脇役転生~少年漫画に転生したモブは、この世界で幸せを掴む~
現実にむしゃくしゃして書きました。初投稿です。
俺の名前は、盾野警護。ここ、学園都市で暮らす、モブだ。成績は中の上。どちらかといえば精霊騎装が得意で勉強が得意。
精霊騎装っていうのは、魔法ような力。一人に一つ武器として能力が顕現する。僕の騎装は、「絶界の盾」。片手剣と盾のセットで、防御特化の騎装となっている。
だが、それは、設定の話。今の俺の真の実力は、きっと、本編のメインキャラクターにも劣らないと思う。
え、さっきから何の話をしているんだって?
俺は、一度、死んで、目覚めたらここ、少年漫画「精霊学園」の世界に、モブキャラとして転生していた。じぶんの名前を聞いたときは戦慄した。まさか、公式ファンブックですら1ページの12分の1しか説明文がない、脇役OF脇役だったんだからな。主人公が出場する大会の二回戦で当たる、チクチクコンビの片方。漫画の大ファンである俺でもそんな認識だった。
俺は、現在15歳。ついに実家を離れて学園都市に行く。そして、騎装を顕現することができるんだ。とはいっても、今の俺でもしようと思えばできる。なんせ、前世の俺は、騎装を教わるシーンもしっかり覚えていたからな。あまり派手なことはできないので、騎装の展開、解除の高速化や、素振りなど基礎を磨いてきた。実戦ゼロとはいえ、幼いころから使っているので、かなりのアドバンテージだろう。
学園生活、そして、主人公やメインキャラの出現。ワクワクすることがいっぱいだ。無論、不安もあるにはあるが、漫画の進行を生で見れるのは、やはり楽しみで仕方ないのが本音だ。
いい学園生活が送れますように。
散歩のついでに、この世界ではもう珍しくなった地元の神社でお参りするのだった。
◇◇◇
突然だが、漫画「精霊学園」のストーリーを語ろうと思う。
主人公は、地方の中学校で、平凡な生活を送っていた。だが、卒業時に、親が失踪。さらに突然訪ねてきた学園長を名乗る美女によって、強制的に、第一学園に入学させられてしまう。彼女が言うには、両親の秘密を知るためには、大会で優勝するしか方法はないのだという。
しかし、第一学園というエリートの集まる学園で、彼の能力は、レベル2。冷遇される日々が続く。そんななか、クラスメイトを暴漢から守るために、真の力が覚醒する。その力で、多くの人を救いながら、仲間を増やしていくのだ。
そして、ついに、大会が始まる。大会で優勝した彼は、両親の秘密とともに、学園都市の闇を知るのだった……。
そんな話。
◇◇◇
「ここ、学園都市で重要なのは、力だけではない。如何によい仲間と巡り合えるか。そして、三年という限られた時間の中で、どれだけ楽しめるかだ。人生の価値は、如何に偉くなったか、如何に強くなったかじゃない。如何に楽しめたかだ。生徒諸君、よく遊び、よく学べ」
学園都市の市長の挨拶は、簡素なものだった。長々としたのはみんな嫌いだからな、よくわかっている。
さて、入学式も終わり、各学園に行くのだが。……言い忘れていたが、ここ学園都市内は、数多の学園が点在し、普段は基本別々で、入学式や学園祭などのイベントは合同で行われる。
俺の学校は、中堅の学園、「第七高校」だ。これは、作中の俺と同じである。作中の俺は、この学園の上位にいた。まさに中の上である。
当然、俺は上位クラスのAクラスになっている。
学園にモノレールで到着し、教室に入る。周りを見渡すと……いた。作中の俺とのペア。破矢真弓。二対二の闘いで、俺が前衛で攻撃をすべて引き受け、こいつが後衛からチクチクと矢で攻撃する。これがチクチクコンビだ。
流れる黒髪は漆のように艶やか。ぱっちりとした二重。均整の取れた顔立ち。ほっそりとして、それでも女性らしさを微塵も失わない体つき。こいつ、こんなに美人だっただろうか。メインヒロインのキャラがかなり立っていたから埋もれてしまってはいるが、十分ヒロインやれるんじゃなかろうか。
「ねえ、きみ、夜烏町だよね」
「えっ」
なんと、話しかけてきたのは、真弓だった。
「たしかにそうだけど……、どうして?」
「私も同じなんだ」
「へえ~」
なんだって!実は幼馴染設定だったけど、俺がいつの間にかフラグ折ってて知り合ってもいなかったパターンか!
