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六話 地縛霊

 気付かれてる。どう考えても気付かれてる。

 石段に佇む眼鏡の男の、不穏な笑みを見たあと、私は早足になった。平常心なんてどこかに吹き飛んでいた。走りださなかっただけましだと褒めて欲しい。

 怖くてどうしようもなくなって、道中で何度も背後を振りかえったけれど、眼鏡の男が付いて来ている様子はなかった。

 それどころかトンビコートの幽霊も姿を消したままだ。

 やっぱり逃げた? 美術室の少年相手には余裕綽々な態度だったけど、神社の霊はトンビコートの幽霊より各上なのかもしれない。だから神社の霊に目を付けられたであろう私を見捨てたのかも……

 無事に自宅に帰りつき、夕食を食べ、お風呂に入って自室に戻るまで、私はそんなことを考えていた。だから部屋のドアを開けて、私の勉強机に腰かけるトンビコートの男を見たときは驚いた。

『お邪魔していますよ』

 山高帽子をくるりと指で回して男は言う。

『十点ですね』

「……なにが」

 勝手に人の部屋に侵入してくつろいでおいて開口一番何を言い出すのか。

『練習の点数ですよ。まず視線の逸らしかたが不自然でしたのでマイナス二十点。次に周りを眺めるふりをして神社の石段をピンポイントで見たのでマイナス三十五点。最後に歩調を速めたことによりマイナス四十五点です』

0点じゃないか。

『走り出さなかったことを評価して十点加算しておきました』

「見てたんだ」

『ずっと見てましたよ』

 しれっと答えるトンビコートの男に、じと目を向ける。

「もしかしてあんたって、ずっと私の傍にいるの? お風呂とかも見てるんじゃ……」

 男の目がすうと細められる。

 ……しまった。やっちゃった? また冷凍庫に放り込まれるかと身構えるが、男はフッと鼻で笑った。それはそれは人を小馬鹿にしたように。

『小娘の風呂を覗いて何が楽しいものですか』

 今日一日一緒に過ごして分かった。彼は人をカチンとさせる言葉を選ぶ天才だ。

『これでも紳士を自認しているんです。用のない時は近くになどおりませんよ。それよりも“あんた”と呼ばれるのはあまり気分のいいものではありませんね』

「じゃあ、なんて呼べばいいの」

 男の名前なんて知らない。

 男は立ち上がると、初めて会った時のように、胸に手を当て、腰を折った。

『僕の名は博文と申します。お嬢さん』

「博文……さん?」

『ええ、よろしくお見知りおきを』

 呼び捨てはまずい。うんと年上の男性を君付けするのも違う気がする。悩んだ末に付けた敬称は男のお気に召したようだ。

「ところで博文さん。神社の幽霊に見えるとばれてるんだけどどうしたらいい?」

 多分、帰宅時の挙動が不審で気付かれたんじゃない。パトカーに囲まれた神社にいた彼と目が合ったときに、すでに気付かれていたんだ。

『何もしないのが一番でしょうね』

「なんで? 霊にとって見える人間は貴重なんでしょ? あの眼鏡の覗き魔、私を見て笑ったんだよ? にやあってして、すごく嫌な笑い方だった。ほら見てよ。思い出すだけで鳥肌がでるんだけど。――ねえ、聞いてる?」

 パジャマの袖をめくって腕を見せて訴えたと言うのに、博文さんの反応がない。怪訝に思って視線を向けると、彼は目を細めて私を見据えていた。あ、これ怒ってる時の顔だ。

「えーと、博文さん? 私何かしましたっけ?」

 博文さんは一度頭をふると、大仰にため息を吐いた。

『……恐怖は禁物だと言ったでしょう。反応すればするほど、悪霊は喜びますよ』

「そうは言われても、すごく恐かったんだから。付いて来るんじゃないかって」

 今でもまだ怖い。お風呂でシャンプーをするとき、目が瞑れず、おかげで液が目に入って悶絶した。一度目を閉じたら、開けたときに目の前の鏡に眼鏡の男が映っているんじゃないかという妄想に取りつかれたせいだ。

 すると博文さんは不思議そうに首を傾げた。

『なぜ八田神社の霊がついてくると?』

「いや、むしろなぜ付いて来ないと思うの?」

 何かが食い違っている。

 博文さんはその原因に思い至ったようだ。「ああ」と呟くと、自嘲的な笑みを浮かべた。

『これは失礼。貴女にはまだ霊の特性の見分けが付かないのですね。八田神社にいる霊は地縛霊の一種です。あそこから出て来られないはずですよ』

 地縛霊……聞いたことはある。特定の場所に縛られ、そこから動かない霊だ。本当にそういうジャンルがあるんだと私は驚いた。

『美術室の少年もそうだったでしょう。彼は絵に固執していましたから』

 そういえば「死んでからずっとここにいる」って言ってたっけ。色んな符合が合った。どうりで、博文さんが部室から離れろと言うはずだ。

「じゃあ、さしずめ博文さんは浮遊霊ってとこ?」

『さて、どうでしょうね』

 博文さんは変なところでもったいぶる。

『そんなわけですから、八田神社の霊は境内に足を踏み入れない限り問題ありませんよ』

「その話、もっと早く聞きたかった……」

 あの霊が鳥居を越えられないと知っていたら、平常心を保てたはずだ。多分。

 それにしても神聖なはずの神社が、霊を閉じ込める檻になっているだなんて、皮肉な話だ。

『たとえ地縛霊が相手でも、見えると気付かれぬに越したことはないという点は、頭に入れておいてくださいよ』

 そう言うと博文さんは姿を消した。

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