第四話。少女の姿によぎる過去。
「待たせたな」
商人たちの家が立ち並ぶ北東の区域の、町の東側に突き当たる場所。
そこで俺とアリーナ そしてお嬢様ことマリーは待ち合わせていた。
俺が彼女たちを見つけた時、マリーがそわそわと
落ち着かない様子だったから、俺はこう声をかけたのである。
「い、いえいえとんでもないですわっ。い いい、
今きたところですから」
初めて話をした時と同じように口をパクパクさせながら、
なんとか言ったと言う様子の、このマリーの言葉。
明らかに緊張してるし、まるであらかじめ決めておいた
台詞を読むが如しの、まさに棒読みと言う調子だ。
そして、明らかに今来たとは到底言えない様子だ。
それを指摘しようとしたら、マリー専属なのかと思うほど
いつもくっついているメイドのアリーナが、
驚くほど鋭い視線で、目だけで黙れと言って来た。
そのこれまでとの落差に、俺は目で言葉を殺されてしまった。
「ジョセ様。
くれ ぐれ も。
お嬢様を危険なめには合わせないように、お願いしますね」
「わ……わかった、わかったから、その
生き物殺せそうな目はやめてくれ」
顔をしかめる俺である。
俺達の視線のやりとりを見てないようで、
マリーの視線が俺とアリーナの間を、何度も往復している。
「頼みました。では、お嬢様。お金、
使いすぎないようにしてくださいね」
「ええ、わかっているわアリーナ。
さあ、まいりましょうジョセさま」
さっきのカクカク台詞はどこへやら、なんだか強気な雰囲気になった。
やっぱり、真の金持ちは散財しない、ほんとなんだな。
「それでは、わたしはこれで。他のエイダーズ・クロスの皆さまに
声をかけないといけませんし」
そう言うと、アリーナは踵を返した。
「へぇ。なかなかかわいいじゃないか」
俺の言葉を受けて、マリーは耳まで真っ赤にして
顔をプイっと右にそむけた。
……いや、正面でそんな動作されても、
こっちからは顔丸見えなんだが……。
今日のマリーは、白地に薄い紫の花がたくさん
絵のように染められた長けの短いワンピースに、
麦藁帽子と言うかっこうだ。
彼女の濃い茶色の髪と緑の瞳と、よく合ってると思う。
それと、普段はおとなしくないって言ってたアリーナの言葉に、
間違いはないと感じさせる活発そうな印象を受ける。
実は、これまでマリーとアリーナとかかわって来た数日、
主に話をするのがアリーナだったために
マリーの方があまり目に入っていなかった。だから、ある意味ではこれがマリー=ゴリオス=エンダイヤをきっちり見た初めてみたいなものだったりする。
「いくぞ。まだそこまで人が多くないし、
遊ぶにはちょうどいいだろう」
町の中央、運命の大車輪と呼ばれる名所の辺りが
一番店が多く出ている場所になる。
だから、そこに向けて歩き出そうとした、が。
「でも」
呼び止める感じで、少し強めな声で言われて
思わず動きが止まった。
「わたくし、夜まで。精霊玉を見るまで
帰るつもりはございませんの」
精霊玉。
魔力を込めた木製の弾を、小さな砲台のような物に詰めて空へと打ち上げる、
祭りには付き物の催し物だ。
その弾は、空高くまで独特の音を伴って飛び、破裂。
込めた魔力によって爆ぜた時の色 散る魔力光が様々に変化する。
最も人気のあるのと同時に、祭りの最後を飾る儀式。
なんでも、魔力をただ爆ぜさせることによって
神の力である属性魔力を放出、魔力を世界へ巡らせる精霊へと渡し、
世界の呼吸を整える意味があるんだそうだ。
ティアリーの話によれば、この精霊玉をしないでいると、
いずれ魔力が枯渇し、世界が死んでしまうらしい。
そんな儀式としての側面とは関係なしに、
彼女は精霊玉が綺麗で好きだと話していた。
「そっか。夜まで長いぞ」
「かまいませんわ。疲れたら休憩すればいいだけのことですもの」
「元気なお嬢さんだぜ」
苦笑いを返すと、改めて中央へ向けて歩き出す俺。
後ろから、軽やかな足取りが付いて来る。
「さて、なにをしようか」
だいたい毎年やって来る店は決まっている。
だから、下調べなしでもこうしてプランを立てることは可能だ。
「どんなお店があるのか、わたくしよくわかりません。
あなたにお任せいたしますわ」
「そっか。じゃあ、見ながらその場その場で考えるか」
「はい」
ヨロズヤの仕事は、あらかじめ動きを決めておくものだ。
たまにはなにも考えずに動くのもいいだろう。
「少し、ザワザワして来ましたわね」
緊張した様子で言うマリーお嬢様。
そうだな、と軽く相槌し、開いた手を後ろに伸ばす。
「え、あの。その手はなんですの?」
「掴まれ。迷子になられたら困るからな」
「っ、そっそんなっ。わたくしそこまで子供じゃありませんわっ」
言葉とは裏腹に、声が嬉しそうである。
顔を見なくても、笑みを殺せていないのがわかるぐらいに。
「そのわりに思いっきり掴んでるじゃないか」
「そ……それはっ。ジョセさまはわたくしを守るのがお仕事ですし?