「じゃあさ、神社しってるか?あそこ、空気がきれいで落ち着くんだよ」
「もちろん知ってるわ。だって、私の実家だもん」
「ええっ!?」
「中学の部活から帰るとき、いつもベンチに座ってたよね」
確かに、いつも神社に行っていた。この世界は、開発が進みすぎていて、自然を感じられる場所が少ないのだ。そして俺がかつて生きた世界と同じ姿を見せてくれる神社は、俺の癒しだった。
「じゃあ、今度帰省したら、君の両親に挨拶しに行くかな」
いつも神社にはお世話になっていたからな。
「えええっ、気が早すぎるよ?盾野君!!」
「いったい何をそんなに慌てているんだ?」
◇◇◇
私は、破矢真弓。神社の神主の娘だ。名前の通り、弓が得意で、中学校では弓道部で主将をしていた。
ある日、部活が終わり、自宅でもある神社に足を踏み入れた時のこと。
「また、きてる……」
今どきは、科学が発達しすぎて、神社という存在は、軽んじられつつある。毎日神社に来る人なんて、彼くらいだろう。茶髪が、夕日を浴びて、燃え上がるようにきらめいている。
彼は、よく、ぼーっとしていることが多い。神社を眺めているようで、どこか遠くの世界を見ているようで……。話しかけようとしたことはあるが、なんだか遠い存在の人物な気がして、いつも躊躇ってしまうのだ。
「あのひと、かっこいいよね。お姉ちゃんもそう思うでしょ」
いつの間にか私の後ろにいたのは、妹の愛弓。
「べ、べつに、普通じゃない?」
「へ~じゃあ、私話しかけてみようかな。お姉ちゃんは興味ないんだよね」
「そ、それはダメ」
にやつく妹は、今度はため息をつく。
「もっと素直になったほうがいいよ。学園に行ったら見ることもできなくなるんだから」
結局、それからも話しかけることはかなわず、しかし、この日の会話を思い出して、彼への気持ちは膨らんでいくばかりだった。
私が学園都市に出発する最後の日、いつも通りお参りして帰っていく彼の背中を見て、涙を流した。
だって、こんなにすぐ再開するとは思わなかったもの。
◇◇◇
今日は、ついに精霊騎装を教わる授業だ。因みに、入試の時には当然ほとんどの人が精霊騎装を使えないので、身体検査で適性レベルを測って、そのレベルと学力レベルにあった学園の入試を受けるのが普通である。その気になれば俺は第一学園にも行けただろうが、ストーリーに則って、第七学園にした。学歴が高すぎると、稼げても不自由な職が多いからな。中堅はちょうどいいんだ。
さて、そういうわけで、みな緊張はしていない。自分の適性レベルは事前にわかっているからな。因みに俺は、レベル7。レベル0~10である中で、中の上だ。どうやら俺は徹底して中の上らしい。とはいえ、熟練度で強さは変わるので、レベルがすべてではない。
「君たちには、今日、精霊騎装を教える」
教師は、若い男性だ。
「精霊騎装とは、精霊、つまり空気中のマギウムを使った化学反応で、武器を構築することだ」
50年前、怪奇現象といわれるものを科学的に解析することに成功した。その時に発見されたのが、幻の元素マギウムだ。古くはこうした怪奇現象を精霊のいたずらとする考え方もあり、マギウム=精霊と呼ぶ慣習が生まれた。
「手本を見せよう。精霊騎装、展開!」
教師の右手に、青く波打つ、水の剣が現れた。
「これは、水属性レベル7<湖の霊剣>だ。このように、何もないところから武器を作り出すことができる」
生徒の反応は、大きい。普通の生活では、見ることはないからな。この世界では、大半がレベル0とされていて、レベル1以上で学園都市に招待される。生まれつき、持つ者と持たざる者がはっきりとしている。レベル1以上のものは、卒業後も、学園都市に関わる職に就くことが多いので、地方出身の者は、騎装を見ることはほぼないのである。
