第3話
「バルコニーから見ようぜ。」
彼らの脳内に家の間取りが朧気ながら記憶される頃にリョウヘイが今日が月食だったことを思い出し、皆を誘った。
広いバルコニーを照らす照明を切ると同じリズムを飽くことなく奏でる虫達のアンサンブルはより勢いを増し、彼らの目に初めて映る妖しげな赤い満月を更に魅惑的なものへと演出する。
さっとした風が吹き、横に伸びる小さな雲が離れると丸々とした月はみるみるうちに痩せて鋭い形へと変わってゆく。メカニズムは分かっていてもその光景は美しく、神秘的だった。
「こんな日に月食ってなんかすごいね。」
「俺、マジメに見たの初めてだわ。」
「たまにはこんなのを見るのもいいだろ?」
やがて漆黒の闇からぼんやりと赤い月が一瞬姿を現し、陰影がまたはっきり分かれると徐々に光を取り戻し、そこからは全員の関心が削がれ、それぞれが口を開いた。
「そろそろ戻ろうか・・」
ケイタの一言に三人は同意し、月に背を向ける。
「月食ってなんか神秘的だったね。」
ミカが階段を降りながら誰に言うでもなく余韻を口にした。
「神秘的と言えばさ・・」
一階に全員の足が着くとリョウヘイが奥の突き当たりに視線を移す。
「あの大きな鏡・・あれ、なんなの?」
「あれ?・・さぁ。昔からずっとあるけど・・」
この家で過ごしてきたケイタにとってはそれに違和感などあるはずもない。しかし外部の人間が見れば玄関から一直線に見える突き当たりの壁面の鏡は、高さ、幅とも尋常ではなく、そこにある意味も用途も分からない不自然なものだった。
「なんか、あそこから何か出てきそうで怖いよね。」
ミカは笑いながら言ったがそれには本音が混じっている。
「やめろって。 俺がそういうの苦手なの知ってるだろ?この家にはそういうのないから!多分、前の家からあるのを棄てずに置いてるんだろ・・」
そこから悪戯心の湧いたシンゴが“鏡から手がにゅ~っと”などとケイタをからかうと予想通りの反応に場はまた活気を取り戻し、それはリビングルームへと続いていった。