第一話。謎のメイドからのお誘い。
「あのっ」
俺が自分の拠点に戻る道すがら。
慌てたような足音と共に、女性の声が誰かを呼び止めた。
「ジョセ・パーシュウズさんですよね? ヨロズヤの」
どうやら、女性が呼び止めたのは俺だったらしい。
「そうだが、メイドに声を賭けられるような人脈は持ってないぞ」
声に振り返ったら、小綺麗なかっこうのメイドだった。
言葉の通り、俺はメイドに知り合いはいない。
だから、思いっきり訝しんだ視線を返している。
「ようやく見つかりました。みつかりましたよお嬢様っ」
この場にいないお嬢様とやらに、感激の声を発している様子のメイド。
「ようやく?」
表情を変えず、俺は問いを投げる。
「ええ。お嬢様があなたさまのことを気にし始め、
わたしたちがあなたさまのことを探し始めてから
そろそろ月の満ち欠けを三週。草木が芽吹き始めたころだったのに、
もうすぐ夏のフェスタの時期ですもの」
お……恐るべき執念。そのお嬢様とやらには
まったく覚えがないと言うのに。
「ご苦労なことだな。で? そうまでして、
そのお嬢様とやらは俺になんの用なんだ?」
「それは、直接本人からお聞きください。
なによりもお嬢様は、あなたさまをもう一度、
目に入れたがっていらっしゃいますので」
「さっきからずいぶんと一方的な話だな」
「わたしたちが何者なのか、ここに書いてありますので」
俺の呟きに耳を貸すことなくそういうと、
メイドは、そそくさと一枚の紙切れを懐から取り出し、
俺にむりやり握らせると、それではと一つ頭を下げて
小走りに去って行った。
「な……なんなんだ気味が悪い」
とりあえず拠点に戻ってからだ。全てはそこからだ。
***
「昼の見回りお疲れ」
そう拠点に戻った俺に声をかけて来たのは、ハメツ・ソードブレーキ。
うちのヨロズヤパーティの攻撃魔法担当の、元剣士だ。
曰く、俺も以前はお前と同じ剣士だったんだが、
腕に矢を受けてしまってな、とのことだ。
狙って腕に矢を当てるとは、よほどの射撃主だったんだろうな。
と言うか、俺は剣一本で戦う生粋の剣士じゃないんだけどな。
っと、話を戻そう。
見回りって言うのはうちのパーティが自主的にやってることで、
俺達はこの町の自警団のようなこともやっている。
その一環で、日課として昼間に町を見回っているのだ。
「って、どうしたんだ難しい顔して?」
「ん。ああ、帰路で妙なメイドにこんなものを渡されたんだ」
そう言って、軽鎧の内側のポケットに入れておいた例の紙、
いわゆる名紙と言う奴を見せた。
「名紙を持ったメイドか。そういるもんじゃないだろ、そんな人。
で? どこのなにものなんだ?」
言うとハメツは、俺からひったくるようにサっともらいものを抜き取った。
実は刹攻忍だったんじゃないのか、とこいつのことをたまに思う。
「エンダイヤ家所属メイド、アリーナ・キャレーレス。
エンダイヤって言えば、この町一番の商人の名前じゃなかったか?」
「そういえば……そうだったか」
投げ渡された名紙を受け取りながら相槌を打つ。
商人からの依頼は、大概が荷物運搬時の護衛やら
用心棒みたいな仕事だから、自警団まがいの俺達は極力さけている。
ついでで請け負うには拘束時間が長いのである。
とはいえ最低限の情報は入って来る。それは情報収集屋でもある
斥候忍のメンバーがいるおかげだ。
「しっかし、ぐにゃぐにゃした字だなぁ。慌てて書いたか?」
こんな土食い蛇がのたくったような字、よくすんなり読めたな。
「で? エンダイヤさんちのメイドさんから、
なんだってこんなものを渡されたんだお前?」
「それがどうにも不可解でな」
「不可解?」
「ああ。お嬢様とやらが、どうやら俺に会いたがってるらしくてな。
俺にはまったく、そのエンダイヤ家のお嬢様に覚えがないんだが」
「で、謎の答えが知りたいなら、お嬢様に聞きにこい。
とか言われたのか? もしかして?」
ありえないだろ、って言う思いを含み笑いに乗せて、ハメツは言う。
だが、である。
「残念ながら、その通りだ」
疲労の息と同時の、その通りだで切り返した。
「おいおい、本気か、その話し?」
「ああ。自分たちがなにものなのかを示すために、
俺にむりやり、その名紙を握らせて去って行きやがった」
「ずいぶんと強引な手段だなぁ、そりゃ」
そうなんだよと答えた俺と、二人で苦笑いである。
「なるほど。メイドさんがよくうろうろしてると思ったら、
お目当てはうちのリーダーだったのか」
「どこかの斥候かと思って目を光らせていたのだが、
僕と目が合った時の反応が、あまりにも一般人として
堂に入りすぎていたから不可解だったのだ。
なるほど、貴様を探していたのだな、リーダー」
「お前ら。リーダーはやめてくれって言ってるだろ。
スクーパーはともかく、デルクスはわざと言ってるだろ」
拠点のドアを開けて入って来たのは、さっき言った斥候忍のメンバーの
スクーパー・ビクサメラと、鎧もなしの完全な丸腰でいる大男の
デルクス・シールデロズだ。
「って言うけど、最終的なパーティ行動の
決定権がある人間はリーダーじゃない」
「お前らが俺に決定権を丸投げしてるせいだろうが。
で、スクーパー。そっち側での異常は?」
そっち側って言うのは、俺達が表通りを見回り、
こいつが裏通りを見回ってるので、裏通りの状況のことだ。
