第八話。お嬢様の思いと、再びの合流。 パート2。
「なるほど。春にそんなことがあったのか」
カグヤ アクト アオイ、それにサン・イラーヌの残る二人も交えて、
俺とマリーお嬢様はこの五人が春になにに巻き込まれたのかを聞いていた。
今その話が終わったところである。
ギリギリまだ夜にはなっておらず、精霊玉まで後少しと言うところだ。
彼等の話は要約するとこんな事件だった。
このオハヨーの中心部、運命の大車輪に住む女神である
アグニャマラテスによって、この世界に一人の男の願いによって
召喚されたアオイ。
しかしその召喚は本来女神が望まぬ物で、
アオイをその男から救い出す者としてアクトが、
アオイの要望によって選ばれた。
そうして事情を知らないままに呼び出されたアクトは、
サン・イラーヌの最年少メンバーにしてリーダーであるサラに、
この剣塚亭に運ばれたことで、サン・イラーヌを巻き込んだ
救出劇になった。
アクトとアオイがこの世界と彼等の世界を
行き来できるようになったのは、女神の配慮だそうだ。
流石はアグニャマラテス、お人よしだな。
ただ、俺の想像を超えたお人よしらしい。
「そういえば、春にお前たちが遠征してたことがあったな。
もしかして、その時か?」
「そ、その時よ」
頷いて答えたカグヤ。たまにあるサン・イラーヌの遠征だが、
まさかそんなことをやってたとは驚きだ。
「すごい」
今日の俺の依頼主であるマリーお嬢様、
放心したように呟いた。
「まるで物語みたいなお話ですわ!」
そうかと思えば、直後にこの目の輝き様である。
胸の前で手を組んで感激のポーズ付きだ。
「俺もそう思ったぜ。この世界に、こっちの世界と
似たような作りの物語があったことを知って、
ものすごい驚いたってこともあったな」
そう言って、アクトはちらりとカグヤを見た。
「そういや、あぐにゃんって祭りに顔出したりするのか?」
「顔出すらしいわよ、来賓みたいな感じじゃなくて、
普通に人に混じってお客さんとして」
「あぐにゃんらしいな。あの人、
神様です、って人の前に出て来るタイプじゃないからな」
「もしかしたら、すれ違ってたかもしれませんね」
そう言ったアオイの言葉で楽しげに笑う五人。
氷のような印象だったアイシア・フロストすら、
ぎこちなくだが微笑みを浮かべている。それにも驚いたが、
それ以上に驚いたことがある。
「ちょっと、まってくれないか?」
「どうした? やけに驚いた顔してっけど?」
「今アクトが言ったあぐにゃんって……もしかして、
アグニャマラテスのことか?」
俺も何度か顔を合わせたことがあるが、たしかに、
神様です、っと言う雰囲気ではなかった。
神と言うよりは優しいお姉さんと言う方がしっくり来る。
だからこそ、俺も呼び捨てにしてしまっているわけだが。
「そうだぜ。まあ、こう呼ぶの俺達ぐらいだろうから、
わかんないのもしょうがないよな」
「親しいにもほどがないか? 相手は女神だぞ」
「いやー実はな。親しみは後から付いて来たんだよ」
苦笑いで言うアクトに、どういうことだと問い返す。
「アグニャマラテス、ってさ。俺からすると舌噛みそうでな。
だから縮めたのが始まりなんだよ」
「なるほど。たしかに、一理あるな」
「そうですわね。それにしても、普通にフェスタを楽しむ神様ですか。
にわかには信じられないですけれど」
「俺はその小ささで、にわかに、とか言うごり押しお嬢様の方が
信じられないけどな」
「ご ごりおし?」
驚愕に目を見開くお嬢様だが、自分の名前に
ごり押すと言う言葉が入ってることに気が付いてないのか?
「だって、お前。ごり押すマリーちゃん、なんだろ?」
いたってまじめに聞き返しているアクト。
笑いをこらえるのが大変な俺。そして、カグヤとサラである。
「しっしつれいなっ! わたくしはごり押すマリーちゃんではございません。
わたくしの名前はマリー。
マリー・ゴリオス・エンダイヤですわ」
かみつかんばかりの形相で言い返したお嬢様だが、
「ほら、やっぱごり押しじゃねえか」
そう言ってクククとこらえきれずに笑い出すアクト。
更には、「笑っちゃ悪いですよ神尾君」と言いつつも、
こちらも笑いをこらえきれないアオイ。
危うく俺達まで笑いをこらえきれなくなるところだったが、
どうやらカグヤとサラもどうにか笑いを飲み込んだようだ。
名前を笑われたお嬢様の方は、怒りに顔を真っ赤にしている。
「あなたたち……! ジョセさまたちまでっ!」
「気付かれてたですか」
柔らかにフフフと笑う特徴的な喋り方。
こちらも年齢にそぐわない柔らかさと落ち着きの、
サン・イラーヌリーダーのサラだ。
「っと。どうやら始まったみたいね」
カグヤの言葉の直後。
バアンっと言う、特徴的で大きな音が
辺り一面に響いた。
「さて、上、いくわよ」
言うとカグヤはさっさと外に出てしまった。
「上に行くのに外を使うのか?
