第一章 プロローグ
とある城の最上階。その階層で唯一無二の一人部屋。
物置部屋のように見えるその部屋は、珍奇な気配を醸し出す一枚の扉により外の空気と隔絶し、その気配故に滅多に人が寄りつくことはなかった。
そんな部屋の扉の握り手には、
【立ち入り禁止 ~~誰もいません~~】
と書かれた薄い木板が、是見よがしとぶら下がっている。
そして正面には、
「……まったくまったくまったく!!」
同じ言葉を幾度となく連呼する薄紫の寝巻を着た少女が立っていた。
鬱金色の髪の生えた頭には湯気が幻視され、目が焼ける程の殺気を放つ少女。
すると少女は、扉に足を掛け――、
蹴り破るや否や、雷鳴にも劣らない大声量で叫んだ。
「ザルガ! 一体全体何やってんのよ!?」
蹴り破られた扉の先。
そこには身の丈四つの高さの天井のある、無駄に広い一人部屋があった。
部屋の隅で天蓋付き寝台に並び腰を掛けていた二つの影は、突然の打撃音と叫び声にビンッと体を硬直させる。
「な、何事だ……」
「……闖入者?」
蚊の鳴くような声でひっそりと話す二人。
闖入者の称号を得た闖入少女は、視界に入った二人をまじまじと見つめた。
それは、胎動する筋肉を誇る巨躯を持ち、睨みの一つで十の獣を失神させる大男。
――という妙な容姿で知られる、黒髪に中肉中背の青年。と、
それは、目をも疑う頭脳と超技を使い、無数の騎馬軍隊を単独でなぎ払った女人。
――という異常な噂が後を絶たない、長い白髪の小柄な少女。の二人だ。
青年少女の兄妹はギギギと音を立て、首を発声元へ向けた。
だが、闖入者の正体が判明した途端に安堵の表情を作る。
「はあ……」
困惑が居座る部屋の中で、青年のため息が静かに響いた。
数秒の沈黙の後、左側の影――先程ザルガと呼ばれていた青年。
彼は突如と腕を組みながら、毅然とした態度で立ち上がる。
口元にはかすかに笑みが見えたのは気のせいではないだろう。
そして静かに口を開いた。
「風呂は覗かせてもらったぞ」
「…………」
唐突で理解不能な堂々たる態度に呆気をとられる闖入少女。
あからさまにため息を吐くと、腕を下ろしたザルガを半目で見据え、またも大きなため息を吐く。
「よくそんな目に遭ったのにも関わらずそんな態度でいられるわね。怒りを通り越して感心するわよ……」
なにやら感心しているらしいが、逆にザルガは頭に無数の『?』を浮かばせる。
――急にどうした阿呆なのか? と。
首を捻ったところで、ようやく発言の意味に気付くザルガ。
自分の身体を見回し、口を開いた。
「これ痛かったぞ? それに最近、俺への対応が乱雑に感じるのは気のせいか?」
完全に存在を忘れていた傷の存在に首を竦め、何食わぬ顔で再び寝台に腰を掛ける。
「よく言うわ。そこまで至った経緯を、まさか忘れてないでしょうね」
「あー、でも……なあ……?」
心当たり満載のザルガ。
真っ黒に焼け爛れた上に、先程まで風穴が三ヶ所開いていた手負いの身体を見降ろし「なんだかなぁ」と遠い眼をする。
「浴場の扉開けたら魔法添えの矢が飛んできて風穴開けられて……」
「その時点でとっとと去ってほしかったわよ」
「そのあと、強行突破に入ったらすぐに結界に閉じ込められて」
「穴の開いた男が浴場に飛び込んできた時に、他にどういった対応をしろと?」
「結界内部でどっかの誰かが火属性魔法を起動するとかさぁ……」
「当然よ。身の危険を感じればそれなりの対応をするわ」
とん、と闖入少女は背中を壁に預けると、そういえば、と続ける。
「結界は直径二米。ザルガが余裕で入る程度の大きさに圧縮した魔法結界だったわね」
「…………」
「あと――」
「ま、お前の自慢話はいいとして」
だが、挑発するように笑うザルガに説明は阻まれ。
「でもさ、本格的に仕掛けた割には被害が小さいんだよな。もしかして後で『よくもー』とか言われながらお仕置きされるの期待してたのかな?」
むしろ彼の急な斜め上の発想に一瞬推定変態(闖入少女)は泡を食う。
――え? お仕置きを……期待? 私が?
