第10話
「ケイタのスマホはどうなってる?」
理解の追いつかない出来事に固まっていたケイタだったがシンゴの一言で我に返る。
「あ、あぁ、取ってくる。」
自分の意思の通じない、己以外の自分の存在を思い起こさせる鏡に目を背け、彼の足取りは早いものになる。生まれてから今まで、有って当然の見慣れた突き当たりの鏡に近づくことに初めて抵抗を感じていた。
歩を進める毎に大きくなりながら近づく鏡の中の自分は否が応にもぼんやりと視界に入ってくる。それを遮断するようにケイタは一気に階段へ体の向きを変えた。
『!!・・なぜ!?・・』
彼のスマートフォンは階段の下から三段目にあった。あるはずのない場所に移動しているそれを触るのも憚られたが疑問も怖さもひとまず呑み込み、それを引ったくるようにして客間に走る。
「みんな!・・スマホが・・階段に!・・スマホが!・・部屋に置いてたのに階段にあった!・・なんなんだよ、これ!?」
「えぇ!マジで!?・・ちょっとヤバいんじゃない?」
「何者かがうろついてやがんのか!?よし!俺が調べてやる!」
「そうだな。シンゴ、頼むよ。ケイタ、スマホ見せてくれ。」
受け取ったスマホをリョウヘイが操作する。
「発信履歴はあるな・・時間も3時52分、合ってる・・。」
各部屋を開けるごとに「 オラァ!! 」とシンゴの怒鳴り声が響き、それは段々と遠くなる。普段は豪胆な彼も恐怖心を払拭したいのだろう。
「これってやっぱり・・」
「ドッペルゲンガーかもしれない・・」
口を濁すミカに変わってリョウヘイが続ける。
「ドッペルゲンガーってあの、もう一人の自分・・みたいなやつ?どうすんだよ!?見たら死ぬとかって話だろ!?」
「ケイタ、落ち着けって。もしそうなら見た本人が死んで誰がそれを伝えるんだ?」
「それは日記とかに記してたのかもしれないじゃないか!他人事だと思って気楽に言うなよ!」
「ケイタ、とりあえず落ち着けって。たくさんのある話の中の一部だよ。俺の憶測だけど亡くなった人達は多分ショックでそうなったんだと思う。今は現状の確認と対策を考えたほうがいい。」
「やっぱり、あの合わせ鏡が原因なの?」
ミカが鏡のある方向を見遣って声のトーンを下げる。
「・・かもしれない。ていうか、それしか思い当たらないな。」
「でも、あれにはリョウヘイもシンゴも一緒に中に入ってじゃないか。なんで俺だけがこんな目に・・」
「不審者なし!」
塞ぎ込む気配を見せるケイタを遮ってシンゴが戻ってきた。ひとまず異常が無かったことに加え、声を張り上げて歩き回ったためにその様子はケイタとは対称的に生命力に溢れている。
「そっちはどうだ?」
「あぁ、発信ありで時間も合ってる。」
「シンゴ、あのね・・」
ミカが歩み寄り、今までの推測をシンゴに伝える。
「やっぱりそれか・・その後からだもんな・・」
「じゃあなんで俺だけ・・」
再び疑問を投げ掛けるケイタをリョウヘイが止める。
「ケイタ、気を悪くしないで聞いて欲しい。」
この先を聞くならそれを承諾しろとリョウヘイの目が訴える。
ケイタは口を開かず小さく頷いた。
それを見てリョウヘイは続ける。
「言霊ってあるだろ。良いほうなら抱いている夢を口にすることでそれが実現する、みたいな話。悪いほうなら呪いや呪詛の類いでこれは相手を不幸にする代償に自分も不幸にするものらしい。ケイタは普段からネガティブな発言が多いだろ?“もう死ぬ”とか“やってられない”とか“どうせ俺なんて”とか・・それが積もって自分への呪いみたいな作用が働いて、合わせ鏡をきっかけにそいつが具現化したんじゃないかと俺は思ってる。」
「・・じゃあ、そうだとして、なら俺はどうすりゃいいんだ?だいたい合わせ鏡なんてしなけりゃこんなことにならなかったんじゃないか!?」
分かってはいても自分の欠点をあからさまに指摘されたような不快さを消せない表情でケイタが返す。
「そうだな。悪ノリがすぎたかもしれない。ごめんな、ケイタ。もし、こんなことが続くなら地元に戻ったらお祓いなりしてもらうようにするし、それでも駄目なら収まるまで有効な手段を考えて俺らがケアする。それでいいよな?」
リョウヘイはシンゴとミカを順に見た。
「もちろん!ケイタが安心できるまでアパートにいてやるし!」
「ケイタ、ごめんね・・」
皆の心配と気遣いは自分の感情そのままに振る舞っていたケイタを気恥ずかしくさせ、同時に幾らか冷静にさせた。
「とりあえず今日の遊びの予定は取り止めたほうがいい。遊んでる場合でもないしね・・そのうえでケイタを一人にさせないようにしないとな。トイレはまぁ、仕方ないとしても・・
それと廊下の鏡。あれを何かで覆うほうがいいと思う。今回のことに少なからず関係してるはずだ。そのうえで明日帰る時間まで全員リビングで過ごしてケイタ以外は交代で寝るようにしよう。」
「そうだな。こういうのはやっぱりリョウヘイが頼りになるわ。ところでケイタ、この家にゲーム機あるの?」
「Wiiしかないよ。」
「よし!せっかくだからゲーム大会にしようぜ。同じ時間なら少しでも楽しまないとな!」
「Wiiあるんだ!あたしゴルフやりたい!」
シンゴの提案で沈みかけた雰囲気が再び盛り返しを見せる。不安である状況は変わらないが、ケイタにとって彼らの存在がこれほど頼もしく思えたのは初めてのことだった。