たい瞳に戸惑いを覚えたが、いつしか人形のようなフィリーナを自分だけの部屋に閉じ込めて愛でたいという感情を抱くようになった。


フィリーナは無気力だった。

両親に咎められない程度に公爵令嬢としての体裁は整えていたが、必要以上のことはしなかった。

そればかりか、「ねぇ、ルイ。どうやって死ぬのが一番苦しくないかしら。」など、死ぬことばかりを考えていた。


「老衰以外で死ぬのはどれも等しく苦しいと思いますよ。」


その度にルイはフィリーナが変な気を起こさないように、当たり障りのない回答をした。


学園が始まってゲームのシナリオ通りにヒロインが登場すると、フィリーナは薄暗い微笑みを浮かべるようになった。

シナリオに抗うつもりはないフィリーナの様子を見た時、ルイはフィリーナが悪役令嬢として断罪されるよう暗躍することを決めた。


全てはフィリーナを手に入れるため。

フィリーナは無気力でヒロインを虐めることも陥れることもしそうにないので、全てルイが仕組んだ。

冤罪のはずなのに確かな証拠が出てきたのも、ルイの仕業だった。


思惑通りにフィリーナが断罪されて公爵家を勘当され、処刑されることになった。

そうして処刑される前にフィリーナを連れ去ったのである。


ルイはチートの持ち主だった。

ルイに駆使できない魔法はなく、フィリーナの死体を魔法で造り、失意の底で自殺したかのように見せかけた。

そして森の精霊の愛し子でもあったので、魔法が盛んな隣国へ交渉して亡命した。

ルイが国にいるだけで豊穣が約束される。ルイが仕事をしないのに生活できるのも国賓級の扱いを受けているからである。


全てはルイの望んだ通りとなった。

だが、欲というのは尽きないもので。


次第にルイはフィリーナの瞳を独り占めしたくなった。

しかし、相変わらずフィリーナの瞳は何にも揺れ動かない。


快楽には正直なようで、熱をはらんだ目をするがその瞳にルイを映しているわけではない。

それでもルイはフィリーナを愛で、慈しみ続けた。


フィリーナとルイが暮らし始めて五年が過ぎようかという頃、ルイの心境に変化が生じた。


フィリーナは歳を重ねて、少女から美しい大人の女性へと変貌していった。

ふと、ルイは思う。人形のようなフィリーナを愛でるなら一番美しい時間で止めてしまうべきではないかと。


ルイの瞳には次第に狂気が宿るようになった。


ルイの瞳の変化に気がついたフィリーナはこのままルイに命を奪われるのも良いと思った。

もともと生きることを諦めていたから当然だ。


それなのに、ルイに必要とされなくなったのではと思うと胸に激しい痛みを覚えた。

前世の記憶が甦ってから何にも心が動かされることはなかったのに。


「ねぇ、ルイ。私はもう貴方にとって必要のないものなのかしら。」


ある日、ルイの膝でお茶を飲んでいた時。ルイの瞳が灰暗くなったことに気がついてフィリーナの口から思わず言葉が零れていた。


ルイは目を見開き驚いた表情になる。


それもそのはず。フィリーナの目からは涙がポロポロと溢れているのだ。

どんなに厳しい教育を受けた時でも、婚約者に裏切られた時でも決して見せることのなかったフィリーナの涙にルイが狼狽える。


当の本人も、涙が溢れたことに驚いていた。


「必要ないなど有り得ません。私は今もフィリーナ様を愛しています。」


ルイの言葉にフィリーナの心は喜びで満たされる。

それでも何故か涙は止まらない。


「良かった。」


フィリーナは無意識のうちに呟いた自分の言葉で全てを悟る。

ああ、いつの間にかルイのことを。


「フィリーナ様?急にどうしたのですか?」


「ルイ、私もいつの間にか貴方を愛してしまったようなの。」


「え?」


ルイは思いがけない言葉に今までに見たことのない程まぬけな顔になる。


「聞こえなかった?私もルイのこと愛しているわ。さっきはルイに嫌われたと思って悲しくなったの。」


「え・・・?まさかそんなことが・・・。」


ルイは信じられないのか首を振るが、フィリーナの告白が嬉しくて顔を赤くして呟く。


「ふふ、照れたルイは可愛いわね。」


フィリーナはルイを見て微笑んだ。


今まで何も映さなかった瞳に確かに自分がいる。

ルイは喜びに震え、灰暗く陰った瞳は歓喜の色で染まった。


「ルイ、私にたくさんの愛情を注いでくれてありがとう。貴方が私を愛してくれたおかげで、私初めてもう少し生きたいと思ったわ。」


フィリーナは今までの無表情が嘘のように、可愛らしい顔で微笑んだ。

まるで春の花が咲き誇るような美しい笑みだった。


「フィリーナ様、私は生涯貴女の傍にいます。」


ルイの言葉にフィリーナは嬉しそうに微笑むのであった。


そうして月日は流れ、ルイはしわしわになったフィリーナの手を握り冷たくなった唇に口づけをした。

フィリーナは天寿を全うした。


想いが通じた後も、ルイはフィリーナを家の外に出すことはなかった。

常人であれば気が狂いそうな生活のように思えるが、この世界で愛情を受けて育つことがなかったフィリーナにとってはルイの愛は心地良いものであった。

フィリーナは最期の時まで幸せそうに微笑んでいた。


「私が死んだら、ルイの好きな景色が見えるところに埋葬して欲しいの。」


フィリーナの亡くなる直前の願いを叶えるためにルイはフィリーナと過ごした家が見える丘にいた。

美しいフィリーナを他人の目に晒すことが嫌で生涯家に閉じ込めてしまったので、フィリーナがこの美しい景色を知ることはなかったが、ルイはこの景色が好きだった。


フィリーナを埋葬した後、ルイはありったけの魔力とフィリーナへの愛情を昇華させて塵となりこの世を去った。


ルイの愛を示すように、その後フィリーナが眠り続ける場所には大木が現れ、薄紫色の美しい花が枯れることなく咲き続けたという。


ちなみにネーデルランド王国はルイが去ってから不作が続き、国が荒れてクーデターにより王族は他国に亡命します。

「何でシナリオ通りにハッピーエンドを迎えたのに、ハイン様と結婚できないのよ!」

転生者のヒロインの声が王宮に響いたそうです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう号泣です ルイの一途でちょっとヤンデレなとことか フィリーナの冷たい環境の中で生きる事を諦めてしまったけど、最後にはルイの一途な想いが伝わって一緒に生きたいと思うところとかもうほんと泣…
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