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第五話。二人で的撃ち。

「よく、狙わないと……」

「すげー。なんて緊張感だ。まだ矢をつがえてないってのに、

まるで矢を引き絞ってるようだぜ」

 

 今回の夏フェスタをいっしょにまわってほしい、

 って言う依頼の主こと、町一番の商人

 エンダイヤ家のご令嬢マリーお嬢様は、

 現在的撃ちと言う遊び店でお目当てを狙っているところだ。

 

「気迫はいっぱしだが、さて どんなもんかな?」

 サービスで代金一度分、三本の矢をマリーに渡した店出してるオッサン、

 なにやらニヤニヤと楽しそうだ。いい性格してやがる。

 

「よし」

 どうやら、射線の最終確認を終えたようだ。

 ゆっくりと矢を弓へとつがえる。

 

 引き絞ると、子供でも扱える程度の小さな物ながら、

 それでもキリキリと弦が張りつめた。

 

 くそ、なんだってんだ。

 たかが的撃ちだって言うのに、この体が固まるほどの緊張は。

 

 護衛も兼ねてる身としちゃこいつは一大事だ、

 なんとかしてこの緊張感から抜け出ねえとっ。

 

 

「……っ!」

 しっかりと狙いを定め終えたか、つがえた矢を放った。

 すると、放たれたそれは、見当違いに上へとそれ、

 番号札より更に少し先にある、矢のストッパーに置かれた分厚い板に命中、

 カンッと言う見事な音を立てた。

 

 そして矢は命中の反動で、番号札の並ぶ少し後ろまで

 跳ね戻って来て落ちた。

 

 

「ふぅ」

 思わず出た溜息。まるで俺の緊張感すらまとめて矢にこめたように、

 今の一矢で体のこわばりが抜けた。

 

「っあーぅ、おしいですわっ!」

「いや、まるっきり見当違いだったろ」

 だから、こんな軽口も飛び出るのである。

「むうう。今の角度では上すぎる、と言うことですわね」

 

「サービス分はそれで最後だぜ、お嬢ちゃん。

それ以後は、しっかりお小遣いを徴収させてもらうからな」

「ええ、わかっていますわ。これで落とせれば、

なんの問題もありません」

 

「今しがた弓矢を初めて持ったにしては、

ずいぶんな自信だなぁ」

 力の抜けた笑いが出た。子供特有の根拠のない自信って奴だろうか。

 けど、微笑ましく感じる俺がいる。

 

 

「さっきの角度はこれくらい。ならもっと矢の向きは低く……」

 横にいる俺だが、この真剣みは半端ではない。殺気にも似た気迫を感じる。

 思わず固唾を飲んでしまうほどの、濃密な気配を纏っている。

 純粋な、目標に向かう集中力。恐ろしいもんだな。

 

 しかしこの気迫。

 つい今弓矢を初めてったとは思えない。

 これは助言をした方がいいかもしれないな。

 マリーお嬢様と弓、そして番号札を頭の中で線で結ぶ。

 

 ギリギリギリ。

 

 まずい。

 こっちが有効打を模索したと同時に狙いを定めちまいやがった。

 慌てて弓矢と番号札の位置関係を目で確認。

 

「待て! もうちょっと左だっ!」

「えっ!?」

 俺の声に驚いたようで、矢から手を放してしまったマリー。

 

「あっっ!」

 矢は空しく空を切り、14と15の間の空間を打ち抜いて、

 またも板の壁を叩く結果に終わった。

 

「しまったっ、つい大声を……」

「残念、一足遅かったなぁ」

 ニヤリ。オッサンの「勝った」と言わんばかりの顔に、

 思わず歯噛みしてしまった。

 

「ジョセさまっ、言うのが遅いですわっ」

「こっちが射線を見極め始めたのと同時に矢を構えたんだ、

慌てるだろ普通」

 

「ううう……でしたら、今度はジョセさまがやってくださいな」

 言うとガサゴソとお小遣いを入れてるらしい左腰の革袋から、

 乱暴に代金を取り出すと、オッサンのでかい手に叩きつけるように渡した。

「いいだろう。撃ち落とす……!」

 

 

「ほらよ兄ちゃん、今射ち損じた奴、再利用だ」

 三本の矢を渡され一つ頷く。

「そんなに矢の数がないんでな。別に射撃の威力を鈍くして、

その分代金を徴収しようとか、そういう魂胆じゃねえから安心してくれ」

 

「毎年人気だからな、この遊び店は。

毎度別の矢を使ってたら昼間には弾切れだろう」

「わかってくれて助かるぜ。ところでよ」

「なんだ?」

 

「今お嬢ちゃんは、兄ちゃんのことをジョセさまってえ呼んだよな?」

「ああ」

「おめえら、兄妹じゃねえのかい?」

 

「ああ、この子と俺に血縁関係はない。

この子は、忙しい父親に代わってこの夏フェスタにつれてってほしい

って依頼を出した。俺はそれを受けた。そういう関係だ」

 

「へぇ。ヨロズヤだったのかい兄ちゃん。

毎年うちの店を見てるような口ぶりだったが、見かけたっけかなぁ?」

 

「だいたいは見回りで人の様子を眺めてるから、

こうして店先に立とうと思うころには景品がほぼないからなぁ」

 

「へぇ、なるほど。ヨロズヤってのもいろいろあるんだなぁ」

「俺の、俺達のやってる、自警団もどきは自主的なもんだけどな」

 

「なるほど、そういうこともできるんだな。

さっすがヨロズヤ、仕事の幅が広えぜ」

 いやみと言う雰囲気ではなく、純粋に感心している様子だ。

 

