第三話。帰って後と、フェスタ当日の朝。
「いやー、お前がまさか コドモズキだとは思わなかったなぁ」
パーティハウスに戻って早々、ハメツに声をかけられた。
それが今の言葉である。
「ドア開けるなりなんだ? 妙に含みのある言い方だし……って、ん?」
おかしい。
ハメツの物言いは、明らかに件のお嬢様、
マリー・ゴリオス・エンダイヤとのやりとりを踏まえた物だ。
「まさか。見てたのか?」
「スクーパーがな」
「なに、まったく気づかなかった。って言うか、
俺より先に戻ってきてるじゃないか。
どうなってるんだ、こいつの隠密能力と身のこなしは……」
こうして特化した能力を見せられると、
つくづく俺は半端物だなと思い知らされる。
今では大分受け流せるようにはなったものの、
それでも流し切れずに多少気落ちしてしまうのだ。
俺は剣もデルクス曰く中の下か中程度らしく、
魔法も扱えるものの、全属性をまんべんなく中級クラスまで。
いわゆる器用貧乏って奴なのだ。中途半端なのである。
比較すると、エイダーズ・クロスの中だけを見ても、
隠密と身のこなしに特化したスクーパー。
体躯に恵まれ己の拳を主力とした、
武器を持たずとも戦える武に特化したデルクス。
魔法で攻撃はできなくとも、回復 防御と言った、
常に命を賭ける覚悟のヨロズヤにとって不可欠の、
補助に特化したティアリー。
フェイルは魔法を使うのは苦手だと言って、剣一本だ。
これはこれで特化していると言える。
ハメツは剣士としての腕前はそのままで、
剣を召喚し操ると言う、特殊魔法を扱う。
曰く魔法はこれしか使えないと言っているので、やはり特化人材だろう。
つまり。
内輪で俺だけが、いろいろをそこそこにこなせる半端物なのである。
スクーパーの存在にまったく気づけなかったように、
特化してる面々に俺は勝るところがない。
そんな俺はリーダー扱いをされているが、
実態は厄介なパーティの行動決定権を
丸投げしてるだけなんだろうな、と考えている。
卑屈リーダー、とたまに軽口で言われることがあるが、
仲間の誰にも勝てないんだから、こうもなる。
「一人で詳細不明の人間のところに、
なんの躊躇もなく行かれちゃ気が気じゃないじゃないか。
だから追いかけたのさ。みんなから
行ってこいって言われたのもあるし」
「そうか……悪かったな。あのメイド、アリーナの必死な様子考えたら、
早く行ってやらないとって思っちまってさ」
じっとりした声になってしまった。天井に視線を向けて言ったからだろうな。
「お前らしくていいと思うぜ、そういうとこ。
どうしても詳細不明は警戒するもんだけど、
アリーナってメイドの様子で、
お嬢様は会っても大丈夫だって思ったんだろ?」
「いや、そういうことなんにも考えてなかった……」
苦笑いをハメツに返す。
「逆を言えば、それはジョセさんが瞬時に、メイドさんとその
後ろのお嬢様の人格を、安全だって感じとったってことじゃないですか。
考えるよりも早く」
「そうなのか?」
わたしはそう思います、とティアリーは返して来た。
「だが、それは直感だ。その振る舞いが、
本当にその人間の本質から出た物なのかはわからん。
期待に答えることを最優先する貴様の心意気は買ってはいるが、
野生に任せすぎているのは危険と思う慎重さ、冷静さも必要だ」
「デルクス。お前はあの、俺がジョセ・パーシュウズだってわかった時の
アリーナの様子を見てなかったから、
そう冷静に言えるんだと思う。でも、肝には銘じておく。
頭より体が先に動くようなもんだから、
制御できるかはわからないけどな」
苦笑して言葉をしめくくる。
「貴様と組み手をする時にも、相手をよく観察し動きを読め
と言っているが、それと同じことだ。
その時の状況でよく観 考えることは重要だ。
野生にばかり頼っていては、その腕前が己に身に付くのには
多くの時を費やす。。貴様のその勘は一級品ではあるがな」
「毎度、御高説痛み入るぜ」
いつもながら耳に痛い。
こいつは、頭の回転が鈍いと思われがちなでかい図体に反して、
今みたいに思考の動きは冷静で適格だ。
おそらくそれが、こいつの戦い方 ひいては心構えであり、
