第2話
ケイタは後部座席の会話を半分聞き流し、運転に集中するようでありながら、実は次々と強制的に反芻されるここのところの不甲斐ない出来事に煩悶させられていた。
コンビニでのやりとり・・それに一人有頂天になっていたこと・・彼女からのLINEの返信・・飲み慣れない酒を飲んだとはいえ友人の前で泣くような失態を晒してしまったこと・・そんな自分に付き合ってくれたシンゴを怒らせてしまったこと・・その夜、洗面所で鏡に映る自分にすら悪態をついたこと・・それらが強制的に反芻され、後悔と交互に自分自身を責め立てる。それが胸中で飽和状態になると呻き声が体外に放たれ、それを隠すためにカーオーディオから流れる曲を口ずさみ、ごまかした。そのときにサイドミラーが見にくいという理由でリョウヘイを後部座席に座らせたのは正解だったとケイタはつくづく思った。
ほどなくして左手の山はなくなり集落へと変わった。そうなるとケイタ以外の三人はどんな家であるかの興味へと関心が移行する。
「ケイタ、どの家?」
抑えきれない興味にミカがたまらず口を開く。彼らの勝手な想像でそれぞれの目星をつけていた家々は次々と過ぎてゆく風景の一つになっていく。
「・・まだ少し先。」
薄々それを感じとっていたケイタは少し勝ち誇ったような気分にかられながらアクセルを少し強めに踏み、集落を二分する風景の動きを早めた。
彼の生家は集落を見下ろすような小高い丘にあった。先祖は豪農で一帯の土地のかなりの部分を所有していたが、戦後の農地改革でその多くを没収された。残されたのは家の敷地と裏山だが、それでも田舎とはいえこの家の敷地は人が羨むほどの広さを有している。
しかし、その邸宅は彼の母親である麗美の苦労で保たれていた。
結婚して間もなく伴侶であるケイタの父親は病に斃れた。失意に浸る間もなく親族は禿鷹のように財産分与を求め、争い事を嫌う彼女は彼らの言い分に逆らわず、この家と土地以外の全てを手放した。
その後彼女は誰の助けも借りず、昼は病院で働き、ケイタを寝かしつけた後には酔客の相手をして気丈に家庭を守った。
ケイタと満足に一緒に居て遊んでやれない自分を彼女は心苦しく思いながらも彼女は懸命に働いた。そんな彼女に応えるようにケイタも家庭では手のかからない子に育ったが、幼少期からのその生活が外での彼のコミュニケーション能力を未熟なものにさせてもいた。
それを補うべく、夜中まで帰りを待つケイタに麗美は絵本を読んで彼を寝かしつけた。切り詰めた日常にあって彼女は新しい物は買わず、僅かな時間をやりくりして画用紙に物語を紡いだ。だが、それは金銭の問題ではない。彼女にとってその時間は息抜きと趣味の時間でもあったのだ。元々絵心のあった麗美の作品を愛する息子は心待ちに喜んでくれる。それが生活の張り合いとなり、麗美は日常に押し潰されることを回避できた。
そんな彼女に光明が差したのはケイタが小学生になる頃だった。この町に取材で訪れたという小説家が麗美の働くスナックに来店し、ふとした話の流れからその絵本に興味を持たれ、出版社へと渡りが付くととんとん拍子に物事は進み、瞬く間に彼女は高名な絵本作家として名を馳せることとなったのだが、そんな彼女だからこそハウスキーパーなど雇うこともなく家の維持に努めた。
ケイタが現在裕福でいられるのは全て麗美の尽力に拠るものである。
「うわぁ・・」
「意外と今風な家だな・・」
「・・さすが金持ち。」
父が受け継いだ日本家屋はケイタが幼い頃に規模を縮小し、瀟洒なものへと建て替えられている。
車を降りてそれを眺める三人は目を外せず、それぞれの所感を口にした。