ここ、外階段なんてないはずだろ?」
訝しむアクトだが、特等席がわかってるのはカグヤだけのはず
なので、困惑を表情に浮かべつつ外に出て行く。
「わたしたちもいくですから、外からの方が楽な人は外からで、
中から出る方が楽な人は中からいきましょうです」
サラもどうやら特等席を知っているらしい。
「お嬢様とアオイ、中からいく」
有無を言わせず、アイシアが二人をつれて階段へ向かった。
「ジョセさん、どうしますですか?」
どうする、って言われても。俺達、その特等席、
どこか知らされてないんだ。道なんて選びようがない」
「わかりましたです。ジョセさんは充分外からいけると思うですから、
わたしといっしょに外からいくです」
促されてわけがわからないまま、俺は剣塚亭の外に出た。
サラは他の剣塚亭メンバーに声を書けているようで、
少し後に出て来た。
「で、特等席って、どこなんだ?」
「振り返ってくださいです」
言われて入り口扉と向き合う。
しかし、ただいつもの剣塚亭扉があるだけだ。
「上です、上を見てくださいです」
更に言われて顔と視線を上へと向けた。
「……な?!」
予想外だった。
「おいおい。特等席って屋根の上かよ……」
そうなのだ。
俺の目線の先には、俺と向かい合うように、
剣塚亭の屋根に座るカグヤたちの姿があったのだ。
「と、ゆうわけで、です。ジョセさん、屋根に上るですよ」
「二階から行く方が楽だったんじゃないか?」
「いえ。窓から飛び移るよりは、壁を蹴って登った方が登り易いです」
言い切ったぞこの幼女剣士。
「おいおい、刹攻忍かお前らは……」
「いえいえ、わたしたちはただのヨロズヤですよ」
とんでもないと言う調子で答えると、サラは
一っ跳びで二階の窓に到達し、
ギリギリ爪先がひっかかってる程度しかないような場所で、
腕を上の窓の枠に伸ばし それに僅か指をひっかけると、
「ふっっ!」
爪先で窓のサンを軽く蹴りつけ、
直後に自分の体を引っ張り上げるように腕に力をこめ、
あっさりと屋根の上に到達してしまった。
「化け物幼女め……」
圧倒されていると、「はやくはやくー」とそれはもう楽しそうに
俺を呼ぶサラ。
「むちゃくちゃなことを要求しやがって……」
「なら、僕が放り投げてやる」
「っ、お前 いつのまに?!」
「なるほど、剣塚亭の上とは思いつかなかったわね」
「でも、簡単には行けませんよ。彼女たちに許可もいるでしょうし」
「そうだよねぇ」
「それに、屋根が大丈夫かってのも考えると、
俺たち全員ってのは流石になぁ」
「お前ら……いつのまにいたんだよ」
俺のヨロズヤチームである、エイダーズ・クロスの面々が
背後から次々に声をかけて来た。
なので、思わず悪態をつくような調子で言ってしまったのだ。
「降りる時は飛び降りてで問題なかろう」
「っ、ちょっとまて?」
「ならば行って来い!」
「おい!」
こちらの心の準備をまったく考慮せず、
デルクスは俺を背後から抱えると、
「そぉりゃーっ!」
となんの遠慮もなく放り投げやがったのだっっ!
「おわーっっ!」
流石と言うべきか、俺は飛ばなすぎるでも飛びすぎるでもなく、
見事な力加減で
「がっっ」
ちょうどよく剣塚亭の屋根に
前半身を打ち付けることになった。
断続的に精霊玉が弾ける音を聞きながら、
少しの間俺は動けなくなってしまったのだった。
「あたしたちも、いい屋根上見つけてそっちで見るわ~」
と言うフェイルの声に、体を起こして向きを反転してから、
「好きにしろー、やるなら許可は取れよー」
と返した。
「さて、これで落ち着いて精霊玉が見られるな」
仲間たちの足音が遠ざかったのを確認して、そう一息ついた。




