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不可思議な話  作者: 音羽 咲良
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そこに在る、話

単なる階段の話です。

 今から語るのは少し不可思議で、もしかしたらどこにでもある話なのかもしれない。

 それでも私はあの時の背筋の寒さを今でも忘れていない。

 なにしろ、それはまだあの家にいるのだから。



   そこに在る、話



 これは、私が昔体験した出来事だ。

 私の父方の家系は神主をやっていて、小さな頃から親族の集まりがあると必ず、祖父の家にある部屋の半分程を占める神棚に向かってお参りをしてから親族同士の挨拶を行っていた。

 これが当たり前に行われていた家だったので、他の家に神棚がないことが不思議に思うほどだった。

 そんな家に育ったからだろうか。私は小さな頃から不思議なものを良く見ていた。

 自分の家の中のストーブの脇にある黒い影だったり、遅くまで起きていた時に叱りにくる鬼だったり。

 母親はそういうものを一切見ない人だったので、話しても「夢でも見ていたんじゃないの?」と笑って否定するだけだったが、祖父は真面目な表情で「あの家にはいろんなものがいるからなぁ」と頷いてくれた。

 いつか祓わないとなぁ、と小さく零した祖父だったが、結局祖父が私の家に来る事は無く、今も両親だけがその家で暮らしている。


 私がそれに気付いたのは中学時代の頃だ。

 思春期の頃になり、受験勉強もしなければならなかった私は一人部屋が欲しくなり、妹とは別の部屋を使い始めたのだ。

 妹の部屋とは家の階段を挟んで向かい側、北側に位置する八畳の洋間だ。隣の和室との壁はなく、襖で仕切られており、それが嫌で内側からあおり止めの鍵を取り付けて簡単には開かないようにすることで満足していた。

 誰も入れない一人だけの空間というのは、それだけで何故か安心する。それは赤ちゃんの頃に母親のお腹の中にいた頃を思い出すからだろうか。

襖を外せば中に入れる拙い方法ではあったが、その閉じられた空間で私は一人の時間を満喫していた。


 そんなある日の事。

 一人で過ごすのを良いことに、夜更かしをするようになった私はその日も自分の部屋に篭って勉強と称して漫画や小説を読みふけっていた。

 時間も忘れて物語に熱中していた為、時計が深夜を回っていた事に気付かなかった。

 また、その日が土曜日で翌日が休みだった事もあり、夜更かししてもいいや、と心の中で思っていたからかもしれない。

 本を読み終わって一息ついた頃には深夜2時を過ぎていた。


 もうこんな時間か。早く寝ないと両親に怒られるかもしれない――。


 そう思った矢先、階下で何か動く人の物音が聞こえた。

 私の部屋の真下には台所とトイレがあり、1階の和室を寝室にしている両親がトイレに起きたのかと、何気なく思った。

 しかしいつまでたってもトイレの扉が開く音は聞こえず、気のせいだったのかと思い直して就寝の準備を始めた瞬間、ギシリ、と誰かが階段を上ってくるような物音がして私は顔を強張らせた。


 きっと両親のどちらかがその確認をしに来たのかもしれない。

 こんな遅くまで起きてて怒られる!


 私はすぐさま部屋の電気を消して、布団を頭から被って寝たフリをした。

 しかし、いつまでたっても親の掛け声や扉を叩く音が聞こえない。


 あれ、気のせいだった?

 おかしいな…私、耳はいい方なんだけどな……。


 豆電球のオレンジ色の光の中、ムクリと身体を起こして扉に視線を向ける。

 その瞬間。


 ――ギシリ。


 一際大きな音が私の耳に届いた。


 階段を、『誰か』が上っている。

 声をかけないなんて、両親では在り得ない。


 では、誰が――?


 背筋に冷たいものが走るが、ギシギシという音は止まる気配を見せない。

 急に怖くなって私は布団を頭まで被り、必死で心の中で全ての事を『否定』する。


 …誰もいない。

 何もいない。

 何も見えない…。


 これは、私のおまじない。

 『否定』することによって、今まで全部やり過ごしてきたから。


 誰もいない…。

 …何もいない。

 ……何も、見えない。


 何回心の中で唱えたかわからないが、必死で唱え続けて、階段から聞こえてきた『物音』は私の部屋の扉の前で止まり、聞こえなくなった。


 しばらく布団を被ったまま、私は動かずにいた。


 もう、音も聞こえない。

 もう大丈夫。

 怖いものなんて、ない。


 私はむくりと起き上がると、部屋の内鍵を開けて扉の向こうや階段の下を覗き込んで確認する。


 うん、やっぱりいない。

 ほうら、こうすれば全部見えなくなる。

 何にも感じないし、聞こえない。


 ふぅ、と小さな溜息を一つ零して私はさっさと寝ようと扉を閉めて布団へと潜り込む。

 今度は頭まで布団を被ることはせずに、普通に横になる。


 なんか変に疲れたなぁ…。

 あぁ、眠い。そりゃ、こんな遅い時間だし、もう眠いよ……。

 一体何時なんだろ…。


 そうして私が時計を見ようと、横を向いた瞬間。


 ギシリ。


 耳元で音が聞こえるのと同時に真っ赤な顔をした女の首だけが、そこに在った――。




 その後の記憶は良く覚えていないし、あれが何だったのか、今でもよくわかっていない。

 単に眠くて見間違えたのかもしれない。

 豆電球の光が変に反射してそう見えたのかもしれない。


 けれど、物音がしたのは間違いなかった。




 先月、帰省した際にも、その『物音』はまだ聞こえていたのだから――。




なぜか布団からはみ出さなければ怖くない、って考える子供時代。

そんなわけないのにね。


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