第七話。簡単に、お昼ご飯を食べましょう。 パート1。
「すごい人ですわねジョセさま」
不安そうな声をかけて来たマリー。声に空を見上げれば、
太陽はそろそろ真上の位置だ。
「そろそろ昼間だ、一回目の人の波が最大になるころだからな」
「ぁぅ」
グっと強くマリーの左二の腕を掴んだら、また顔が真っ赤になった。
二の腕の理由は勿論、マリーが例のぬいぐるみを
抱きかかえたままだからだ。
そうじゃなかったら、俺は手を掴んで人込みを抜けて
いったん木陰にでも身を隠している。
出ている店の物に関して、ぬいぐるみ以外に興味がわかないのか、
ほしがる様子を態度すら見せないままだ。
「それ以外の物、いらないのか?」
聞いてみると、あっさりはいと頷いた。
「初めはいろいろ買おうかと思っていたのですけど、
このぬいぐるみを抱きしめたら、
もう それだけで満足してしまいまして」
嬉しそうな苦笑で言うマリーに、そっかとまた微笑する俺。
「ところで、腹減らないか?」
「おなか、ですか? 特に空いてはいないですわね」
「そっか。食べてもらいたい物があるんだけどな」
「えっ? そうなのですか? 食べます、食べたいです!」
「そんなに腹減ってないんだろ?
「食べるったら食べるんですっ!」
「なんだよ急に意地になって。読めないお嬢様だなぁ。
えっと、たしかいつも端っこの方に店出してたはずだな」
言いながら目的の店を探す。
「あった。相変わらず、並ばなくていいから助かるぜ」
「あの、ジョセさま?」
「なんだ?」
「これは、いったい。なんですの?」
マリーが指差したのは、店を示すように垂れ下がった、
店の看板のような布に描かれた物だ。
しかし、右腕のホールドを若干緩めてまで布を指差すとは。
よっぽど気になったんだな。
布に描かれているのは、真っ赤な縦長半球形の体に数本の足のある生き物。
かわいらしくするためなのか、まるい瞳に黒目 人間で言うと額の辺りに
ねじった綱のような物を巻いた、丸い孔のような口と言う姿だ。
「今年もどうもっす。妹さんなんていたんすね」
店員は気安い口調だが、きっちり作る物は作る女性
と言うよりはまだ少女だ。たしか名前は、カノメとか言ったかな?
この明るさですごく喋ってて気持ちがいいんだ。
首までの短い黒髪で、布に描かれた生き物と同じような
ねじった綱みたいなのを額に巻いて、黑い半袖シャツに
青黒い薄手の羽織物を身に着けた、これまた薄手の長ズボン
と言うかっこうも男の子っぽさに拍車をかけている。
大きいわけではないものの、見てわかる程には胸があるおかげで、
女子であることは認識できるが、パット見ただけでは分かりにくい。
口調が男っぽいので、女子だってわかった時には驚いた。
それ言ったら、これから食べようとしてる物を、
アツアツの状態で投げつけられて とっさに掴んだ手が
軽く火傷したっけな。
あん時は熱かったを通り越して、ちょっと痛いぐらいだった。
「いや、この子は依頼主で妹じゃない」
「依頼主、いったいどんな依頼っすか?」
「忙しい父親に代わって、俺が今年のこの夏フェスタに駆り出された。
まあ、純粋に楽しむために回ることなんてなかったから、
悪い気はしてないんだけどな」
「なるほど、そういう依頼なんすね」
「あの、ここはいったいどんな物を出しているお店なんですの?」
「これから食べるもんっすから、詳しくは言わないっす。
お楽しみってことで」
「ならせめて、あの布に書かれている妙な生き物がなんなのかは
教えていただけません?」
「あああれっすか? あれは黒霧の海魔って各所で通称される、
オクトパって言う海の生き物をかわいらしくしたものっす」
「モンスターを……食べさせるつもりなんですの?」
「いやいや待ってくださいっすよ、
そんな 可愛い顔を歪めないでくださいって。
あくまでも黒霧の海魔は通称であって、
ほんとにモンスターなわけじゃないっす。
似たような生物はいるっすけどね」
「中身の正体はちょっと気味が悪いが、
なかなかいけるんだぞ このオクトパボール」」
「そ……そうなんですの? ま、まあ。
ジョセさまがお薦めだと言うのでしたら、いただきますけれど」
「さっきの勢いはどこ行ったんだよ」
勢いのしぼみっぷりに苦笑いが漏れた。
「で、二人分っすか? それとも一人分を分け合うっすか?」
「なんで含み笑いしてるんだよ……二人分で」
今回のお財布、もとい依頼主のマリーを横目で見る。
「一人分、そのなんとかボール いくつなんですの?」
「六つだっけ? 八つだっけ?」
「八つっす。お嬢ちゃんにゃ、ちと多いかもしれないっすけど、
それでも二人分っすか?」
「ひとr」
「二人分で」
「ちょっとジョセさまっ?!」
「了解したっす。ジョセの兄さんがオクトパボールを、
お嬢ちゃんにたっぷり味わってもらいたいってのがよーっく伝わったんで、
二人分 承りましたっす!」
「わたくし……食べきれる気がしないのですけれど……?」
じとーっと見て来る。
「なぁに、食べきれないようなら俺が食うだけだ」
「なんだか……それだと一人分の代金、もったいない気がいたしますけれど」
引き続きじと目である。
「やれやれしょうがないっすねぇ。お嬢ちゃんの分は
半分の四つにしとくっすよ」
「悪いな」
「いやいや、ここまで言われちゃあ数を加減するっきゃないっすよ。
この場で作る出店ならではの配慮っす。
勿論値段も一人半の値段でかまわないっす」
