エレナ
森デート
翌朝、親父がいきなりエレナとリターに言った。
「ハーブ料理を作りたい。あと、デザートの果実が足らない。取ってきて。」
「そんなの私一人で大丈夫よ」
とエレナが反論するとリターが答えた。
「いや、この時期は稚竜の活動が活発だから危険だ」
「なら…分かったわよ」
こうして二人は2日続けてデートすることなった。
森に入って数時間が経過し、二人は目的の薬草や果実、天然の芋(自然薯)などを必要分全て取り終えていた。と、その時少し遠い所で、鳥達がバタバタと飛び立ち二人の頭上を越えて行った。リターは一瞬で悟った。
『逃げなければ!』
リターはエレナの手をしっかりと握り締めるとそのまま走り出した。エレナは状況が飲み込めずに、その手を振り解こうと足掻くがリターは信じられない程の力でその手を握っている。「離して!」そう言おうとしてリターの顔を見たエレナはゾッとし、恐怖すら感じた。今まで見たリターの表情には怒りも恐怖もそれら一切の感情が現れた事はなかった。いつも、笑顔だったり照れ顔だったりと、明るく楽しいリターは今のリターには微塵の面影もない。その顔からは悪意こそないが、今まで感じた全ての恐怖を足しても足りない程の恐怖を感じた。瞬間、後ろからとても数えられないような大量の何かの群勢がドドドドドと迫ってきた。エレナはこれに気付いた時にやっと、リターの行動の意味が分かった。『逃げている』のだ。
「ありがと、あれは何?」
エレナは自分の力で走り出した。
「あれは稚竜。単体や五、六匹の群れなら男一人いれば難なく駆逐できるけど、繁殖期の奴らは四、五百から数千匹の群勢でありとあらゆる動物を喰らってく!今の俺にはどうにもできないから逃げないと!」
リターの説明が終わる時には数十メートル後ろには追いついていた。するとリターは落ちていた棒を拾って、エレナの手を離し背後に向き直った。
「エレナッッッッッ!走れ!逃げろ!」
そう言うと、握った棒を構えて稚竜の群れをエレナに近い奴から叩き飛ばしていった。そして、戸惑うエレナに怒鳴る。
「行けッッッッッッッッッッ!」
その迫力に圧倒されたエレナはリターを気にしながら村に向かい走って行った。リターは手当たり次第に稚竜を叩き飛ばす。だが、慣れない棒では隙が生じる。その隙を突いて数匹の稚竜がリターに噛み付く。その稚竜を棒で吹き飛ばしてまた、他の稚竜を叩く。その隙にまた噛まれる。棒は稚竜の血に染まり、リターも自身の血でドロドロになっている。もちろん辺りは血の海だ。そんな中でもリターはひたすらに稚竜を叩き飛ばし、蹴り飛ばしてエレナに近づかせない。だが、エレナを逃がすことに集中する余り、リター自身の防御は無いに等しい。
一方、エレナはひたすら走り続けていた。『リターを助けたい。どどうすればいい⁉︎』
-「男一人いれば難なく駆逐できる」-
そう言っていたリターを思い出した。『村に行けばたくさんの男の人がいる。あれだけいればもしかして…』一つの希望を見つけてエレナは村に向かい走って行った。それからかなり走って、エレナはゼェゼェ言っていた。汗でビショビショになりふらつく足で村に辿り着いた。その様子を見た村の青年が、すぐさま飛んできてエレナを介抱しようとするがエレナはそれを断って言った。
「リター君が、私の……タメッ…にっ、稚竜の…群れと………とにかく、助けて!」
一言、言う度に目が涙ぐんでいき、最後にはドッと溢れ出した。その時には村の殆どの青年が集まっていた。だが、皆リターを助けに行こうとはしなかった。エレナの心配はしてもリターはどうでもいいようで、エレナの気持ちは伝わらない。そんなみんなを見てエレナは自分の無力さが悔しくなった。そして、駄目元でまたリターの元へ走り出した。
『せめて、せめて私が代わりに!』
勝敗
-誰の隣か-
リターはエレナが逃げ切れたことで嬉しくなった。『俺の犠牲は無駄じゃない』その直後飛び掛かる稚竜を叩き飛ばしたら、棒が折れた。その折れ目は尖っているから、それを稚竜の目に刺し、更に奥に入れ込む。そうやって脳を貫く方法で二匹倒すがもう棒は使えない。リターは不意に笑い出した。血に染まった顔が口角を歪ませて大笑いし出した。