「マギウムは、それそれの意思に反応して、それを再現する。科学的に言うと、意思というより脳波だがな。要は、イメージだ。どんなことがしたいか。そのためにはどんなものが必要か。追及をし続けろ。すべての答えを出した時、イメージは完全になる。完全なイメージは、空気中のマギウムに伝わり、精霊騎装として顕現するのだ」
みな、目を閉じ、静かに瞑想している。俺も久しぶりにやるか。定期的にイメージを固めなおすのは、大切なことだ。その時に、弱点を克服したり、新たな性能を追加したりもできる。
そうだな。遠距離攻撃を何とかしたいが。やはり、飛ぶ斬撃だろうか。思いつくのは、とある漫画で、霊圧を放出するあの一撃。月〇天〇。俺の片手剣で再現するなら、あの規模は無理だろうが……。
……みんなはもう終わっただろうか。眼を開けると、周りはまだ瞑想を続けていた。隣の真弓を除いて。
(お前ら、もう終わったのか。まだ10分もたってないぞ。普通30分はかかるんだけれどな)
教師が小声で話しかけてくる。
(僕は、もともと、こんなのがいいってほぼ固まっていましたから)
(私も、これしかないっていうのがあったんです)
(それでもすげえよ。二人には、精霊武闘会に期待だな)
精霊武闘会。それは、三か月に一度行われる、学園都市最強を決める大会だ。一年の中で、タッグ戦、5人戦、個人戦、学園対抗戦の4つが三か月ごとに順番に行われる。俺と真弓が主人公と当たるのは、一年で最初にある、タッグ戦だ。だから、気を抜かなければ、出場は可能だろう。
因みにだが、俺は、全力で主人公の相手をしようと思っている。俺は、彼らの最初の壁になるのだ。決して、漫画のように開始3秒であっさり負けたりしない。脇役が輝ければ輝くほど、主人公が輝くのだ。俺は、大好きな漫画の、大好きな主人公に輝いてほしいのだ。
そのためにも……
「真弓!」
「へっ?な、なにかな。(……いきなり呼び捨てなんてっ///)」
「今日の放課後、付き合ってくれ」
「(い、いきなりデート!?そんな段階を踏んでからじゃないと……ううんでもいまがチャンスよ…!)いいよ」
顔を真っ赤にしているけど大丈夫かな。とりあえず落ち着こうか。
「二人でタッグ組もうぜ。放課後は騎装を試してみよう」
「も、もちろんOKだよ。(それに、これはこれでわるくないし……)」
「そうか、よろしくな」
「うん!」
授業が終わって誘ってみると、変な顔しながらも真弓は了承してくれた。よし、ここからが俺の脇役人生の始まりだ。
◇◇◇
「「精霊騎装、展開!」」
俺と真弓の声が、二人だけの練習場にこだまする。現在は、まだ大会の出場申請期間も始まっていないので、修練所を使う人も少ない。それでも取れたのが第6修練所だが。
俺の右手に盾、左手に片手剣が顕現する。真弓の手には、緑に光る長弓が顕現する。
「へえ、私が後衛で君が前衛。いい組み合わせだね」
「ああ、俺が食い止めて、その間に真弓が仕留める。戦術が立てやすくて助かるな」
俺は、真弓から15m程離れて向かい合う。
「俺に向かって、試しに撃ってみてくれ」
「あ、危なくないかな」
「大丈夫だ」
「そこまでいうなら、えいっ」
放たれた矢は、俺の盾の持ち手も真裏、すなわちど真ん中に吸い込まれるように命中した。
「矢が正確すぎて、盾を一ミリも動かさなかったぞ」
「えへへ」
「なんか悔しい」
真弓のドヤ顔にいらっとしつつも可愛いと思ってしまう俺。しかし、このまま引き下がるわけにはいかない。
「今度は、顔を狙ってみてくれ。大丈夫。安全装置つけてるから」
