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1-4.父と娘

 ――カチ、カチ、カチ


 時計の時を刻む音が聞こえる。

 目を開ければ、一瞬前までと変わらない喫茶店が見える。


 ただし、店内の様子は様変わりしていた。

 高校生のカップルと思しき二人の男女がテキストとノートを広げて勉強をしており、スーツを着たサラリーマンがパスタを食べている。喫茶店なので軽食もメニューにある。


「お久しぶりですね」

「あ、どうも」


 先ほど10年前を覗いた時よりも落ち着いた雰囲気のあるマスターがコーヒーを真智の前に置いた。


「君は……」


 対面には真智の父親である進藤がいた。

 ただし、本当に進藤なのか真智は疑ってしまった。真智が知っている進藤の姿は母親が所持していた昔の写真と数分前に会った10年前の姿のみ。死亡した報せを受けて少し調べた時も話を聞いただけで最近の写真を見るようなことはしなかった。ただ、恨んでいるだけでよかった当時ならそれでも問題なかった。


 最近の姿を知らなかったことが悔やまれる。

 再び過去へと戻った真智の前にいたのは、10年前とは比べようもないほどに痩せ衰えた進藤だった。


「私の娘かな?」

「そ、そうよ……!」


 態々確認してきた父親に動揺を隠せない。

 真智にとっては数分前の出来事。

 しかし、進藤は初対面のような感じで話をされている。


「やはり、私は死ぬのだな」

「え……」

「医者から余命を宣告された状況になって豊子とお前に少しでも和解したい、と考えた。しかし、頑なな豊子は考えを変えてくれることはなかった。自分から過去の私へ会いに来たいと考えたのか、それとも偶然来ることになったのかは分からない。だが、こんな方法で会いに来た、ということは私に会う為には他に方法がなかったのだろう」

「あ……」


 現在でも進藤が生きているのなら母親はいい顔をしないだろうが、会いに行けばいいだけである。


「すまない。このような方法でしか真実を伝えることができない私を許してくれ。そして、何があったのか聞いてほし――」


 再び何があったのか語ろうとしていた。

 やはり、10年前に真智を相手に語ったことを覚えていない。いや、あれは古時計が見せてくれた幻なのだから、そもそも最初から存在していない。


 改めて先ほど見せられたのも、そして今直面している光景も幻なんだという現実を突き付けられる。


「離婚した事情は知っているわ」

「豊子が教えたのか? いや……」

「私は数分前にも10年前へタイムスリップして過去を覗き見たわ。その時に、あなたから全てを教えてもらいました」

「そう、か……」


 落ち着きを取り戻した進藤がコーヒーを口にする。

 真智が見ると、もうほとんどを飲み干してしまっている。全てを飲み終えてしまうと席を立ってしまう可能性がある。見た過去のタイミングが悪かったため、あまり長時間覗いていることができない。


 すぐさま本題に入る。


「その……お父さんとお母さんの間に何があったのかお父さんの口から聞いたわ。けど、お母さんを問い質した訳じゃないから何が真実なのか分かっていない。正直言って頭が混乱しているぐらいよ」

「そうだな。豊子からも話を聞いた方がいい。そのうえで、お前なりに何が真実なのかを判断しろ」

「けど、一言だけ――」


 ――ガン!


 テーブルに額を打ち付けるほど頭を下げる。

 その音に目の前にいた進藤だけでなく、他の客全員が真智を見ていた。

 現実だったなら絶対にやらないこと。それでも、古時計が見せてくれる幻の中だからこそ恥も外聞も捨て去ることができる。


「ごめんなさい! 私はお父さんがどういう人だったのか何も覚えていないのにお母さんから聞いた話だけで一方的に悪者だと決めつけていました!」

「それは仕方ない。私だって無茶をすれば恵子に会うことができた。それでも、今の生活を壊したくなかったから無茶をするようなことはしなかった」


 微笑みを浮かべたまま何でもない、と言う進藤。

 それに対して真智は顔を少しだけ上げると左右に全力で振っていた。


「たしかに子供の頃から『何も知らなかったから』で済まされるかもしれない。けど、私は社会人になった今も上手くいかないイライラをお父さんのせいにしてぶつけていた」


 仕事は地味な作業ばかり。

 大学時代から付き合っていた彼氏も仕事の忙しさから最近は会うことができずにいた。


 仕事もプライベートも上手くいかないのは全て父のせい。

 自分に原因があるのは分かっていた。

 それでも誰かのせいにするのは気が楽だった。


「上手くいっていないのか」

「うん……」

「なら、好きなように不満を私へぶつけるといい」

「え……」


 そんなことを言われるとは思っていなかったため呆然としてしまっていた。


「お前の異母妹には父親として接してあげることができたが、お前には父親らしいことが何もできずにいた。せめて、何かしてあげたかった。不満をぶつけることで心が軽くなるなら自由にするといい」

「どうして……?」

「ん?」

「どうして、そこまで気遣えるの!? 私は娘らしい事なんて何も……」


 生きている間には何もしてあげられなかった。


「それは、私が父親だからだ」

「ちち、おや……」

「親、というのは子供の為に力を尽くすものだ。お前が生まれたばかりの頃は、親としての自覚が不足していたのか理解できなかったが、二人の娘を長年に渡って育ててきた今なら分かる」


 言い切るとカップを手に取ってコーヒーを飲み干してしまう。


「――だから娘のお前が気にする必要なんてない」


 伝票を手にして席を立とうとする。


「……よろしいのですか?」

「ああ、構わない」


 止めようとするマスターだったが、進藤は立ち上がろうとする。


 彼も『古時計』の常連客なのだから過去を垣間見た時、そして垣間見られた時のルールは知っている。

 何よりも、この状況を期待して通い続けていた。


 今の自分に会うことが叶わなくても、未来の娘が会いに来てくれるかもしれない。


 そんな期待を抱き続けていた。

 そんな願いが叶ったところで過去の自分には何の影響もない。


 それでも、実際に体験して救われたような気分になった。


「お父さん――」


 席から立ち上がる進藤。

 直後、古時計の時を刻む音が聞こえてきた。

 いつ、未来へ戻されてしまうのか分からない。

 だからこそ伝えたかった一言だけを言葉にする。


「――私の事を思い続けてくれてありがとう」

「できれば次は孫を連れて来てほしい。3人も娘がいたのに誰の花嫁姿や孫の顔を見ることができなかったことが心残りなんだ」

「うん、必ず」


 目の前が暗転して現実へと引き戻される。

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