「ずいぶん太っ腹ですわね」
「誰が太ってるって?」
「だっだれもそんなこといってないですわよっ! にらまないでくださいなっ」
「アッハッハッハ冗談っすよもう、かわいいなぁ」
「ううう……」
ガサゴソとマリーは代金を革袋から探り始めた。
「ここはお兄さんであるジョセさんが払うところじゃないんっすかねぇ?」
おそらくこの「お兄さん」は、年上って意味で血縁の意味ではないだろう。
ついさっきの俺の説明を忘れるような、
ぼんやりした少女じゃないしな、この店員は。
「ねばっこく見上げて来るなよ。
『こんな個人的すぎる依頼を受けてくださるのですから、
もろもろの代金はこちらで負担いたします』って、
ここんちのメイドから言われたんだ。
俺も資金を持って来てないわけじゃないんだけどな」
ここんち、と言いつつマリーを指差した。
「へぇ。ずいぶんと太っ腹なうちなんっすね。
メイドさんがいるってことは、それなりのお金持ちってことっすか」
面白そうにマリーを見やる店員娘カノメ。
「ええ、町一番の商人、エンダイヤがわたくしの家ですもの」
テーブルに代金を、言葉の後に置くマリー。
どこまで会話の内容を理解してるのかはわからないが、
なんだか自慢げな雰囲気だ。
「っへー。こりゃすごいお客さんを
連れてきてくれたもんっすねぇ、ジョセさん。
来年は『剣塚亭御用達』に『エンダイヤ家も御用達』って
書き添えておくっすかね」
コンコンと、俺の少しだけ左前の
カノメと向き合ってる状態だと見え難い位置にある、小さな看板のような物を
叩いて示した。
剣塚亭はこの町オハヨーでは、ちょっとした有名店だ。
実は商人宅が並ぶ辺りからさほど離れてない位置にある。
自警団もどき仲間のヨロズヤパーティ、
サン・イラーヌをやっていたりもするので、
剣塚亭のメンバーとは顔見知りな俺達、エイダーズ・クロスである。
「わたくしが、このなんとかボールを気に入るかはわかりませんわよ」
不服らしく、挑むような口調で返しているお嬢様。
表情もそれに違わないんだろう。
「さてさて、オクトパボールを食べても意地を張ってられるっすかねー」
楽しげに、挑むようなしかし冗談の色を帯びた表情で返したカノメは、
オクトパボールの作成に取り掛かった。
「すぅ……はぁっ!」
店員娘は気合一閃。同時にカノメ、店員と客を隔てるテーブルの
店員側に置いてある分厚い真四角の板に、左掌を叩きつけたのだ。
俺は慣れてるから構えられたが、初めて見るマリーお嬢様は、
「ひゃーっ?」と目を丸くして軽く跳ねた。
知らなきゃ驚いて当然だろう。
お嬢様の反応をまったく気にすることなく、
カノメは作業を続ける。
棒状の持つところのある、丸いくぼみがいくつもある不思議な形の、
オクトパボールを作るための道具を持ち出して来た。
しっかり見ないと分かりにくいが、土台になってる板には小さな赤い
火属性の魔法石が、板の中央を横一線に一周する配置で
大量にはめ込まれている。
「あ、あの、ジョセさま? 今の大声は、いったい?」
「どうやら、今の一発で、あの分厚い板みたいなのに魔力を通してるらしい」
「あたりっす。そうすることで、オクトパボールを作るのに
ちょうどいい熱が生まれるんっすよ」
「そうなんですの」
いまいちよくわかっていなさそうなマリーの反応に、
しかしカノメは元気よく頷いた。
「一回呼吸するだけで魔力を一点に集め、それを正確に放つ。
アイスダストのところでも、毎回技術力には感心するけど、
こっちもこっちですごい技術だよな」
「そう真正面から言われると、てれるっすよ」
そう言って店員娘ははにかみ笑いをした。
思わずこっちも頬が緩んでしまった。
液体 ーー うちの女子が作ろうとして聞いたところによると油らしい。
専用の道具がないから作れずじまいだが。 ーー を各くぼみに軽く流してから、
生地をそのくぼみに流して行く。ジューっと言う音と、少しずつ香って来る匂いがなんとも空腹を助長する。マリーは、目を真ん丸くして見ている。
火魔法が薄く発動してる物の上で、火力が上がる油を扱う。
俺は怖くてできない。
料理できる奴って、指を切断しかねない距離で刃物を
それも手に近づけながら使ったり、火魔法の上で油を使ったり
頭が下がる。
「おいし、そう。です、わね」
マリー、音と匂いについ言ったようだ。それを聞いた店員娘カノメは、
勝ち誇ったように口角を吊り上げた。
「そろそろっすね」
「そろそろ、って。なにをするんですの?」
「見せ場だぜ、ここは」
一本細い棒をくぼみの縁に刺しては一周、それをオクトパボールの数だけやって、
そして。
「とりゃあああ!!」
さっきのとは違う雰囲気の、楽しそうな気合の声と共に、
凄まじい速度で彼女の手が動く。
次々とオクトパボールが垂直に宙に舞い、
そして落ちる時には上下が反転していると言う見事な技。
「いつ見てもすごいよな、その速度と正確さ」
「だ、だから 真正面からほめないでくださいって。てれるっすよ」
またはにかんだ笑みで言う。
顔が少し赤いのは、オクトパボールを焼いてるからだろう。
てれにしては少し赤みが濃い上に持続してるからな。
「ほんと、意識せずにこっちがあわあわするようなこと
したり言ったりするんですわよね、ジョセさまって」
「なんの話だ?」
「当人はこれっすからねぇ」
そして女子二人は、やれやれと息を吐いた。
「なんなんだよ、お前ら ほんとに……?」