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ある夏の彼の覚醒と遺された道標  作者: 富士江 三蔵
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ネガティブが生み出すものは‥

湾曲した道路を進む車から見える景色は左手に低い山が続き、右手には防風林が連綿としている。

どこまでも続きそうなそれは幾つかのトンネルを抜けると陽の光を反射させて黄金色に染まる海が織り成すパノラマへと一変し、それが視界に広がると後部座席から歓声が上がる。


「海が見えたくらいで騒ぐなよ!ガキじゃあるまいし・・だいたいさっきビーチで遊んだばっかだろ!? 」


二年ぶりの帰省だが、ケイタにとっては珍しくもなんともない風景だった。


「ケイタは今日も醒めてるねぇ!こんなにいい所で育ったのになんでそんな性格になるかね?人生楽しまなきゃ損だよ。」


シンゴは日射しの強さに目を細めながらおぶさるように助手席の後から両腕を垂らし、運転席に語りかける。


「ケイタ!運転代わろうか?」


「今さらか!? もう着くって!お前、分かってて言ってるだろ!? 」


「ほらケイタ。怒らない怒らない。」


それに合わせていじりを入れたリョウヘイはケイタの返しに腹を抱え、ミカはケイタを宥めるが、その口調には真剣な気持ちは入っていない。


「全く・・タダで宿を提供してやるってのになんで俺が運転まで・・」


「はいはい、そこのネガティブ星人!愚痴らない。さびしんぼのキミに我々は付き合ってやってやってるんだから。」


「誰が頼んだよ!? 」


「あ~、そういうこと言う! 女にフラれて死ぬ死ぬと言ってたキミが! あの時『飲んで忘れるから付き合ってくれ!俺を独りにしないでくれ!』と懇願したキミが・・そしてそのあと泣き・」


「あ~!! やめろ!もういいもういい!分かった!分かったからやめろ!」


その時の猿真似をしながらねちっこく食らいつくシンゴにケイタはひどく狼狽し、リョウヘイとミカはあらぬ方向へ顔を向け 声を押し殺すように笑った。


彼等四人は大学生で同じゼミの仲間であり、ミカはシンゴの彼女でもある。


ケイタには恋した女性がいた。大学から近いコンビニでその娘は働いていた。

二年生になってから彼女を目にするようになったのだが、初めてレジで対面したときにタイミングが合わず、ケイタは釣りの小銭の殆どを辺りに撒き散らすように落としてしまった。それを一緒に拾ってくれたことからケイタは彼女に好印象を持つようになったのだが、それ以来、ケイタが彼女の担当でないレジで会計をしていても彼女は店が空いている時なら離れたもう一台からとことことやって来て、必ず彼に笑顔を振りまき挨拶をしてくれた。それがケイタのなかでは“気になる相手”から“恋愛対象”へと拡大した。


彼は金銭面では裕福な家庭で育ち、今もそれに悩むことはない。アルバイトをした経験もなければ軽自動車ながら動産を所有しているのも仲間内では彼だけである。ただ、幼い頃から仕事に奔走しなければならなかった母親から放置に近い状況で育ったケイタは人とのコミュニケーションが上手くなく、友人と呼べる者もいなかった。そのまま高校卒業までを地元で過ごし、親の勧めもあって故郷から離れた大学に進学したが取り立てて将来についての夢もビジョンも持てず、無気力に怠惰な日々を送っていた。

そんな彼が二年生になり、適当に選択したゼミで声をかけてきたのが隣の席にいたシンゴだった。それに対してケイタの反応は『俺に構うな』と言わんばかりの他を寄せつけないもので、彼はコミュニケーション障害を早くも露呈させてしまう。

普通はそれで人は離れていくのだがシンゴはなぜか違っていた。その後も顔見知りになって間もないのに名前を呼び捨て、つまらない冗談をじ込んでくる。当初はそれに戸惑ったがケイタがどんな態度であろうと旧友のように接するシンゴに彼は次第に心を開くようになり、その態度は軟化していった。それにシンゴのかねてからの友人であるリョウヘイと彼女であるミカが加わり、彼らは学外でもつるむようになったのだ。



「なぁ、ケイタ、どこか行こうぜ。」


「・・行かない。・・なにもしたくない・・。」


「あのさ、気持ちは分からんでもないけどたまには外へ出ないと体に悪いよ。」


「彼女がいるお前に何が分かるってんだ。もう俺を殺してくれ・・」


うつ伏せにベッドに横たわるケイタは昨夜、飲みつけない酒を食らい、案の定酷い二日酔いに襲われていた。振られた精神的ダメージとそれが彼に二重の苦しみを与える。


「まぁ、今日は無理としてもさ・・海でバーベキューとか楽しそうじゃん。」


「お!いいねぇ!ケイタ、聞いたか!? いいアイデアが出たぞ。」


「勝手に盛り上がってんじゃねぇよ。お前らで行けよ・・」


リョウヘイのアイデアにシンゴが食いつくがケイタがそれに賛同するはずもない。


「分かったよ。じゃあリョウヘイが海でナンパしてやるから!それで問題なしだな。」


「ええ!? 俺が!? ・・なんでよ?」


「お前も彼女いないから丁度いいじゃないか。ケイタのために一肌脱いでやれ。」


「もういい・・女は信じらんねぇ・・なんで俺にわざわざ笑顔で近づくんだ・・声がかっこいいですとかなんで言うんだ・・俺の好きな煙草も知ってるのに・・ライターもタダでくれたのに・・」


