ラムウとリンナ①
信者リンナ
朝日が射し込む部屋の中で、彼女は今日も早起きをする。夜明けの白い光を浴びながら彼女は寝間着を脱ぎ、白いブラウスに腕を通す。そして、フワリとしたダークブラウンの膝まであるスカートを履く。スカートには縦横にライトブラウンのラインが入っており、落ち着いたチェック柄になっている。それから、長い赤茶色の髪を後ろで一つに束ねると、スカートとお揃いの柄のエプロンを着けてキッチンへと向かう。
ガチャン
「すいませんがまだ、開店前ですよ?」
彼女は呆れ顔で、入って来た男に言った。すると男はスルスルと店に入って行き、一瞬の間にカウンター席に腰を下ろし、カウンターに肘をついて満面の笑みで答える。
「そんなこと言わなーいでさぁ〜、何処か行かなーい?」
男は、ライトブラウンのフワッとした髪をいじりながらニッコリとデートに誘う。
「すいませんが仕事中です。」
彼女はツンと断り、その澄んだ青い目で冷たい視線を送る。
「ねぇーえー。リンナ〜デートしよーーよー!ねぇーえー」
彼女、リンナは幼馴染の友人ラムウを冷たく無視する。が、ラムウに見えない所でクスリと笑ってもいた。
「まぁいいや。じゃとりあえずモーニング定食で」
「はい、只今!」
これがリンナの日常で定番で、崩れないはずの毎日だった。
その日、週に一度のお祈りの日。リンナはいつも通り礼拝堂に集まり村の人々と挨拶して教祖の話を聞く。と、シンと静まり返った礼拝堂の扉が教壇の前まで飛んで行く。あまりの突然に誰も反応できない。恐る恐る後ろを見たリンナは怒りの一色に染まったラムウの姿を見た。
「ちょっと、…ラムウ何してっ…⁉︎」
「リンナは…関係…ねぇ」
「ラムウ君何をしているのだい?」
「神を降ろす為に巫女を捧げるんだってな?その巫女が誰かおれはもう知っているぞ…教祖ファルクディアァ」
低く響くその怒りのこもった声は一瞬でその空間を支配した。誰もが感じた、『あの男に逆らうことはできない。』と。言葉に表すなら、【絶対的な王】にあったような感覚だ。と、ファルクディアは不気味に顔を歪めて怒りをあらわにしながら言い放った。
「この人外がぁ」
亜人全てを冒涜する最低の差別用語で、勿論使ってはいけない言葉だ。村中から尊敬されていた教祖ファルクディアが、取り乱しファルクディア本来の下品で差別的で、人を見下した自己中心的な性格が吐露した。だが、同時にファルクディアの悪知恵も働いていた。 彼の操る魔法【催眠】は、自分の細胞を少しでも取り込んだもの全てに同時に発動する。そしてその魔法は、誰かがそれに気付き術を解くか、本人が何かしらのきっかけでおかしいことに気づかなければ解けることはない。例え、術者が死んでも。
そして今この場で、このファルソ・ディオ教礼拝堂というファルクディアの絶対領域では【催眠】にかかっていないのはラムウただ一人だ。
亜人ラムウ
《ラムウは、なんらかの邪教徒でファルソ・ディオ教を潰しにきた敵だ!今奴は、ファルクディア様を冒涜した!殺せ!》
教徒全員の頭の中にその歪んだ情報と命令が大量に流れ込んでそうだと思い込ませる。
「ラムウゥゥゥゥ…ファルクディア様になんてことを言うのダァァァァ…」
男がラムウに飛びかかるが、ラムウが爪先で男の頸動脈の上の肌に一瞬触れて躱すと男は勢い余って外に飛び出して転んだ。すると、男の【催眠】は解けた。
「ファルクディア!教祖が宗教を信じる心を弄ぶとは、どう言う了見…ダァ?」