「……だ、断じて違うわ! 私がザルガに期待なんて未来永劫あり得ないわよ!」
「おお、ずいぶん強気にでたなあ。変態のスピール・ナルフさんや」
「なによ、何も間違ってないもの。それに変態じゃないわ!」
闖入少女――スピール・ナルフは眉間に皺を寄せ反論した。
視線の火花を散らす二人は一歩も引かずに睨み合う。
――それに終止符を打ったのは、静かな詠唱であった。
「……【火属魔法・アーナマ】」
「――――――ッ!」
「……ウッ――――ぎいああああああぁぁぁ!!」
突如、だだっ広い部屋に現れたのは、ごうごうと燃える巨大な火柱。
燃え盛るそれは天井に阻まれ、火の粉となり自分の足元へ降り注ぐ。
そんな光景を目の当たりにしたスピールは、開口したまま立ち尽くしてしまう。
火柱の根元。発火源では――ザルガが火だるまとなり燃えていた。
「流石、相変わらず魔法はお手の物ね……」
立ったまま全身から大量の火を頭上へ向け噴出するザルガ。
呆れ半分関心半分といった表情でスピールは火だるまから目を外し、いまだに寝台に腰かけている幼い少女に視線を送った。
……――一分後。
「――――――――――…………」
全身に真っ黒を上書きしたザルガ。
火を噴き終え、白目を剥き力無く後ろへと倒れる。
魔法を使用した張本人は、鎮火後のそれをジッと見つめた。
動かないのを確認していたのか、数秒後「……んしょ」と寝台から降りる。
純白の髪揺らし、少女は小走りにザルガへと近づき問いた。
「兄貴、頭……覚めた?」
当然、とても温まった上に気を失ったザルガにその言葉は届かない。
純粋にか、はたまた皮肉にか。それでも責めるように見つめ続ける。
「リアン様。私はこれで――」
幾分前まで会話にも参加せず、寝台に座っていた白髪少女――リアンが動き出したことにより、空気を読んで退室しようとするスピールを、
「スピール。まって」
「……? どうかなさいましたか?」
リアンは視線も向けずに呼び止め、淡々と呟く。
「ここにだれも、近づけないでね?」
体躯に見合わない圧を含んだ念押し。
スピールは「わ、わかりました」と言い残し、いそいそと退室した。
――ああ、こんな平和が続けばいいな……。
そう、心の底から安堵しながら。
***
世界を導きし絶対なる『王』がいないこの世界。
人々は己の欲求を満たすために集い団結し、集団を作った。
思考の伝播は光の速度で完了し、世界の至る所で同じように集団が現れ始める。
だが彼らも人間。一応馬鹿ではない。
自身らの利益を考慮した上で、集団は徐々に保身派と好戦派と分かれ始めた。
そしていつしか保身派は村や町へと、好戦派は軍団や盗賊へと姿を変えた。
ただ、やはり人間。馬鹿もいくらかいた。
特に好戦派より生まれた軍団。
彼らは度を超えた力の乱用により、世を混乱へと陥れた。
剣を抜き、弓を引き、魔法を唱え……。
力無き者を「邪魔」だと勝手に敵対し、無残に蹂躙する。
世界は不条理が至極当然と勘違いをし始めた。
……それが数年前までの話。
混沌のその後。突如として、最強と呼ばれていた四つの軍団が大侵略を起こした。
結果、暴走した多数の軍隊が彼らに無様に鎮圧される始末。
鎮圧された軍隊は、解散や他の集団の傘下への加入などの鎮静化を余儀なくされた。
それらを成功させた四つの軍団。
彼らは保身派の賞賛と好戦派の怨恨から、一線を超えた存在。
――『総軍』と呼称されることとなった。