「あの~、ケイタくん、気の毒なのは分かるけど、最後のほうのやつは関係ないと思うぞ・・」


「いいんだよ!もう!振られたんだし・・せっかくLINEのID渡したのに彼氏いますってなんなんだ!? 」


『あ~、また始まっちゃったよ』


シンゴとリョウヘイは同じことを思い、顔を見合せ肩を落とした。


「まぁ、良かったじゃん!どうせそんな女、ろくなもんじゃないって!」


「いいんだ・・もう・・俺はこの先何も良いことなく孤独に死んでいくんだ・・」


「おい!いい加減にしろよ!皆でお前を

励ましてんのにいつまでもグダグダタラタラと・・!」


「おい、落ち着け。怒んなよ。ケイタもいつまでも引きずってても仕方ないだろ。」


ケイタは面倒な性格である。悪い事は引きずり、楽しいイベントも始まれば終わったしまうことが頭をよぎり心から楽しめない。そのうえ寂しがりやである。しかもそれを皆に指摘されるまで本人に自覚は無かった。シンゴは前述の通り気が長いが昨夜からのケイタの変化のなさにさすがに苛つきが芽ばえ始めた。


「頼んじゃいねぇよ。どうせお前らも俺を嗤ってるんだろ?」


「ケイタ!お前、言っていいことと悪いことがあるぞ!? 」


「シンゴ。まぁまぁ・・」


立ちあがり、掴みかかるような勢いのシンゴの前に立ちはだかってリョウヘイが両手で彼の肩を押さえる。


うつ伏せで思考がぼんやりしたままのケイタだったがシンゴを怒らせてしまったことは分かった。

『しまった!』と思う気持ちが瞬時に沸いたが、かといって謝る素直さよりもそれを行動に移せない頑固さが勝り、なにもできない。

全てが膠着状態になり、室内が無音になった瞬間、玄関のドアノブが回った。


「ただいま~!」


“ただいま~じゃねぇよ!ここは俺ん家だ!”


恒例のやりとりをシミュレーションしていたミカだったがそれのないこととリョウヘイの何かを訴えるような視線に平穏ではない雰囲気を察知した。


「・・どうしたの?ねぇ、なんかあった?」


「なんでもねぇよ・・」


シンゴはリョウヘイを押しのけミカを見ることなくまたその場にどっかりと座り俯いた。


「海でも行こうか!? ・・なんて話してたんだよ。・・な!? 」


取り繕うリョウヘイに場の空気が白々しく流れる。


“Trrrr・・Trrrr・・”


場が沈黙に支配された中、据え付けの電話が響く。


「ケイタ!ほら、鳴ってるよ!」


うまいタイミングにかかってきた電話にミカが食いつく。

勿論そんなことでケイタが動くはずもない。

8回目の呼び出し音でそれは鳴り止み、留守番電話のアナウンスに切り替わる。


「もしもし!? ケイ君!? 夏休みなのにいないの?・・もう!あのね、お母さん今度・・」


それが静まった部屋中に流れ出すとケイタは飛び起き、先程と同一人物かと疑うほどの俊敏な動きを見せて電話口へ走った。

仲間内で声だけとはいえ、母親が登場するのは気恥ずかしいものだ。大概の親は子に気遣って口出しするがそれはデリカシーのなさと比例している。ケイタにすればその筒抜けは早く止めなければ自尊心の危機である。


「もしもし、なに?」


三人の視線を感じながらケイタは素っ気ない対応を表現する。母親は居るなら早く出ろと小言口調で始め、ちゃんと食べているのか、洗濯物は溜めていないのかなど心配事から近所の人のケイタに関心のない話へ移行しそうになる。


「で、用はなに!? 」


早く切りたい彼は少し苛つきを含んだ口調でそれを遮った。


「あぁ、あのね、母さん、お盆にどうしても北海道に行かなくちゃいけない用事ができたからお留守番してほしいの。」


「え~、やだよ。面倒くさい。」


「ねえ、お願い。アロワナの世話をたのめるのケイタしかいないのよ。助けると思って・・ね。ほら、お友達ができたって言ってたじゃない。冷蔵庫の物は好きに使っていいし、お礼も置いて行くからアルバイトだと思って・・ね!?」


熱帯魚なんてしばらく餌をやらなくても大丈夫だろ?・・そう言おうと思ったが、考えてみればこの話は気まずい状況を打破するには渡りに船である。それに聞き耳を立てるシンゴ達をそのままに会話を続ける気もなくケイタは生返事ながらも母親には恩着せがましくそれを受諾した。


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