安全装置とは、身体ダメージをゼロにするものだ。その代わりに、強制的に脳にイメージを送り結界を顕現させるので、脳への負担が大きく、気絶することがある。安全装置が作動した時点で勝敗が決する、それが、公式の試合でのルールでもある。
「ええぇ」
「さあ、こい」
「もう、しらないっ。やあ!」
今度は、矢が、俺の顔に向けて放たれる。俺は、左手の片手剣で、矢をたたき切った。
「うわっ、なにそれ」
「見たかこの剣裁き」
「悔しー!」
「ふふん、さっきの仕返しだ」
それから何度か勝負(?)して、汗をたくさんかいたので、寮まで真弓を送って今日は解散した。
◇◇◇
一週間が経過した。相変わらず、一緒に練習している俺たちだったが。
「破矢、盾野。あとで職員室に来い」
なんか悪いことしただろうか。
放課後、職員室のドアを叩くと、「入れ」と聞こえてきた。この声は担任のものだ。
「「失礼します」」
「お前らか。実はな。お前らに、これに出てほしいんだよ」
見せられたのは、一枚のプリント。
「学園都市新人親善騎装大会 By陵覇財閥……なんですかこれ」
「そのままだ。お前らは、優秀で、息もあったペアだ。この大会は、陵覇財閥というでかいバックがいるから、その分注目度は大きい。お前らが羽ばたくチャンスだ」
「で、学校への補助金は、おいくらなんです?」
「聞いて驚け、1000万!っておい!」
「すみません、調子に乗りました」
「やりにくいやつだな。で、学園側もお前らに期待しているんだどうだ?」
「やります、あっ、警護君さえよければ、ですが」
意外なことに、真弓は乗り気のようだ。彼女のやる気を無駄にするのもなんだしなあ
「俺も問題ありません」
「そうか、よかった、ほんとひやひやしたぞ」
「上司にぐちぐち言われますもんね」
「ほんとあいつら、上から言うだけいって、現場の都合なんざ考えちゃいねえ、っておい!」
「大丈夫ですよ、わざわざ人に言ったりしませんって。な、真弓」
「そ、そうですよ、先生。だから元気出してください!」
「その優しさが逆につらい……」
そんなわけで、親善試合が決まった。
◇◇◇
親善試合。一見勝敗は大した影響がないように思われるが、それは大きな間違いだ。学校の評判、大企業からの支援、出場選手の将来。その1日で、多くの人生が変わる。
だからこそ、本気で挑むのだ。
今日は、新人親善騎装大会。大企業がバックにつく、重要な大会だ。
「うう~緊張するよ」
「大丈夫だ。練習通り、いや多少失敗しても何とかなるさ」
「うん。がんばるっ」
ガッツポーズする真弓に、俺自身も癒されてしまう。
「よし、いくぞ」
ちょうど、俺たちの名前が呼ばれたところだ。
入場すると、周りの視線に押しつぶされそうになる。
後ろでは、真弓が震えている。
俺は、彼女の手を握る。彼女は、呼吸を取り戻していく。
目の前には、男子二人のペア。こちらを射抜くような視線で見ている。俺に対して恨みがましい視線が強いのは気のせいだろうか。
俺たちは騎装を顕現させる。相手も、大剣と、杖を顕現させた。大剣による攻撃特化の前衛と、マギウム放出系の遠距離攻撃特化の後衛のようだ。
しかし、
「なんで、一発も通らないんだよ」
「俺が力負けするだと!」
一撃たりとも、真弓には入れさせない。それが盾の務め。
「だから、俺たちは負けない」
◇◇◇
「いや~すごかったぜ。ノーダメージで全勝とは」
「相手が弱かっただけです。出場が、下位の学校しかなかったじゃないですか」
「まあ、それでも、各学園のトップだからね」
「はあ」
「とにかく、これで君たちの評判はかなり高いよ。学園もついでに大助かりさ」
