リター
リター
その夜、料理屋クールスターからは村一番の笑い声が聞こえて来た。何かと思って常連客が集まると、中では若い男と店の親父が肩を組み大酒かっくらって騒いでいた。その間エレナは料理を出し、酒を出し、空き皿を片付けてまた料理を出すの繰り返しで大忙しであった。
「エレナ‼️うぃいちはんの酒もっれろーーい!」
「ダメ‼️お父さん飲み過ぎよ!さぁ水飲んで寝て‼️」
「俺は?」
「リター君ほんっとにザルね!でもダメ‼️今夜だけで大赤字だわ‼️」
「しっかりものだぁね‼️」
「この父親だとね‼️どうしてもしっかりせざるを得ないのよ‼️」
一人で酔った客二人をさばいてるところを見ると、若いがかなり接客に慣れていることがわかる。リターとは森で倒れていた男の名である。
「親父はどこに寝かす?」
リターは店の親父を担いでエレナに聞いた。
「手伝ってくれるの?ならそうね〜、よし!ここに布団敷いて寝かしましょ!」
「はいよ!じゃ、布団の場所は?」
「布団は私が出すからそれまでお父さんお願い」
「リョーカイ!」
すでにリターの肩でイビキをかいている親父はそうそう起きそうではない。エレナはいつの間にか敷布団と掛け布団に枕まで用意していた。リターが驚いたのはその手際の良さととても丁寧で綺麗な布団の様子である。ここから察せられるのは、よく、この親父は酔いつぶれていると言うことだ。その旅館の布団のような綺麗な布団に酒臭くて真っ赤な顔をした親父を置いた。
エレナはリターを部屋へ案内しようとして思い出した。しばらく客が来てなかったからお客用の部屋は物置になっているのが一部屋と埃まみれなのが二部屋しかないことを。残るは今父が寝ている食堂と自分の寝室だけである。父は『自分の家なのにその中に自分の部屋を決めるなど馬鹿だ。』と言って自分の部屋を決めていない。普段は、酔い潰れて食堂で寝る以外は、どこで寝ているのかエレナさえ知らない。と言うことは現状、エレナとリターは同じ部屋で寝なければならない。そのことに緊張しながらも仕方ないとも思っていた。『元々、私が掃除をしてなかったのがいけないんだ。』そう言い聞かせてリターに言った。
「今使える部屋がないから、私と同じ部屋で寝るんでもいい?」
リターは少し目が開いた。鼓動も少し早まり頰も紅く緊張していることが分かる。
「いいのか?」
やっと出た一言でエレナを気遣った。エレナはこの一言を『同じ部屋で寝るのも寝ないのも君次第』と言われているように思った。
「仕方……ないでしょ。部屋がないから」
「じゃぁ、そうしよう。安心しろよ、俺は恩を仇で返すような真似はしないからな!」
リターは力強くも照れくさそうに笑いながら言った。その様子を見てエレナは思った。『リターの事は信じていい。』
今までの自分の周りの男とは何か違う。直感的に判断して気を許した。その夜は、二人はエレナの部屋で布団に入ったが、どちらも緊張して眠れなかった。
初デート
翌朝、昨晩飲みまくってリターと仲良くなっ た親父は、リターとエレナに買い出しを頼んだ。呑んでは食べ、食べては呑んで食材も酒も底をつきそうなのだ。それも親父は、機嫌をよくして『俺のおごりだ』などと言ってしまい、大赤字なのである。リターは『自分も食べまくり呑みまくりで大赤字に貢献したから、買い出しくらいなら』と言っていたが、エレナは完全に巻き込まれ損な訳で納得いかないようだ。
「なぁ、エレナ。…眠れた?」
「…ぼちぼち?かな?リターは?」
「まぁまぁかな?」
二人とも目の下のクマが目立つ。結局一睡もしていないのだ。だが、一晩同じ部屋で過ごすと案外緊張はしなくなる。ふとリターは気付いた。自分とエレナの間が五センチもないのだ。ふとした瞬間触れそうになる。そして、また気付いた。先程からリターを見る男共の目が殺気立っている事に。
「おじさん!今旬の食材は何があるかしら?店の在庫が切れちゃってぇ」
エレナが店の主人に聞くと、主人はとてもにこやかに品物を出しさらに値引きした上でオマケもくれた。可愛いとは本当に特だ。
「おばさん!いつものお酒10ダース下さい
父とこの人が一晩で全部開けちゃってぇ」
「どーもすいませんね!」
リターがふざけた調子で反応するとおばさんが笑いながら言った。
「エレナちゃんの彼氏かい?村中の男を敵に回すよ?」
「違いますよぉ〜。ただ、同じ部屋で一夜を明かした仲ですよ。」
「その言い方やめて!」
エレナは真っ赤になってツッコミを入れる。リターは嬉しそうに笑っている。そのノロケ具合におばあちゃんもにんまりしている。
と、その時、リターの自称するだけの実力はある剣士としての感覚、第六感がリターに向けられる複数の強い殺気を感じ取った。そしてその理由も、殺気を向けるのが男性ばかりなことから判断できた。
「エレナ、かなりモテるだろ?」
「何を持つの?」
「…あ〜えっと〜…多くの男性から好意を寄せられてるだろ?」
「うーん…分かんないわ」
「そっか」
リターはエレナの恐ろしい程の純真さに恐れ入った。と、同時に『エレナにはモテてる事は伝えないでおこう。そして、いつかは俺が…』と密かに誓った。
そんな事は御構い無しに、夕暮れ時の黄昏色の大通りに五・六匹の小さな怪物が現れた。それらの目は、真っ直ぐに憎きリターを睨む。そして各々が手には石や棒を持ち、群れの長らしき一匹は額に赤いハチマキをしている。その長は、怒りのこもった咆哮を放つ。
「エレナちゃんから離れろ‼️」
大きく開いた口の中で、夕焼けの光に反射して白い牙が灼熱色に光る。その長に続いて、隣の半袖短パンの怪物が怒鳴る。
「そうだ‼️エレナちゃんから離れろこの不審者‼️」
エレナは困惑して目がおよおよしている。そこで、リターは口角が上がるのを堪えながら怪物達に言い放った。
「グヘヘへへっ!エレナは俺が頂いた‼️返して欲しくば力づくで来い‼️」
「クッソ〜、不審者め‼️貴様は我ら『エレナ護衛騎士団』が必ず倒す‼️」
「チロル団長、奴の弱点は分かりますか⁉︎」
「まだだ、アルフォート副団長」
エレナ護衛騎士団の団長チロルはリターをどこから攻めるか悩んでいる。その隣の副団長アルフォートが振り返ってダース書士に尋ねる。
「ダース書士殿!どう思われますか⁉︎」
「僕はまず脚からだと思います」
「それは一体⁉︎」
「どんなものも立っている限り、土台が崩れれば倒れて隙を見せるでしょう」
「それがいい!アルフォート副団長、ダース書士殿の作戦で行くぞ‼️皆もよいな⁉︎」
「承知‼️」
「掛かれーー‼️」
「オォォォ‼️」
エレナ護衛騎士団は一斉にリターの脚を狙って突撃した。その結果、リターは軽く騎士達を飛び越え、皆は激突した。
「グァー!」
「イッテェェェ」
「うひゃー」…ext
リターはそれを見ながら、わざとらしく嘲笑った。その光景を見ていたエレナは呆れてリターに言った。
「大人気ないことしないの!まったくぅ」
でもどこか、微笑ましくも思った。『リターってあんな、少年みたいに笑うんだ。』
結局、暗くなるまでリターはエレナ護衛騎士団の相手をしていた。