開かれたラムウの口の中では人間とは別物としか思えない犬歯が二本ギラリと光った。虹彩はいつの間にか少し光を放つ血のような赤色になり、その中心で夜の闇と同じ色の瞳孔がファルクディアを睨み抜いていた。ライトブラウンのフワフワの髪の毛はいつの間にか、真っ黒いサラサラの高貴な雰囲気が漂う髪になっていた。その髪がゆらゆらと横に揺れる。単に風のせいだろうが、ラムウの剣幕のせいで怒りに共鳴しているように見える。礼拝堂にはステンドグラスからの赤や黄色やオレンジ色の光しか入ってこない。そのためか、蹴り破られた元扉だった所に立つラムウの後ろから入る青白い光は、後光にも見える。
黒のスーツズボンは少し細めでラムウの長い脚を強調していて、黒のベストの下は白いブラウス、襟では細長い赤色のリボンが風に揺られている。総合して、吸血鬼の上流貴族のような格好をしている。いや、ラムウは吸血鬼の上流貴族の中でも一流の貴族ドラクル家の母と人間の父の間の子なのだから、吸血鬼の上流貴族もあながち間違いではない。因みに、先程【催眠】にかかっていた男の頸動脈の上の肌に一瞬触れて催眠を解いたのは吸血鬼の術である。誰にも見えはしないが、その一瞬にラムウは爪の先で皮膚を破り敬動脈に爪の先を刺し、そこから一度体中の血を吸い出した後ファルクディアの細胞を抜いてまた戻したのである。
こう言った【血液操作術】を使えるのは吸血鬼の他には、計り知れない努力と時間を掛けて修行を積んだ老賢者ぐらいである。吸血鬼は血のエキスパートで吸血鬼以上に生物の血や生体エネルギーの操作に秀でた種族はない。人がいくつもの世代で続けてどうにか方法が分かった、血の力を利用した術も吸血鬼は数年で解明し人より優れたものを扱えるようになったという。
ラムウは、【催眠】にかかった信者達の死角を縫うように移動しながら、すれ違いざまの一瞬で信者達に【血液操作術】を施して【催眠】を解いていく。そうこうしているうちにファルクディアとリンナの姿が消えた。その事にラムウが気付くのは、信者達の殆どを【催眠】から救った後に、リンナにはまだ【血液操作術】を施していない事にラムウが気付いた時だった。
「ラァムウゥゥゥゥ‼️愛しのリンナを殺したくなければ、そいつらの【催眠】を戻せぇ!」
ファルクディアはリンナの首筋に小さな果物ナイフを当て人質にして、礼拝堂の外からラムウに叫ぶ。が、ラムウは半笑い…いや苦笑いでファルクディアに言った。憐れみの目を向けながら。
「ファルクディア…惨めだな。お前は俺の手で!って思ってたが、一体今まで何回信者達に【催眠】を使ったんだ?」
「何を言っている!」
「せっかくいい教えでも教祖がこれじゃ、ファルソ・ディオ教は今日で終わりかな?」
「何故だ⁉︎」
「思い出してみろ。現実でお前は信者達に何をした?奴隷のようにこき使って、己の欲望を満たす為に非道なことを散々繰り返したじゃねぇか‼︎つけが回ってきたんだよ」
ファルクディアの後ろでゆらりと、一人の男が立ち上がる。
「グッッ…ガッ…アババババ」
男はファルクディアの痩せこけた首を両手で一気に握り締める。喉仏を押されてまともに声は出ない。が、頸動脈をしっかり圧迫していないので直ぐに気を失うこともない。苦しみの中で、ファルクディアは泡を吹き、見開いた目を充血させ、必死に抵抗するも鍛えたわけでもない体が更に衰えたのだから何にもならない。そうしているうちに、死んだ。ラムウは、ファルクディアが泡を吹く前にリンナを保護していた。そして【血液操作術】を施す。
「ゴメンね、怖かったよね?辛かったよね?もう大丈夫だからね。」
「ファルクディアが、洗礼の儀式で皆に飲ませたあの白いやつって…ヒイッ!」
リンナの顔が見る見る青ざめていく。
「大丈夫!大丈夫だよ!もう奴の分身はリンナの中にはいないからね!」
ラムウはしっかりと両腕でリンナを抱きしめる。
「リンナのことは俺がずっと守るからね。」
耳元で優しくそう囁くラムウの胸で、リンナはただひたすら泣いた。