第8話
都会より色濃い闇に点在する街灯が大きな円錐の光を放ち、明暗のコントラストを生み出す。
虫達は何かに取り憑かれたように明るさの核を目指し、それに全力でぶつかってはふらつき、狂ったようにそれを繰り返す。
コンビニからの帰り道、彼らは飛び回る蛾やカナブンに燥ぎ、走ったり歩いたり不規則な速度で移動していた。買い物直後のジャンケンで負けたリョウヘイが両手にレジ袋を下げている。
「リョウヘイ!ほら!またでっかい蛾が飛んでるぞ!」
「シンゴ!こっちに誘導すんなよ!?俺は手が塞がってて追っ払えねーんだから。」
「いやー!カナブンあっち行って!」
「うお!こっち来た!手が使えねーから来んじゃねーよ!」
「リョウヘイ、懐かれてるねぇ。今日からファーブルと呼ぶよ。」
「誰がファーブルだよ!?あぁ、気持ち悪いし背中痒い・・」
「リョウヘイ、頑張ったね。家はもうそこだよ。」
『やっとか・・』
うつむき気味に歩いていたリョウヘイはケイタの声でそれを知って安心すると顔をあげて両肩に顔を擦りつけ、汗を拭った。
「あぁ、まったくひどい目に遭っ・・」
安堵の表情を浮かべてぼやき始めたリョウヘイがそれを止めると彼は動くのを忘れたように固まり、大きく見開いた目は瞬きすらせず、一点を見つめている。
それを見て三人の笑い声が引いてゆき、彼に全員の視線が集まる。
「どうしたよ、リョウヘイ。」
問いかけるシンゴを見ず、硬直したまま彼は口を開く。
「ケイタの・・影がない。」
『!!』
シンゴとミカの目はリョウヘイの見ているものを追い、ケイタは頭を垂れて地面を確認する。
全員がそれを見た。同じ光を浴びながらケイタの影だけが確かに存在しないのた。
『なんで俺だけがない・・?』
混乱するケイタはそれすら言えず目だけで彼らを見回し、それを訴える。
「みんな・・俺・・」
どうしていいか、何をどう言えばいいかも分からず、言葉を詰まらせながら彼は三人がいる所へ一歩前へ出た。
「ひっ!!」
最初に声を出したのはミカだった。彼女はそれを発しながら右足、左足と徐に後退り、家の方へ向きを帰ると悲鳴を上げながら走り出した。それに共鳴するようにシンゴとリョウヘイが後に続き、ケイタがそれを追う。
家の玄関先に彼が到着すると息を切らせた三人が驚きを崩さぬまま、申し訳ないような表情で彼を見つめた。
「薄情だな!なんでみんな逃げるんだよ!?」
「ごめんね、つい・・」
「すまない、ミカに釣られた・・」
「ごめんな、あまりのことにパニくった。」
真っ先に逃げ出したミカからそれに追従したシンゴ、リョウヘイの順に謝罪するが、彼らは固まるようにその場にいてケイタへの警戒心を解いていなかった。
「もう大丈夫だって!!ほら、影あるだろ!?」
「見間違い・・かもな?照明の角度でそう見えただけかも・・」
『いや、ちがう!!』
全員がそう思っていながらも誰もリョウヘイの意見を否定しなかった。
人間は理解を超えるものを本能的に恐れる。だから全員がそれを受け入れることを拒み、楽しくあるべき時間を阻害する存在を否定したかった。
玄関前の照明は強い光源ではないが平等に彼らの影を作っている。だが、度重なる奇怪な出来事は全員に得体の知れない不気味さを植えつけた。