第六話。暑い時には氷を食べよう。 パート2。
「さて、いきますよっと」
言いながら店員は、果物の皮でもむくのかと思うほど刃渡りの短い
両刃のナイフを取り出した。さっきカチャリと聞こえた音は、
これを持った音だったわけだ。
氷塊と斜めになるように位置取ると、
店員はまたすーっと息を静かに吸った。
「こっからがすごいところなんだぜ」
先に知ってるゆえのニヤリ顔でマリーに言うが、答えが返ってこない。
見ればどうやら、なにが起きるのか見入っているようだ。
その緊張の具合は、ぬいぐるみを、見てわかるほどに
力を込めて抱きしめていることでわかった。
「はっ!」
勢いのいい店員の声は、同時にシャリっと言う氷を削る音を立てた。
その動きは下から上へと掬い上げるような切り上げの動作。
ただ、たんなる斬撃と違うのは回転する勢いを利用して、
そのまま体を一回転 再び切り上げに戻っているところだ。
この滑らかな繰り返す動きは、絶えることなくシャリシャリと氷を削り続ける。
この斬撃 目標物を削る以上は少しずつ刃をずらす必要があるが、
その微妙な移動に気付けないほどさりげない。
目を皿のようにしててもわからないのは、やはり俺の半端な実力がゆえ
なんだろうか?
ともかく。
まさに職人技と言うべき、戦闘とは別の方向に秀でた刃の扱い。
これだけでも見事だと思うが、このアイスダスト作成は、
人間の動きとは違うもう一つの美しさがある。
「なんですの? このキラキラしたアーチは!?
氷から互い違いに、コップに向かって描かれていますわっ」
うっとりとマリーが言うのもむりはない。
男の俺でも美しいと思うんだからな。
「削った氷をその斬撃で、正確にコップに入れてるんだ。
そのおかげで、透明な虹みたいな、きらめくアーチがかかる。
いつも見事だって感激するんだ」
「ほんと、見事ですわね」
二人して見とれてしまっている。
護衛役を兼ねてる俺が、意識をマリー以外に全力で向けてるのはまずい、
って思うヨロズヤとしての俺もいる。
けど、このアーチはどうしても見入ってしまうのだ。
理屈ではどうしようもできない魅力がある。
みるみる氷は小さくなって行く。
「はっ!」と力強い声で氷を削り続ける店員は、
氷が小さくなろうとも、
その動きと氷を削り飛ばす制度を変えずにいる。
「よっ」
声がかわった。それは残った一固まりを空中へと跳ね上げたからだ。
「はあぁぁぁぁっ!」
ナイフを氷の中心の増したに持って行った直後、
そんな気迫の声と共に、凄まじい勢いでナイフが回転し始めた。
よく見れば、ナイフを握る両手はナイフから離している。
しかしただ手を離したのではなく、ナイフの柄に添えるように
五本指をそろえた状態で、器用にそのまま
前後にすごい速度で手を動かしている。
手をこすり合わせすぎて皮がむけるんじゃないかと思うほどの速度だ。
それによって、氷がさっきよりも激しく削り取られている。
すぐに削り切られた氷は、四方八方に散りながら
それでもしっかりと二人のコップにも
その細かな粒を飛び込ませた。
思わず拍手した俺と、腕だけで器用にぬいぐるみを保持したままで
拍手するマリー。そんな俺達の賛美に「いやー、どうもどうもー」と
店員ははにかんでいる。
「さ、好きなシロップを選んでくださいね」
軽く額の汗を拭ってから、店員はにこやかにそう言った。
「いちごのがいいですわ」
「薦めるまでもなく、か。俺もそれにしよう」
こうして出すには、少しばかりいちごは早いはずだが、
どうやって作ってるんだろうか?
「かしこまりました」
水の中に沈めてある瓶を取り出すと、店員は二人のコップに中身を注ぎ、
その後にスプーンを氷にそれぞれ刺してから
「どうぞ、あんまり急いで食べないようにしてくださいね」
と笑みで言った。
「このまま、この場で食べるんですの?」
「そっちに、食べる場所あるからそこで食うんだ」
左前を指差して言う俺。
店員の真左、少し離れた けど店員の目が届く絶妙なところに、
今俺達の前にあるのと同じようなテーブルが一つ、
四方それぞれに椅子一脚が配置された状態で置かれている。
たしか右側にも同じ配置でテーブルがあったな。
「わかりましたわ、まいりましょ ジョセさま」
言うなりさっさと歩き出すマリー。
「待てよ、俺コップ両手に持ってるんだぞ」
軽い溜息をつきつつマリーを追う。
「よいしょっと」
一番奥の椅子にぬいぐるみを座らせたマリーは、
テーブルの左側の椅子に腰かけた。
俺はぬいぐるみと向かい合う椅子の前に立って、
コップをそれぞれの前に置いてから席に着く。
「あの、ジョセさま。どうやって食べればいいんですか?」
「そっか、見たこともなさそうだしわかんないよな。
まずはこうやって」
氷山のようになっている赤い氷を、スプーンで軽く崩しながら言って、
「ちょうどよくなったら」
掬いやすくしてから口に入れる。
「と、こう食べるんだ」
「なるほど」
一発で理解したようで、お嬢様は恐る恐るながら
シャクシャクと氷山を崩し始めた。そんな様子を横目に、
俺は引き続き自分のアイスダストを食べる。
「あんまりやりすぎると、溶けてただの果実水になるから、ほどほどにな」
「あ、はい。シャクシャクしてるのが楽しくて、
食べることを忘れるところでしたわ」
恥ずかしそうに笑っている。
「その気持ちわかるぜ」
と答えてから、少し多めに掬ってその氷を口に入れた。
「くっ……きや が っ た……!」
きた。例の奴が……頭がキーンってなる、あれが……!
「ジョセさま? どうなさったのですか?」
スプーンを口に入れた状態で、不思議そうにこっちを見て来る
マリー・ゴリオス・エンダイヤ。
「う、あ。ああ。アイスダストを食うと、特になるんだが。
冷たい物を食うとこう、頭がキーンってなるんだ」
「そう、なのですか?」
「ふぅ、おさまった」
そして、何事もなかったようにアイスダストを食べる俺。
「だ……大丈夫、なのですか?」
「ああ、一時的な物だからな。こういうことがあるから、
覚悟しておk」
「ふぐーっ?!」
きゅうっと目をきつく瞑って、口を閉じたまま
なにかに耐えるように叫ぶマリー。
「な? きただろ?」
「え、ええ。これが……その、キーン、ですのね」
「こいつはなかなかの強敵だ、こうなるとこの頭痛が収まるまで動けないからな。
下手な拘束魔法よりよっぽど威力がある」
「ほんのちょっとですけれどね」
「まあな」
「でも。こんな痛みを味わっているのに、このアイスダスト。
全部食べたくなるんですのね」
「そう。そうなんだよ」
「これもまた、ある意味では魔力。なんでしょうか?」
「かもな」
俺の返しが面白かったのか、話してる内容がくだらなすぎるせいか。
マリーはフフフと笑い出した。
「さて、果実水になる前に食べ切るぞ」
マリーの笑いにあえて触れず、自分に言い聞かせるの込みで
声を出した。
「ふふふ。はい」
なおも微笑むどっちかと言えば幼女な少女によしと頷き、
俺達はコップの中の氷山の破壊に再びとりかかった。