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八話 矢は消せずとも

 昼には雲一つない晴天だった。しかし5時間目の終わりには暗い雲が空を覆いはじめ、帰り支度を終えたころにはぱらぱらと雨が降っていた。

 靴をはきかえ、置き傘を手に空を見上げる。

「片頭痛天気予報恐るべし」

『侮れませんね』

 博文さんが同意する。彼も驚いているらしい。幽霊には天気予報の能力はなさそうだ。

「本降りになる前に帰ろう」

 独り言のように呟くと、私は傘を開いた。

 赤い傘のとなりに、真っ黒なこうもり傘が並ぶ。

 いったいどこから取り出したのだろう。服も日によって変わっているし、博文さんの生体は謎に満ちている。

 校門まであと少し、というところで私は足を止めた。

 校門前に頭に矢が突き刺さった鎧武者がいた。傘をさす生徒の顔を、一人一人覗き込んでいる。

 体育館裏で、鎧武者の守護霊こと義直さんの申し出を丁重に断ったあと、私は彼の相手を博文さんに押し付けて逃げた。

 移り気な義直さんのこと、きっとすぐに新しい守護対象をみつけるだろう。そう思って。けど、あれは……

「もしかして私を探してる?」

『そのようですね』

 博文さんの声はややげんなりとしていた。苦労して義直さんを撒いてきたらしいから気持ちはわかる。

「裏門から帰ろうかな」

 遠回りになってしまうが仕方ない。

 踵を返そうとしたそのとき、黄色い傘の女子生徒の顔を改め終った義直さんが顔を上げた。私を認めて、笑顔を浮かべる。

「げっ」

 遅かった……

 頭に矢が刺さったざんばら髪の甲冑姿の男が、嬉しそうに手を振りながら駆けよる。なんてシュールな光景だろう。

『遅かったではないか。いやはや名も学年も覚えておらなんだから、探すのに難儀したぞ。家に帰るのだろう。道中の守護はこの義直に任せてもらおう』

 私は返事の代わりに大きくため息を吐いた。

 雨でぬかるんだ砂利道を、なるべくローファーが汚れないように歩く。

 傘を叩く雨音は徐々に激しさを増していた。

『お断りしたはずですが?』

『そう言うな。ものは試しと思うてみろ。まずは一週間だけでも良いぞ』

 甲冑姿でなければ、生前の義直さんの職業はセールスマンだと思ったに違いない。

『お主も一人より二人のほうが心強かろう? のう?』

 隣から顔を覗き込んで尋ねる義直さん。

 下校途中の生徒に前後を挟まれている私は無言だ。

『ほれ、この者もこの通り拒否しておらん』

 沈黙を肯定ととる義直さんのポジティブ思考は羨ましいと思えるほどだ。

『答えられないだけだと分からぬような輩は、傍にいるだけで迷惑なのですよ』

 対して、博文さんの言葉はどんどん辛辣になっていく。

 甲冑に矢という見てくれに反して、終始ほがらかだった義直さんの表情が強張った。

『年長者に対する礼儀を知らんと見える』

『長くこの世に留まっているだけの者に払う礼儀など持ち合わせていませんよ。人の守護を気取る前にご自分の頭に刺さっている矢を消してはいかがです』

『こっ、この矢はっ、己の不覚を忘れんためにあえて消さぬのだ』

 私にも分かるばればれの嘘だった。

『これは失礼。てっきり消し方が分からないものとばかり』

 わざわざ山高帽をとって、慇懃無礼に礼をする。

 この二日間、一緒に過ごして分かった。博文さんは人を煽る天才だ。

『この若造が! 人が下手にでておればいい気になりおって!』

 義直さんがまんまと乗せられて熱くなる。

 こんな具合に、あまりに背後が賑やかだったからすっかり忘れていた。帰り道に遭遇するであろうあの霊の存在を。

 彼の存在を思い出した時には、もう石段が視界に入る位置に来ていた。

 どうせなら通り過ぎるまで忘れていたかったが、思い出してしまったからには確認せずにはおれない。

 傘の縁から、そっと石畳を覗き見る。

「あれ?」

 私は、自分を隠すように前傾させていた傘を持ち上げた。

 雨に濡れた石段の隅々まで視線を走らせる。

「いない……」

 いくら探しても、石段のどこにも覗き魔の地縛霊の姿は見つけられなかった。

『どうした? 何がいないのだ?』

 私の様子がおかしいことに気付いた義直さんが、言い争いから脱却して首を傾げる。

 周囲を見回せば、人影は遠く離れていた。神社の手前にある分岐点で多くの生徒が違う道を進んだのだ。

 私は八田神社を指さした。

「あの神社の石段に、覗き魔の地縛霊がいたの。前を通るたびに私を見てたのに、いなくなってる」

 もしかして成仏したのかな?

 背後を振り返り尋ねる。博文さんは苦い顔で神社を見るばかりで口を開かない。義直さんはぽりぽりと頭を掻いた。丁度、矢が刺さっているあたりだ。頭を掻きながら神社をじっと見つめ、それから私に向き直って言った。

『いや、成仏はしておらんな』

 いるのか……。私は肩を落とした。成仏してくれていたら嬉しかったのに。

『どうも嫌なものになりかけておる。娘よ、石段の上には行かぬよう気をつけよ』

 真摯な面持ちでそう言う義直さんを、博文さんがなんとも言えない顔で見ていた。

 そういえば、博文さんは美術室に入るまで、霊の存在に言及しなかったし、保健室で義直さんに会った時も入室を止めたりはしなかった。

 おそらくもっと近づかないと他の霊の存在が分からないのだ。

 どうやら索敵能力は義直さんに軍配が上がるらしい。

 博文さんと目が合う。私がにやりと笑うと、彼は眉を寄せて視線を外した。

 私はちょっと愉快な気分になって、くるりと傘を回し、家に向かって歩き出した。 

 何も言わなかったのは、プライドの高い博文さんへかけるせめてもの武士の情けってやつだ。

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