迷子になられてはお言葉の通り、困ってしまうでしょうし? そっそうゆうことですわ。気遣いのできるわたくしに感謝なさい、ですわ」
「口調、おかしくなってるぞ」
「きっき、きのせいですわきのせい。さ、まいりましょ」
俺の後ろにいたはずのマリー、ズンズンと進んでしまい、
気が付いたら俺が引っ張られる形になっていた。
「おいおい」
よっぽど楽しみにしてたんだなって言うのが伝わって来るものの、
笑みじゃなく苦笑いがまた出る俺であった。
ーーあの時。押し入って来た連中を全員父さんが倒せていたなら、
俺もこんな風に父さんの手を引っ張って、嬉しい苦笑いをさせたんだろうな。
「ジョセさまジョセさまっ」
「ん、ああ。なんだ?」
「あの、あれが。あれがほしいのですけれど」
言葉にマリーを見て、その指を刺してる先を見てみた。
白くて丸い身体に短い手足、ピンクのコウモリの翼と
つぶらな瞳にまるっこい角と言う、かわいらしいぬいぐるみだった。
「とってくれ、ってことか」
マリーがほしがったのは、的撃ちと言う遊び店の景品だったのだ。
だから、俺はとるって言ったわけである。
「とる? 買うのではないのですか?」
「あれはな。代金を支払って、数字の書かれた板を簡単な矢で打って、
それを倒せたら番号に対応した品をいただける、って言う遊び店の、
その景品の一つなんだ。まあ、矢って言っても先は丸いんだけどな」
「そうなんですの?」
「ああ。やってみるか?」
「え、でもわたくし、弓矢なんて……」
尻込みするマリー、しかし俺は説得する。
せっかく祭りに来たんだし、楽しめることを楽しまないのは損だからな。
「たかが遊びだ、そう気負うこともないぜ。
弓矢って言っても本格的な大きさでもないしな」
「たかが遊びとは言ってくれるじゃねえかお兄さん。
なら、やってみせてくれよ」
いかにも職人と言った雰囲気で、こちらを値踏みするように見て来た
店のオッサンが、そう俺を煽って来た。
が、この程度の煽り、挑発にも入らない。
命の危険が微塵もない煽りなんて、
かわいいお遊びだからな。
「いや、俺はこの子に挑戦させるつもりだ。
この子が変わるって言ったら俺が打つ」
「よし、いいぜ。ならお嬢ちゃん。大サービスで
一回分撃たせてやるぜ」
「太っ腹だな大将」
「武器としての弓矢どころか、こういう矢も打つのが初めてだってんだ。
一本こっきりじゃいじがわりいってもんだぜ」
「三発……」
生唾を飲むのが聞こえた。
「それはあくまでもサービスでの話だ。その後の追加射撃は、
きっっちりと代金支払ってもらうぜ」
やけにきっちりを強調したな。
「わかりましたわ」
「で、大将。あのぬいぐるみは何番だ?」
指差して示すと、「ああ あれか?」とにやりとする。
あまり撃ち落とし易そうな場所には、板がなさそうな顔だ。
「14番だ」
オッサンが指差したのは、的撃ちの的、木製の板が並ぶ場所の、その一点。
横に四枚 縦には四段。
少しずつ射手、つまり客から距離を離した配置に板が並んでいて、
例のぬいぐるみの板は一番奥まった位置にあった。
「あの板だけ、ちょっと奥にしてありやがる……」
「さ、お嬢ちゃん。どうぞ」
嬉しそうな顔だ。野郎、金稼ぎする奴の顔になってやがる。
「矢の打ち方はわかるか?」
「はい。これを、こうやって……あっ」
矢をつがえる確認のつもりだったようだが、
本当につがえてしまったため一本目を無駄にしてしまった。
空しく地面に飛んだ矢は、乾いた音を立てて直後そのまま倒れた。
「的を見定める前からつがえてどうする。
ただ、やり方そのものはわかってるらしいな。
なら、後はしっかりと的を見てからつがえて、
そうしたらよしと思うまでは手を離さないこと。
じゃ、がんばれ」
そう言って軽く肩を叩く。
一つ頷いたマリーは、とたん 真剣な表情になった。
ーーさ、お手並み拝見だ。