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 始業式後のHRもつつがなく終了し、散々メメさんもからかって(からかうと凄くカワイイのだアノ人)、あとは家に帰るだけだったぼくは、しかし何故か学校の周りをうろついていた。

 それは特に学校に用事があったとかそういったことではなく、単に暇を潰すための行為だったのだが、それにも既に飽き始めていた。

 まあ、そんなものだろうけど。

 「って言ってもなぁ……」

 そもそも、別にそれほど暇をしているという訳じゃない。特段、今すぐに済まさなければならない用件などはないが、それは急を要するものではないというだけの話で、やらなければならないことは二、三ほどある。

ただ、今この時間に家に帰りたくないというだけのことだった。

 「……今帰ったら確実に居るんだろうな、アノ人」

 『アノ人』とは、ぼくの部屋の隣室に住む人――まあつまりは隣人だ――のことである。

 ぼくの住んでいる場所というのは、鉄筋コンクリートでできた三階建てのアパートで、1フロアにつき三部屋の構成となっている。

 ぼくは三階の真ん中の部屋を使用しているのだが、そのうち右側の隣人がぼくの問題とする人物である。

 その名を、漁火(いさりび)いさり。

 住所指定、不職。

 百八十センチメートルをゆうに越す身長に、モデル顔負けのプロポーション。流れるような長い黒髪に、スラリと伸びた手足。加えて、カワイイと評されるよりはキレイと呼ばれるであろう顔立ち。世の女性が羨み憧れ、男性なら思わず見惚れるほどの美貌の持ち主なのだが、ある一点でそのすべてを台無しにしているのだった。

 曰く、傲岸不遜。

 曰く、牽強付会。

 まあとどのつまり、我が強いと言えばいいのか、自己が強いと言えばいいのか――もちろん、これは良い方に解釈しての話であるが――少なくとも、押しに弱い人間は付き合うべきではなく、自身のことを押しに弱いどころか引きにも弱い人間だと自負しているぼくにしてみれば、あまり頻繁に関わり合うことは遠慮したい人物なのである。

 またそれでいて、人をとかく構いたがるというか、変に面倒見がいいのでタチが悪い。

 何だかんだで、困っている人を放っておけないのだ。

 きっと、善い人なんだろうと思う。

 自己に絶対の自信があるから、他人を気にすることが出来る。その余裕がある。人に親切に出来る。

 そういう人は苦手だ。

 自分に自信がなく、他人を気にかけることなんて何一つできないぼくには、彼女はあまり直視したい人物ではない。

 だから、アノ人は苦手だ。

 もっとも、あの押しの強さが苦手であるということも否定しがたい事実ではあるが。

 まあともかく、難癖こじつけ色々と理由をつけてきたが、ぼくは隣人に苦手な人がいるから帰宅を拒否していたのであった、マル。

 ……いや、別にカワイク言ってみたところでどうなるわけじゃないけどね?

 どっちにしろ、物凄く情けない理由で帰宅拒否していることに変わりはないのだし。

 「……ていうか、誰に対して言い訳してるんだろうか」

 なんとなく、ため息を吐きつつ歩みを進める。それは牛歩のようなスピードといっても過言ではなかったが、それはぼくの精神を鑑み(かんが)て突っ込まないでくれると嬉しかったりする。

 「結局のところ、ぼく一人の問題なんだけどね」

 多少問題があるとはいえ、いさりさん自身は善い人なのだ。問題は、そういった人間を直視できないぼくの卑小(ひしょう)さというか、いつまでたっても成長できないぼくの人間性というか。

 「ただぼくがガキなだけか……」

 いつだったか、誰かにも言われた気がする。

『君はいつまでも現実も自分も知らない、無知で夢見がちな子供だね』

――と。

 アレはいったい誰に言われたんだっけ……?

 「――っと」

 考え事をしながら歩いていたせいか、いつの間にかアパート前の横断歩道のところまで来てしまっていた。

 「――信号は……、赤か」

 横断歩道の前で立ち止まる。この時間、車の通行はほとんどないが、かといって赤信号を無視して横断しようと思うほど急いでいるわけじゃない。

 「――って、アレ?」

 信号を見上げていた視線を、ふと、下に下げる。

 すると――

 「……人かな、アレ」

 歩道を照らす街灯の下、そこに一つの人影があった。

 街灯の下とはいえ、ライトの向いてる側とは反対側に近い向きで倒れているため、シルエットでしか判断できないが、少なくとも人型のものであることだけは間違いなかった。

 ……人形だろうか?

 だとしたら単なる不法投棄で済むのだが、本物の人間だったとしたらチト洒落にならない。

 「けど、あんな馬鹿でかい人形はないか」

 普通に百六十センチメートルくらいあるぞ、アレ。

 そんなでかさの人形なんて、ぼくはダッチワイフくらいしかしらない。

 いや別に、現実にダッチワイフなんて見たことは無いけども。

 「確かめたほうがいいか……」

 正直な話、嫌な予感がビンビンするんだけど。

 ……関わりたくねぇなぁ。

 と言いつつも、関わらなければ話が進まないので(いや、話ってなんだよって感じだが)、信号が青になるのを待って急いで歩道を渡り、人(ほぼ確定)が倒れているところまで駆け寄った。

 そして、その電灯の下に『彼女』はいた。

 鴉の羽を思い出させるような、黒髪。

 長さは腰ぐらいまであり、その左右をほんの少し結んでいる。

 眠っているように眼を閉じているので眼つきはわからないが――それでも充分に整った綺麗な顔立ち。

 黒いドレス――ゴスロリとでも言えばいいのか――を身にまとっている。

 これだけを見ればただのカワイイ女の子にしか見えないかもしれないが、ある一点の要素が、その子の印象を一変させていた。

 その露出の少ないゴスロリの所々から覗く、病的なまでの白い肌には、常人ではおおよそ理解できないような模様(、、、、、、、、、、、)の刺青がびっしりと刻まれていた。

 「な……な、んだ。コレ」

 見ていて気持ち悪くなってくるような不可思議なカタチ。まるで、黒いヘビが体中をのたうち回っているような奇怪な模様だった。

 「本当に何なんだ。刺青にしたっ「ウル(サイ)」――っ!」

 声が聞こえたことに驚いて、おもわずそちらの方向――彼女の顔に眼を向ける。

 ――そこには。

 さっきまで眠っていたはずの彼女が確かに眼を開けて、こちらを視ていた(、、、、)。

 その紅い瞳で。

 「……オマエ。一体――」

 「悪舞(オマエ)デハナイ」

 彼女はそうしてぼくの言葉を制し――

 「ワタ詞は、フロイライン・ビターチョコ・エクセレンツ()

 ぼくに向かって、そう名乗った。




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