俺は、今回の大会で、それなりの手ごたえをつかんでいた。これなら、主人公たちともいい試合ができるかもしれない。
ある日、真弓にこんなことを尋ねられた。
「ねえ、警護君って、何で強くなりたいの」
主人公と闘うためだ。なんて当然いえるわけでもなく。
「弱いと誰も守れないからな」
そんな、嘘、そして偽善に満ちた答えを出した。
対して、彼女は、
「そっか~かっこいいね。私はね、実家の神社を有名にしたいの。優勝して私が神社でお参りしたおかげだと言ったら、少しは、お参りに来てくれる人が増えるかな~って。変な夢だよね」
そんなことない。俺よりも何倍もかっこいいし、輝いているよ。
俺は、この日以来、目的が、「主人公を倒し、彼女の夢を叶えること」に変わっていた。
それからというもの、死に物狂いで訓練し、さらに連携を磨いていった。
◇◇◇
6月。
俺たちの初めての大会は、あっさりと終わった。2回戦敗北という形で。
1回戦は、無傷で勝った。
2回戦目。無傷で、相手はもうボロボロだった。ついに、主人公のペアが脱落。あとは、二人で主人公を追い詰めていけば勝ちは確実だった。
覚醒。俺が生前大好きだった、しかし、今は大嫌いな言葉だ。まさか目の前で、それが起こるなんて思ってもいなかった。仲間の応援と諦めない心が奇跡を起こしたのだ。しかも、それは俺の知る最新刊、学園都市暗部編でも、未完成だったはずの力。
気が付いたら、俺は、床に倒れていた。自慢の盾は、真っ二つだった。
震える彼女が一撃を食らうのを、見ていることしかできなくて……。
モブは、所詮モブなのか。俺たちが幸せになってはいけないのか。どうしようもない悔しさが、胸の中を渦巻いていた。
真弓は、試合を終えると、泣きながら抱きついてきた。何度も何度も謝っていた。俺も、抱きしめ返して何度も謝った。
◇◇◇
結局、優勝は、主人公ペアだった。きっと、これから物語通りに進んでいくのだろう。
あれから、俺と真弓は、少し距離を置くようになった。どう話せばいいのか、わからないんだ。
いつもどおり、二人で練習には行く。しかし、形式的なメニューをこなすだけで、雑談のようなことはしない。
ある日、彼女は、用事があるといって、練習は中止になった。
俺は、久しぶりに暇だったので、町を見て回ることにした。毎日練習していたので、まだ近くに知らない場所も多いのだ。
本屋にでも行こう。そうおもって、一人で、モノレールの駅に向かっていたのだが……。
あれは、真弓か。隣にいるのは……知らない男だ。
そのとき、言いようのない、胸の苦しさが襲ってきた。真弓がどこで誰といようが、彼女の勝手だろう。なのに、なのに。隣にいるのが自分じゃないのが許せない。そんな気持ちがわいてくる。
俺は、その日、本屋に行かず、そのまま、寮に帰宅した。
翌日は、もやもやした気持ちは晴れていた。真弓の夢をかなえられるのは俺じゃなくてあの男なんだろう。俺は、彼女の夢をかなえたいと思っていたはずだ。だから、あれでいい。俺は、物語のモブであり、彼女にとってもモブなんだろう。
そう、決心した。そして、放課後、話があると呼び出したのだった。
「はなしって、なにかな」
「ペアを、解消しよう」
「……そんな、どうして」
それはこっちのセリフだ。なんで、お前は泣いているんだよ。
「今回の大会で、俺では真弓の夢をかなえられないと分かった。お前は、それがわかったから、他の奴と出かけてたんだろう?」
「それは……」
「やっぱりそうなん「ちがう!!!」
俺の言葉を遮った真弓の剣幕は、今までに見たことないほど、怖かった。
「ちがうよ。あれは、お兄ちゃんだよ。実家から抜け出してこっちで働いてるから久しぶりに会っただけ」