武器を持つことがあたりまえの命を張る職業の中にあって、
武術、己の拳を武器にするほどの、自信に繋がってるんだろう。
「で、夏フェスタに、お嬢様の護衛として行くわけだな?」
ハメツに聞かれて、「そういうこと」と答える。
「迷子にしちゃ駄目よ」
フェイルに遠出する子供に、母親が言い聞かせるように
柔らかく言われて、
「ああ、それはわかってる。だがフェイル」
「ん?」
「、その含み笑いをやめろ」
と不服丸出しで答え、デルクス以外のメンバーからクスクス笑われた。
デルクスすら、ふっと笑いをこらえきれずな感じに笑っていやがる。
まったく。リーダー呼ばわりするわりに、
扱いが友達なんだからなぁこいつらは。堅苦しくなくて気に入ってるけどさ。
*****
「さて、いくか」
夏フェスタ当日、その朝になった。
人々の活気がパーティハウスの中にいてもわかるほどで、
季節の暑さに負けない熱気を秘めた町が出来上がっている。
これから昼に行くにしたがって熱気は膨らみ、
夕方に向かうにしたがって一度おちつき、
そして夜にまた弾ける。
そういう、まるで太陽を移したような活気を、
夏フェスタのこの町は毎年作り出している。
「武具装備禁止ってのは、どうも体が軽くて違和感あるけどしょうがないか。
他ならぬお嬢様の頼みじゃな」
「で、俺達はアリーナ女子の根回しで、エンダイヤさんちから
お前とマリー嬢の様子を見守る依頼を受けてるわけだ」
ハメツの言葉にああと頷き、
「おやじさんにとって、俺は悪い虫扱いらしい」
と苦笑いで続けた。
「あんまりあたしたちの方気にしないようにね。
気が散ってるの見ると寂しくなっちゃうから」
かもね、と俺の言葉に相槌した後、そうフェイルに言われた。
「そうなのか?」
「そ。女の子は特にね」
「そういうもんか?」
よくわからないが、
「そういうものなの、納得しときなさい」
こう言われてしまっては、
「あ、はい」
と頷くしかない。
「危険が近いようなら、あたしたちが処理しとくから」
念押しされてしまった。
なにをこんなに力入ってるんだかなぁ、フェイルは?
「とはいえ、あくまでもぼくらは遠目に見守ってるんであって
護衛はリーダーの役目だけど」
「おおげさだよなぁ、たかがフェスタ行くのに」
フェイルに、はぁと呆れた溜息をつかれてしまった。
同じ女子なら、なにか知ってるかと思ってティアリーを見たが、
微小のような苦笑のような複雑な表情を返された。
なんなんだ、女子どもはいったい?
「そういうことだから、ぼくらはぼくらでフェスタを楽しませてもらうよ」
「僕、あまり騒がしい場所は得意ではないのだがな」
「まあまあ、そう言わないでくださいデルクスさん。
現場に行っちゃえば、案外楽しいかもしれませんし」
「そういうものか? まあ、貴様らが祭りに夢中になっている間、
僕がジョセとマリー嬢を見ているとするか」
「お前が見守ってくれてるなら問題はないだろうな。
目が合ったら怖いけど」
「って言うかデルクス。お前、俺達が
仕事そっちのけになると思ってるな?」
「貴様ら。こういう騒がしいのには、
年甲斐もなく便乗するからな」
ハメツへの答えとしてさらっと言われたデルクスの言葉。
それには男子からは苦笑が起きたが、しかし女子からは、
「「ん?」」
と言う怒りの聞き返し声がした。
フェイルが言いそうなのは想像できたけど、
まさかティアリーまでこんな声を出すとは思わなかった。
ちょっと、鳥肌立ったぞ。
「あたしたち、お祭りで騒ぐことを
年甲斐もなくって言う年じゃないでしょが」
フェイルからのじと目の追撃に、はっと息を小さく飲んだデルクスは、
「すまん。表現を誤った」
と聞くからに落ち込んだ声になった。頭を抱えていそうである。
こいつでも自己嫌悪って、陥るんだな。
フェイルの表情については、その声が怒りの低さだったから
俺の後ろにいても問題なく理解できたのである。
「っと、グダグダ喋ってる場合でもないか。出るぞ」
俺のひとことで、エイダーズ・クロスは
今日の依頼へと動き出すべく、パーティハウスを後にした。
俺は町一番の商人の娘と、夏フェスタに行くために。
他の四人はそんな俺達を見守るために。