 

「さて、そろそろ射撃体勢に入らせてもらうとするぞ」

「おっとぉいけねえ、つい気になって話し込んじまった。

悪いな、さ スパっと射撃ってくんな」

 

「そうさせてもらうさ」

 俺の手には少しばかり小さい弓矢だ。

 ただでさえ飛び道具は魔法便りの俺なので、

 こうして物としての飛び道具の扱いは苦手である。まして小さい物ならなおさらだ。

 

 

「さて」

 ついさっき、マリーにしようとした助言を自らにあてはめる。

 自分と弓矢、そして目標である番号札を直線で結べるかどうか、

 弓の角度 矢の飛ぶ勢いなどなど。

 

「ちょっとまった」

「え? なんだ急に?」

 

 

「兄ちゃん、魔力で身体能力底上げしてからの射撃はなしだぜ。

そんなことされちまったら確実に札が倒れちまう」

「え、いや。俺、そんなこと考えてないぞ?」

 

「つってもよぉ。今兄ちゃん、体に魔力廻らせてたじゃねえか」

「……そうなのか?」

「そんの間抜け面。自覚なしだったのかよ?」

 驚いた様子のオッサンに、「あ……ああ」とぼんやり答えた。

 

「だがまあわかった。集中を散らしながら狙いを定めろ

って言うんだな。まったく、むちゃなこと言うぜ」

「ほんとか? 兄ちゃん、意識集中させただけで魔力が体を廻るのかよ、

珍しい体質してんなぁ」

 

「珍しいのか。他の人間の体質

気にしたことなんてないから、わからないんだけど」

「ああ。何人も客を見て来たが、そんな体質してんのは

俺が出会った客の中じゃあ、兄ちゃんが初めてだ」

 

「そうか。この体質、珍しかったのか」

 つい今気付かされた性質だけど、

 まるで以前から知ってるような口ぶりになっちまったな。

 

「っと、いっけねぇ。まぁた話し込んじまった」

 苦笑いしたオッサンに、軽い苦笑が漏れた。

「ジョセさま、おねがいします」

「半端に集中するなんてことやったことないから、

うまく行くかはわからないぞ」

 

「それでも、わたくしよりはいい線行くと思いますわ」

「いい線、か。かすりもしなかった人間にしては、

ずいぶんと偉そうだな」

 軽口を返すと、「ううう、鼓舞してさしあげていますのにぃ」と

 悔しそうにいらだった。

 

 仕事の依頼主と言う立場上なのか、どうあっても偉そうな口ぶりが治らない。

 けどそれが子供ゆえの無邪気とわかって思わず微笑した。

 

 しかし、年齢が10に届くかって言う見立てで、

 よく鼓舞なんて言葉知ってるな。

 小難しい言葉を使いたがるにはまだ早いと思うが、

 語学に秀でた教育でも受けてるんだろうか?

 

 

「さてと。気を取り直して的狙いのやり直しだ」

 軽く弓をつがえる。引き絞るわけじゃない、

 ただ手持無沙汰のように矢を持ってるのが落ち着かないのだ。

 

 遊びに用いる小型の物とはいえ、弓矢は立派な武器。

 この落ち着かなさは、武器を扱うことの多い

 ヨロズヤならではの感覚なのかもしれないな。

 

「……ん?」

 14番の札、距離を他よりこちらから離すためなのか、

 ちょっと置き方が斜めだな。

 そうなると、狙うなら足元よりむしろ頭か。

 うまく当たれば札はずり落ちて倒れる……!

 

「なら角度を調整して……」

 ギリギリと矢を引き絞る。

 

 ーーそして!

 

「喰らえ!」

 思わず出てしまった声と同時に、引き絞った矢を放つ。

 狙い通り、矢は目標の頭 つまり上の側に命中した。

 ーー倒れろ。倒れろ……!

 

 

「っしゃー倒れたー!」

 カタッと言う乾いた音を立てて、目論見通り14番の木の板は

 仰向けに倒れた。それを見ての、俺のうなるような喜びの声である。

 

「やりましたわっ!」

 背丈の合わないお嬢様のハイタッチに、

 俺は一つ笑みで頷くのと同時に応じる。

 

「おめでとさん。ほら、ご希望の品だ」

 言うとオッサンは、お嬢様に彼女の首から腰までありそうな

 でかいぬいぐるみを手渡している。

 

 受け取ったお嬢様、ぬいぐるみの顔をこっちに見えるようにしながら、

 ぎゅうっと抱きしめてニコニコ顔である。

 その情景に、俺はまた笑み一つ。

 

 

「さて、残り二本はどうするか。オッサン、景品の一覧表とかないのか?」

「おう、あるぜ。ほらよ」

 言ってオッサンは、一覧表を見せてくれた。

 なるほど、うちの女子らが喜ぶかはわからないものの、

 女の子が喜びそうな物があるな。こいつを狙うとするか。

 

 

「しかし『喰らえ』たあ、ずいぶんと入れ込んでくれたじゃねえか一発に。

こっちとしちゃあ、そんだけ熱中してくれんのは嬉しいぜ」

「……改めて、言わないでもらえないか・」

 つい出てしまった言葉と言うのは、改めて言われると恥ずかしい。

 特に第三者から言われるのはより恥ずかしい。

 

 くっ、お嬢さまぬいぐるみで顔隠してるが、

 笑い声隠せてないんだぞ。

「第二射。いくぞ」

 

 

 

 この状況を振り払うため、俺は射撃に集中することにした。

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