第八話。お嬢様の思いと、再びの合流。 パート3。
「なあ、お嬢様」
精霊玉、夜空に散る属性毎様々な色の魔力の光。
それを見て、ここ 剣塚亭の屋根の上が歓声で満ちた。
「なんですの?」
一応反応はするものの、完全に目と意識が精霊玉に向いている。
それにこっそりと苦笑してから、
「楽しかったか、今日?」
そう俺は尋ねた。
「なにをあたりまえのこと、聞いてるんですのジョセさま?」
こっちに向いたお嬢様、本日の依頼主である
マリー・ゴリオス・エンダイヤは、
呆れたようなきょとんとした声で聴き返して来る。
かと思えば、バンと弾けた独特の音に目を夜空へと戻してしまった。
「そうか。それならよかった」
弾ける魔力に目をすぐに向けている辺り、その言葉の信憑性はある。
ただ、俺と言う存在が、この少女の「楽しい」に結びついているかどうかは、
甚だ疑問だ。
俺もこの弾ける魔力光は嫌いじゃない。
ただ、そこまで話がうまくない俺は、ついつい黙り込んでしまう。
それに、この激しい音の中、叫ぶように会話をするのも億劫だし。
とはいえ、こう即刻関心をなくされるとなんとも寂しい。
「フェイルの言うことを、まさか俺が実感することになるとは思わなかったな」
こっそりと、弾ける木製の砲弾の音に紛れて苦笑いした。
自称異世界人の二人が、こっちの世界の方が光が綺麗だとかなんとか、
そんな話で盛り上がっている。アオイの側の方が明らかに反応が大きく、
アクトの方はアオイほどではない。
ここら辺は男子の面子って奴だろう。その気持ちはよくわかる。
世界は違えど、日常系男のプライドって奴はかわらないらしいな。
アクトと言う異世界の人間に、いっきに親しみがわいた。
「あの、ジョセさま」
「なんだ? 精霊玉に夢中だったんじゃないのか?」
「あれもたしかに綺麗で素敵なのですけれど。
なにも言わずに見ているのもつまらなくて」
「そういうもんか」
「ええ。せっかく大勢で見ているのですから、
無言でいるのも寂しいじゃないですか」
「ほんと、子供らしくないな、お前」
「いやみじゃないから、言われてもいやじゃありませんわよ、ジョセさま」
微笑な俺の表情を見たらしく、声色が微笑だ。
「で? なにか聞きたかったんだろ?」
「あ、はい。ジョセさま? ジョセさまの方は、楽しかったですか?」
無邪気に問いかけて来た、そういう顔だ。
夜の暗さに目が慣れて、明かりがない状態でもどうにかわかる。
「そうだなぁ」
今日一日を思い返す。
朝、この少女をまともに見て。昔のことを思い出して
少し寂しい気持ちになって。
的撃ちに本気になって。アイスダストを食べて頭がキーンとなって……。
いろいろと、しょうもないことがいっぱいあった日だった。
異世界人、なんて言う信じがたい奴等にもあった。
「ああ。楽しかったな。普段あんまりないようなことが沢山あったし」
「そうですか。よかったですわ。せっかくの夏フェスタですもの、
片方でもつまらなかったらがっかりですから」
満面の笑みで言うお嬢様。しっかし、なんて言いぐさだ。
「わざわざ依頼出してまで行きたがった奴の言うことかね、それが」
その依頼主と受領側が逆転したような物言いが、
「はははは」
たまらなくおかしくなって声出して笑っちまった。
そんな俺を見てだろう、お嬢様もウフフフとおしとやかに笑い出した。
「やっと楽しそうに笑ったわね、ジョセ。
ニャたしが見てる限り、ずーっとむすっとしてて、
その子がしょんぼりしてないか不安だったのよね」
「心配いりませんわカグヤさん。わたくし、
ジョセさまといられるだけで充分楽しいですから」
「その顔。ほんとに、心の底からそうみたいね。
ならまあ、ジョセの不愛想にはなにも言わないでおくわ。
そこまでニャたしの言葉が、ジョセに強制力あるとも思ってないし」
「カグヤ、めんどうなだけ」
「余計なこと言わない」
軽いパシっと言う音がした。カグヤがアイシアにふざけてやったんだろう。
「お前ら、楽しそうだな」
「ニャんたもね」
「ああ。そうだな」
緩んだ自分の表情がわかって、バラバラと連続して爆ぜる
精霊玉の音に紛れて呟いた。
***
「あ~、楽しかったですわ~」
未だに剣塚亭の屋根の上の俺達。大きくのびをしながら、
お嬢様が満足を顔いっぱいに浮かべて、
空に向かって叫ぶように言った。
精霊玉が全部終わって、静けさがある程度戻ったオハヨーの町。
聞えてるのは、それぞれ宿やら家やらに帰る人々の足音と雑踏。
「……あれ?」
今のびをしたのを見て初めて気が付いた。
飲み食いする時以外、なにがあろうと決して手元から離さなかった、
例の的打ちで手に入れたぬいぐるみを、今は持っていない。
「お嬢様、例のぬいぐるみどうしたんだ?」
「あれですか? えっと、アイシアさん でしたっけ?
その彼女が屋根の上に上がるのが大変になるから、
とベッドの上においてしまいましたの」
「ああ、なるほど」
「あのままだと運び難かった」
いつものように言葉少なだ。
「ジョセ、任務完了?」
「まあ、な。ただ、家まで送ることにはしてる」
「え? そうなのですか?」
驚いてこっちをぐるっと向いたお嬢様に、
あたりまえだろ と苦笑で返す。
「そこまで薄情じゃないぞ、俺は。それに、
子供を夜にうろうろさせるのは心配だからな」
俺の言葉に、なにゆえだか「むぅ」と頬を膨らませるお嬢様。
「任務完了は、まだ少しだけ先だぜ、アイシア」
「うん。外まではこっちで送る」
「わかった」
「ぬいぐるみ、忘れないようにしないと」「ぬいぐるみ、忘れるなよ」
同じようなことを同時に言ってしまい、
思わず俺とお嬢様は顔を見合わせて。
俺とお嬢様の間に生まれる僅かの無言。
ーーそして。
「ウフフフ」「っははははは」
俺達は笑顔で笑い合うのだった。