デルクスは俺と同じく表側担当。
裏通りを行くにはこいつのでかさは目立つ上、
でかい 目付きが鋭いと、裏通りのゴロツキどもが
手を出して来るには充分すぎる容姿だからだ。
俺達はあくまでも治安の維持に見回りしてるだけで、
トラブルを自ら引き込むつもりじゃないからな。
表に比べて遥かに荒っぽいとはいえ、ゴロツキどもにも
一定の秩序は存在する。
治安維持はつまり。
その領域で秩序が変化するような騒ぎを起こさない、
ゴタゴタが起きそうならそれを排除する だ。
特にゴロツキどもの秩序が崩壊すれば、
表側に厄介を持ち込むことになりうる。
なら、現状維持で済ませておくのがいいと俺は考えている。
俺をリーダーと呼ぶように、うちのメンバーは、
俺の考えに賛同しているからこそ、自警団まがいを
手伝ってくれている。
「ないよ。夏フェスタが近いこの時期でも、
相っ変わらず、隙あらばとびかかられそうな
いやぁな緊張感さ」
スクーパーは、そう言って深く息を吐いた。
こいつはいささか過剰に反応するから、他の人間
ここまで感じてないだろうけど、
あまりあの空間の空気がよくないのはたしかだ。
「用心棒仕事で小金稼いで満足してりゃいいのに、
あの山賊もどきのゴロツキどもは、
どうあっても分不相応なことやろうとするんだよな」
ハメツの呆れたようなひとことに俺は一つ頷いて、
「まったくだ。すなおにヨロズヤ続けてりゃよかったものをなぁ」
と同じ調子で返した。
「それがあたしたちが自警団まがいのこと、やってる理由なのよね」
「そういう元ヨロズヤの人達が表に顔出して動くおかげで、
わたしとジョセさんが出会うことになったんですよね」
「まあ……あれは衝動だったけどな。それはともかくお前ら。
なんでみんなして、そう、特に大声でもない
ドア内の俺達の話声を正確に聞き取ってんだよ」
帰って来た紅二点、フェイル・ピンカッシュイオンと
ティアリー・フイスパーに、疲れたように言葉を返した。
丁寧な言葉遣いなのがティアリーだ。
「そういやティアリーと俺が出会ってからも、
そろそろ月の満ち欠け三週分ぐらいか」
「そういえば、そうですね」
と頷いた後で、
「ん? 『も』って、どういうことですか?」
と聞いて来た。
ので、俺はさっきのメイド、
アリーナとやらからされた話を、改めて全員にした。
名紙を見せつつ。
「なるほど。エンダイヤ家のメイドさんだったのね」
「道理で一般人らしすぎるはずだ」
「同じ刺繍の服を着たメイドさんを何人か見たのも、
それでだったんですね」
それぞれに納得している。
たしかに。言われてみれば、違う場所に
同じメイド服を着た人がいたな。
「しかし。いくら我々が、
意図的に商人からの接触をさけていると言っても、
流石に月の開眼三度分は時がかかりすぎではないのか?」
月の開眼は、月の満ち欠けと同じ意味の古い言い回しだ。
デルクスに言われるまで、この言い回し知らなかったんだけどな。
「それに、わざわざ自分の家のメイドに探させてたのも妙だよね。
素直にヨロズヤ使ってぼくらのこと探せばよかったのに」
「もしかして、ないしょでやってるから
お父さんの人脈を使っては調べられなかった、とか?」
スクーパーの疑問にフェイルは言うが、
なんでこそこそする必要があるんだ? と、そのまま聞いたら、
「さあ。そこまでは当人じゃないからなんともだけど」
と前置きしてから、
「お嬢様が、個人的なことでお父さんの手を
煩わせるわけにはいかない、って思ったんじゃないかしら。
それぐらいしか、ヨロズヤを使わない理由がみつかんないもの」
と推測を言った。
「なるほど。たしかに一番納得できる理由だな、そりゃ。
ところでスクーパー」
「なに?」
「お前。よく一発で、このぐにゃぐにゃ文字が読めたな」
「暗号解読は斥候忍の基本だからね」
勝ち誇ったスクーパー。文言はどう考えても暗号じゃないが、
スクーパーは暗号解読の技術を利用して読んだようだ。
「なら、斥候忍じゃないこいつが
あたりまえのように読めたのはどういうわけだ?」
目線と指でハメツを示して言う俺。
「俺も急いでたり慌ててたりして字書くと、
こんな感じになるからな」
「同類がゆえか……」
あんまり納得はしたくないが、本人大きく頷いてるので
納得せざるをえないようだ。
「しかし、そうだったかお前の字?」
思い返してみるが、こいつが字を書いた物を
そもそも見た覚えがなかった。
「すまん。お前の字、そもそも見たことなかった」
「だよなぁ。ジョセの前で字書いた覚えなかったから
おかしいなぁと思ったんだわ」
はっはっはと豪快に笑うハメツを、なんとも言えない気持ちで見てしまった。
「で、リーダー。行くの?」
フェイルに問われて、
「リーダーはやめてくれって」
とうんざり言ってから一つ頷く。
「流石に名紙まで渡されちまったらなぁ。
いくら面識がないはずとはいえ、あそこまで
俺を発見して喜ばれちまってもいるし、
行かないわけにもいかないだろう。
月の満ち欠け三週分の労力を、不意にするのも悪いしな」
「そこらへんはお人よしだよな、ジョセは」
「期待を裏切ることは、なにより人をがっかりさせるからな。
んじゃ、行って来る」
見回りに行った装備をそのままに俺は拠点を出る、
「モテる男はつらいなぁ」
って言うハメツのからかい声を背中に受けて。