「それじゃあ」
「全部勘違いなんだよ!」
「……っ!」
涙ながらに熱弁する彼女は、昔のお袋のように怖くて。そして綺麗だった。
「だったら、俺とペアを続けてくれるのか」
「当然だよっ!」
頬を膨らませながらも、笑顔を隠し切れない彼女の顔は、とてもおかしかった。
俺が死んだ時点で、漫画の最新刊は、まだ一年生の秋。つまり、二年生の春にある大会は、ストーリーが決まっていない可能性がある。
俺と彼女なら、きっと次こそ優勝できる。そう、確信した。
◇◇◇
入学から3か月。もう少しで夏休みだ。
学園都市の生徒は、ほとんどが寮生活である。かくいう俺と真弓も寮生である。
朝起きて、寮の食堂で朝食。学園の教室で真弓と朝の挨拶をする。そして、放課後は彼女と訓練をする。それがここ最近の日常。考えてみれば、あの件以来ほとんど二人で過ごしているわけで。
「なあ、警護、破矢とおまえって付き合ってんのか?」
「いや」
後ろの席から話しかけてくるのは、俺の(自称)親友らしい凩隆仁。お調子者で、誰とでも仲のいい、憎めないキャラだ。
「じゃあさ、俺のこと紹介してくれよ」
「ダメだ」
「なんでだよ」
「なんかむかつく」
すると、急にニヤニヤしだした隆仁。
「なんだよ」
「おまえ、それ、恋だぞ」
「は?」
「だから、お前は、破矢を誰にも渡したくないんだろ。その気持ちが恋なんだよ」
何を言っているんだ。こいつは。ただ、俺とアイツは、同郷で、騎装の相性がいいから、ペア組んでいるだけで……。本当にそれだけだろうか。確かに一緒にいると楽しいし、真弓が兄と一緒にいたときはそいつをボコボコにしてやりたいと思った。それに、一緒にいるのが当たり前で、いないことが考えられない。
俺はもしかして恋をしているのではなかろうか。
不思議なものだ。一度考えてしまったら、アイツを思い出すだけで心臓がどきどきしてとまらない。抱きしめあったことなど考えようものなら、悶えそうになる。
「隆仁!」
「おう、どうした」
「俺、今日の放課後、プロポーズしてくる」
「そうか、やっと自覚し……プロポーズ!?」
「ああ、そうすれば下手に男が近づくまい」
「お、おう……がんばれよ」
俺は、さっそうとアクセサリーショップに向かった。
「っておい、5限はどうするんだよ!!」
◇◇◇
今、私は、夜景を警護君と眺めている。
ことの発端は、今日の5限が終わってすぐのこと、息を切らした警護君が、教室に駆け込んできたのだ。そういえば、5限のとき、警護君は、出席していなかった。
それから、急に今日の練習はやめにしようといってきたのだ。私は、次の親善試合が近いから、といったが、押し切られて、一緒に出掛けようといわれた。絆を強めるのもタッグマッチ必要だとか。まあ、確かにそれが無駄とは思わないので、了承したのだ。
着ていく服を考えていたら、なんだかデートみたいだなと思った。てか、間違いなくデートじゃん。しかし、地味な服しか持っていなかった私は、泣く泣く制服で出かけた。彼はかっこいい私服だったけれど、最初に統一しておけばよかったな、といって笑ってくれた。
まず向かったのは、学問の神様を祀っているといわれる天満宮だ。できたのは新しいようだし、お参りよりも出店やくじ目当てに人が集まっているようではあったが、神社にたくさんの人が来ているのは、感慨深かった。一緒に、来年の大会の勝利祈願をした。彼がお参りする姿はいつも後ろから見てきたけど、隣から見るのは初めてだった。出店では、たこ焼きを買って、二人で分けるはずが、私が8割食べてしまった。彼の笑顔が引きつっていたが、嫌われてないよね?