かくして『総軍』の称号を手にした四つの軍団
その名は、
《天地界軍》
《蛇の大盾》
《英雄の集い》
そして――
***
「兄貴……、兄貴起きてる?」
「…………? リアン――ッデエエエエ!」
失った気を取り戻したザルガ。
だが、横たわるその身体は際限のない黒い皮膚を獲得していた。
痛ましく悶えるその様子を変態少女が見ていれば確実に鼻で笑っていただろう。
そんな兄を起こすリアン。
彼女の手には治癒用か追撃用か、魔法陣の赤い燐光を纏っていた。
冷や汗すら出ない負傷に苦笑いしながらもザルガは問う。
「あのね、リアンさん。火属性の魔法に治癒が可能なのってありましたっけ?」
「……またお風呂のぞいた。兄貴の変態」
「おい、ま――」
「……【火属魔法・エクリクシス】」
刹那、有無も言わせぬ爆音が城内に轟いた。
「兄貴、ちゃんと反省して。もうしないで」
「…………」
黒い皮膚に手を当て、今度は白い燐光を纏った手でザルガを治療するリアン。
当のザルガは黒を三重に上書きされ、五体不満足の身体で床に横になっている。
小さな脚で膝枕された頭は動かすことが出来ず、静かに天井を見上げる。
――せめてスピールが闖入しに来る前に怪我の訳を報告しとけばよかった。
そう、考えながら……。
ザルガ丸焦げより数日後。
城内に轟いた爆音は、兵士達の間で今でも酒の肴となっていた。
その現場はというと、未だに珍奇さを醸し出しており、以前として人は寄りつかない。
ただ、変わったことが一つある。
お節介なことに、スピールが扉の横に木板を張り付けのだ。
そこに書かれていたのは――。
『総軍《黒白の翼》執務室』
ザルガにリアン。
執務室に寝台を置き、そこで最低限の生活を送る兄妹。
こんな輩が最強の総軍その一翼の長かと思うと、腑に落ちぬものがある。
そう《黒白の翼》の兵士達は口々に言い、笑いながら酒を交わした。
***
《非総軍領土》内、東部火山地帯。
とある山奥。
夜風が火山灰に覆われた地表を荒々しく撫でる中、たき火を囲い座る四つの影。
そこに流れるのは長い沈黙。
そして、一人の男が一つの決心を胸に秘め、ゆっくりと口を開く。
「《黒白の翼》元帥ザルガ。さらに同じく、元帥リアンを――」
斬撃痕のある顔を、静かに上げ……
「討つ」
……そう、言った。
***
朝日は上り、夕日は沈む。
雲は流れ、雨となる。
誰かが言った。「当たり前だ」と。
誰かが言った。「至って常識」と。
では、こんな質問はどうだろうか。
『最強は一番強いのか』と。
しかし誰も答えない。……否、答えられない。
何故か? 簡単だ。
――不確定要素があるからだ。
そう。ものごとは一つの条件で確定することなど絶対にない。
球があれば、転がる、止まる、跳ねる、壊れる。
このように、あるだけじゃ何が起きるか分からない。
過去に下剋上が存在するように。
最強とはいえど、一番かは分からない。
その上で私は言おう。
さあ、皆の衆。
これより彼らが紡いでゆくこの英雄譚を、
存分に楽しもうではないか。
…………。
い、いかがでしたでしょうか?
この文章はwordで書いたもので、即席では無いゆえに続きの投稿はかなり遅くなってしまうと思います。
違和感を感じたところ、良いと感じたところ、些細なことで構いません。
よろしければ感想をお願いします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。