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1-3.ルール

 ――カチ、カチ


「……はっ!」


 意識を失っていたのは本当に一瞬。

 いや、そもそも先ほどの出来事は現実だったのか……


「お帰りなさいませ」


 傍にはマスターが立っていた。

 真智が最初に会った落ち着いた雰囲気のある30代のマスター。

 先ほど会った20代のマスターとは顔つきが違う。


「今のは現実、なの……?」

「さあ、どうでしょう」

「ふざけないで下さい!」


 ドン、とテーブルを叩く。

 それを見たマスターがカウンターの奥へと戻る。


 視線を感じて真智が店内を見渡せば、客は推理小説を読んでいる男性とノートパソコンを睨み付けている女性のみ。3人組の主婦と新聞を広げた初老の男性はどこにもいなかった。


 ノートパソコンを睨み付けていた女性が見られていることに気付いてフッと笑みを浮かべると手を振った。その表情には優しさがある。


「お待たせしました」


 マスターがハーブティーの入ったカップを置く。


「こちらを飲んで落ち着かせて下さい」


 カップを手に取ってハーブティーを口元へ運ぶ。

 仄かに漂ってくる安らかな香りが心を落ち着かせてくれる。


 そして、思い出した。


「コーヒー飲んでいませんでした……」


 父と対面する直前に出されたコーヒー。

 あまりの出来事に直面するあまり手を付けていなかった。


「気にしなくても大丈夫ですよ。あの頃は、私も未熟な身。至らない点が多々あったかと思われます」

「いえ、そういう訳ではないんです」


 ハーブティーを一口飲むとカップを置く。

 そして、改めて尋ねなければならない事実を確認する。


「先ほどのは、現実なのでしょうか?」

「貴女が体験したのは古時計が見せてくれた一時限りの幻です。所詮は幻。古時計が記憶している過去の情景を映し出したものに過ぎません」

「では――夢?」

「それはどうでしょう? あの幻は、過去の事象を限りなく再現しております。それこそ現実と言っていいほどに」


 娘が知らされていなかった父親の状況。

 離婚の真実。

 そして、父親の想い。


 常連客の姿を見続けてきた古時計は全てを記憶していた。


 夢と現実の境界線はどこか……?


 だが、そんな問題は些末だった。

 幻を見せてくれたおかげで真実を知ることができた。母を問い詰めたところで本当の事を教えてくれた可能性は低いだろう。


 そう考えた時、真智の中で後悔が渦巻いた。


「……もう一度、過去へ行かせてください。父ともっと話をしたい! そして、できることなら父を救いたい!」


 父親が死んでしまった原因はガン。

 どうやら、定期的な検診を受けていれば早期に発見することも可能で治療も難しくない、との事。

 10年前へ戻ることが可能だったならば定期的な検診を受けさせるようにすればいい。それだけで父親が助かる可能性は上がる。


「残念ですが、過去を変えることは不可能です」

「どうして!?」

「まず、一つ目の理由ですが、一度見た過去を見ることはできないのです」


 真智は今回、心を無にして古時計の音を聞くことによって縁のある常連客と繋がることによって過去を垣間見ることに成功した。

 しかし、本来の手順としては会いたい人物を連想する。

 そうして願いを汲み取った古時計が過去を見せてくれることがある。


「お分かりですか? 先ほど見た時間へは行くことができません。そして、こちらから指定することが可能なのは、会いたい人物だけで時間を指定することは不可能なのです」


 次に見せてくれる時間がいつなのか分からない。

 もしかしたら、既にガンが進行して手遅れな時間かもしれない。


「何よりも、こいつは気まぐれです」


 慈しむようにマスターが古時計を撫でる。

 どれだけ願っても見せてくれない時がある。それとは対照的に今回のようにあっさりと過去の幻を見せてくれることがある。


 そして、最大の問題が――どうして、そんな事が可能なのか?


 これに関してはマスターも全く分からなかった。


「ええ、私は過去を見せてくれる理由に関しては知りません」

「そう、ですか……」


 父に会いたい。

 そう願ったところで本当に見せてくれる保証はない。


「何よりも問題なのは、貴女が見たのは幻だということです」

「それは、どういう……」

「貴女は今から10年前の光景を目にしました。ですが、実際に10年前へ行った訳ではありません。たとえ、もう一度過去へ行くことができ、その場で未来を変えようと足掻いたところで幻の中で足掻いているだけに過ぎません」


 例えば、過去へ行き、定期検診を受けるよう促す。

 だが、それらは幻の中での出来事であるため現在へ戻って来たところで定期検診を受けるようになりガンを早期発見し、治療することで生きている未来になる訳ではない。

 現在や未来に対して何の影響を残すことはない。


「そんな……」

「これが古時計の見せてくれる幻です」


 過去を垣間見ることができる。

 しかし、覗き見ることができるだけで過去を変えられるような力はない。


「ですが、何も変えられない訳ではありません」

「え、でも過去は変えられないって言ったばかりではないですか」

「確かに過去は変えられません。ですが、未来は変わったはずです。貴女は、お父さんの真意を知ってどうなりましたか?」

「あ……」


 それまでは父親を恨む気持ちで一杯だった。

 ところが、今では後悔で一杯だった。


 どうして父の言葉を生きている内に聞いてあげることができなかったのか?


 もちろん理由も分かっている。父親の言葉を一切聞いていない頃は、母親の言葉が絶対だと思い込んでいたから全ての原因は父親にあると信じていた。

 それこそが母親の思惑だった。

 だから、父親に接触しないよう尽力していた。

 そして、自分も父親に接触しないよう無意識の内にしていた。


「父と和解、したいです……」


 それが今の彼女の心からの願いだった。


「いいでしょう。もう一度、意識を集中させて下さい」

「え、すぐに行けるんですか?」

「はい。そこに制限はありません」


 ただし、過去を垣間見る際に別の制限はある。


「時間制限があります。古時計に最も近いこの席に座っている時にのみ過去を垣間見ることができます。もしも、貴女やお父さんのどちらかが席を離れてしまうと元の時間へ戻されてしまいます」

「あ……」


 先ほども思わず立ってしまった時に戻されてしまった。


「もちろん自分の行動だけではありません。相手の言動や行動にも気を付けて下さい。会話の流れで相手を怒らせてしまい立たせるようなことになれば終わりです。それに、飲み物を飲み終わると変えられるお客様が多いですね」

「飲み物もですか?」

「これでもコーヒーを始めたとしたメニューには自信があります。あちらにいらっしゃるお客様も私の淹れるコーヒーを楽しみに来店されています」

「あ、どうも」


 自分の事を言っているのだと気付いた女性が手を振っているので真智も思わず手を振ってしまった。


「大丈夫です。貴女なら絶対に成功します」

「は、はい……!」


 緊張しながら目を瞑る。

 だが、力を入れた状態では過去へ行くことはできない。古時計の音にだけ意識を集中させる。


 ――カチ、カチ、カチ


 再び聞こえてきた音に意識が眠るように沈んでいく。

大嘘つきがいますね。

この謎については連載が続いたら解決します。

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