次は、ショッピングモールだ。もともと田舎暮らしで、地味な服ばかりだったので、試着を楽しんでいたら、お気に入りだった服を、彼が勝手に購入していた。お金のことを聞いたら、中学のころから新聞配達していたらしい。中学生ってバイトできたっけ?彼と店員さんにせがまれてその場で着替えることになった。菫色ののロングワンピースに、白のパーカー。白い帽子をかぶって、清楚系なコーディネートだ。彼は似合っているといっていたが、服の可愛さに私の存在感が負けている気がする……。
それから、ショッピングモールで食事をした。ちょっと高めの食事処で、「本当はもっといいところが良かったが、当日予約できなかった」と残念そうに彼は語っていた。私は和食好きなのだが、知っていたのだろうか。いや、神社の娘な時点で見当はつくか。とにかく、私のことを考えて店を選んでくれたのはうれしかった。
それからショッピングモールをでると、もう暗くなっていた、帰宅のモノレールと寮の門限を考えたら、あと30分くらいだろうか。もうそろそろお別れだと思っていたのだが……。
「最後に見せたいものがあるんだ」
彼に案内されたのは、橋だった。そこからの夜景は、格別だった。川の両脇に真っすぐと続く、まぶしいビル群。そして、その対岸の距離は、遠くに行くにしたがって狭まっていき、2つが交わるところには、この学園都市を象徴する、宇宙エレベーター。その先端は、肉眼で見えないほど高く、高く天を貫いている。
ここで冒頭に戻るわけだけれど。
流石に、ここまで来てわからないほど私は鈍感じゃない。私は、これから、-----告白される。
きっと、いきなり言われたら、思わぬ返事をしてしまうところだっただろうし、気づけたのは流石私としか言いようがない。
「はい」
そのひとことが言えればいいのだ。変にパニックになって、曖昧な返事をしたり、心にもない言葉を言ってしまったりなんてミスはしないのだ。
彼が不意に私のほうを見る。
私も彼のほうを見る。彼の瞳は真剣そのもので、吸い込まれそうな錯覚に陥る。
「真弓に話したいことがあるんだ」
知っている、告白するんでしょう。
「なに?」
私は、それでも何食わぬ顔で返事をする。
心臓の鼓動がやけにゆっくりになり。彼の口が開くまでが、スローモーションのように長く感じられる。大丈夫、私は「はい」といえばいいだけ……。
ついに、その時がやってくる。
「真弓、俺と結婚してくれ!」
「はい!」
……え?いまなんて?
「本当か?俺のおよめさんになってくれるんだな!!」
「え、あ、うん、そうだよ!今日から警護君は旦那さんだね!」
最初は勘違いだったけど、実際にそういう関係になるのは、嫌な気はしなくて、むしろうれしくて……。
不意に彼が私の腕を取り、指輪をはめる。そんなに大きくはないけど、かわいくてきれいなダイヤモンドが、街灯の光を反射していた。
ーーーーー私たち、婚約しました。
◇◇◇
次年度のタッグマッチで、前回2回戦敗退ながら、圧倒的な優勝をしてみせたペアが現れたり、妹が学園にやってきて一波乱あったり、その何年後かに、タッグマッチの聖地として、ラブラブ夫婦が営む神社が有名になるのは、まだ先の話だ。