「俺の勝ちだ‼️稚竜‼️好きな人を守ったんだからな‼️ハーーーハッハッハッ‼️」
その後、大きく息を吸うと、死ぬ間際だからと大声で叫んだ。
「エェレナァァァ‼️好きだッァァァァ‼️」
その声は、村までも力強く響いた。そのすぐ背後でエレナがゼェハァ言っている。その姿を見たリターは、一瞬は幻かと思ったがすぐに違うと気づいた。すると眉間にシワを寄せ目には涙を浮かべて怒鳴った。
「なんで戻ってきたァァァ⁉️お前が、逃げなきゃ、俺は無駄死にだろが⁉︎」
そのまま泣き崩れる。そこには、明るく楽しいリターも、力強く気迫に満ちたリターもいない。ただ、小さくなって弱々しく丸まり、諦めと悲しみが溢れ出していた。そんなリターを見てどうすることもできず、慰めるように優しく両腕で包み込んだ。
「ゴメンねリター、でも、リターが私のせいで死んじゃうなんて嫌なの。そんなの絶対嫌なの。ゴメンね。」
リターの耳元で、エレナはそう優しく呟いた。
『ずっと一緒に居たい』
二人はそう願った。と同時にこうも思った。
『二人でもっと、ずっと一緒に生きていきたい』
と、二人に飛び掛かる稚竜が空中で矢に脳天を貫かれて落ちる。すると今度は、二人の頭上を斧がものすごい勢いで通り過ぎる。その大振りの薙で稚竜が四、五匹ぶっ飛び、飛んだ先で五、六匹の稚竜を巻き込み吹き飛ぶ。何事かと二人が振り返ると村中の男たちが手には斧や戦鎚、弓矢などを持っている。その先頭にいるのは、なんとエレナ護衛騎士団のみんなである。団長のチロルは棒が二本の木刀にグレードアップしている。副団長のアルフォートは、石から棍棒にグレードアップしていて、書士のダースはより分厚い本を持っている。
「オイ!不審者!何してんだ⁉︎」
チロルが木刀を構えて叫ぶ。それに続けてアルフォートも叫ぶ。
「エレナちゃんに助けられてるんだぞ⁉︎言うことはないのか?」
リターはエレナに隠れて涙を拭いてから立ち上がった。が、そのまま倒れた。
リターが気付くと、大きな荷車で運ばれていた。リターの傷の手当てをしているのはエレナだ。体中が包帯でグルグル巻きにされている。と、突然リターが起き上がる。するとエレナが目に涙を浮かべリターに抱きついた。
「リタァ…リター!リター!リタァァァ‼️」
もう、涙がボロボロと落ちている。そして泣きながら叫ぶ。
「生きててよがっだぁ…アァッアァァンアァァ…!」
そのまま泣きじゃくるエレナを、リターは強く抱き締める。そして、力強くて低い声でエレナの耳元で言った。
「エレナ、俺ももうお前と離れたくはない。一緒に暮らそう。」
余りに突然の告白に、エレナは脳の情報処理機能が追い付かずに顔を赤くしてひっくり返る。男達がその言葉を聞き逃すはずもなく、即座に反論とブーイングの雨になる。
「お前なんかにエレナちゃんをやれるか!」
このような声が降り注ぐが、すぐに皆黙ってしまった。自分の命さえ犠牲にしてエレナを逃したのだから誰よりもふさわしいのだ。
辺りはすっかり夕暮れ時で、二人の気分に後押しされて幻想的な空気に包まれている。落ち着いていて柔らかくて、愛おしさと優しさで構成された空気の中で、二人はゆっくりと唇を重ねた。それからの数秒は、永遠にも似た一瞬だった。その後、唇を離すとエレナがクスリと笑いながら言った。
「リターの唇、血の味がする。」
「エレナの唇は、涙の味だったよ?」
すぐさまリターも言い返す。
「フフッ!」
「ハハッ!」
「「アーッハッハッハッ!ヒィーヒッヒッ!フッフッハッハッハッ!」」
二人は高らかに笑い合った。悪役さながらな笑い声だ。そして、二人の目は熱を帯びる。力強くてまっすぐなリターの目。優しくて柔らかなエレナの目。リターの右手の五本の指は、エレナの左手の五本の指としっかり絡み合っている。暖かなエレナの指は、ひんやりとしたリターの指の感触をしっかりと感じ取っていた。その指から伝わる気持ちさえも。