馬車の旅と言えば……。
テンプレです。お約束です。
まぁ、勇者の話を聞いたからと言って、今すぐどうにかなるわけでもなく。僕たちの馬車は王都までの道を着々と消化していった。
オルドの町から王都までは馬車で三日ほど。今は馬車の中で一泊した後なので、残りは半分くらいだ。勇者のことは気になりはするが……まぁ、考えるだけ無駄というものなので、放っておこう。
いやいや、馬車の旅というものは、もう少しつらいものだと思っていたんだけど……。ナルアたちとお話したり、オルドの町で仕入れたゲームをしたりしていると、退屈とは程遠い。それに、馬車もオッサンがいいものを用意してくれたのか、揺れが少なくて快適だ。
このまま何事もなくことが進んで、無事に王都につくことができる……と、思ったんだけど……。
「おらぁ!止まりやがれっ!」
いきなり聞こえてきた怒号と、御者台に乗っていたアイラさんの「きゃっ」という悲鳴。何事かと馬車の窓から外を見ると……この馬車が、数十人に囲まれていた。圧倒的に男が多いが、中には女性もいる。全員が軽装に身を包み、統一感のない格好をしている。全員に共通しているのは、口元に浮かべた下衆な笑み。
「こ、これはまさか……」
「ね、ネクロ……あの人たち、なんかヤダぁ……」
「あー、やっぱりでたかぁ……」
「まぁ、こんなに立派な馬車が、護衛も付けずにいたら、襲われるにきまってる」
「ふむ、この手の輩は小生の集落に襲撃を仕掛けてきたこともあったな。まぁ、ものの数分で全滅していたが……それにしても、この馬車を襲ってしまうとは。なんとも不運な連中だ」
みんなが口々に感想を言っている中、僕の心中には感動の嵐が吹き荒れていた。
そう、異世界のお約束事項の一つ、『盗賊の襲撃』。
主人公がはじめて人を殺すことになったり、ボッコボコにして舎弟のような存在になったり。異世界モノのライトノベルでは必ずと言っていいほど起こるイベント。口々に放たれる汚い言葉、どこから湧き上がってくるのか問いただしたくなる自信。まさに、THE 盗賊、といった雰囲気である。
それに、リンネやノルンの反応を見るに、この世界でも盗賊というのは結構一般的なものなんだろう。この世界って、本当に模範的な異世界って感じだよね……。
「えっと、こいつらって、盗賊っていうことだよね?そうだよね?」
「そうだけど……ネクロ?どうしてそんなにうれしそうなの?」
「ここまでベタなお約束に遭遇したんだよ?そりゃ、テンションも上がるって」
「お約束……ネクロの言うことは、たまによくわからない」
「まぁ、王がおかしいのは今に始まったことじゃ「ショックインパクト」ごはっ!?」
失礼なことを言う月夜叉を強制的に黙らせる。馬車の床に倒れてぴくぴくしている月夜叉は放っておいて、盗賊たちをどうするかをリンネとノルンに相談する。ちなみにナルアは盗賊の気持ち悪いニタニタ笑みや下卑た視線にさらされたのが怖かったのか、僕の胸に縋りついている。でもこれ、たぶん甘えてるだけなんじゃないかと……。
「それで、こいつらってどうしたらいいのかな?殲滅?撲滅?皆殺し?」
「それは全部同じ意味よ。まぁ、それで構わないんだけど……。この規模になると、たぶんそこそこ大きな盗賊団だと思うのよ。数人だけ生け捕りにして、アジトの場所を吐かせましょう」
「たしかに……。この街道はオルドと王都を結ぶ道。盗賊が運びっているのはよくない。わたしがやる?」
「いや、僕にやらせてよ。盗賊襲来なんてお約束イベントを体験できるいい機会だしね。それに……。ナルアを怖がらせた報いは受けてもらわないと、ねぇ?」
まだ僕に抱き着いていたナルアを、いったん離す。その時の悲し気な瞳がやたらと心に刺さったので、ちゃんと頭をなでてあげる。それでもまだ悲しそうだったので、もういっそ一緒に行くことにいた。片腕で抱っこするようにして、ナルアと一緒に馬車からおりる。後ろから突き刺さる二人の視線は気にしない方向で行こう。
外の様子はというと、どうやらアイラさんが結界を張ってくれていたようで、盗賊たちはこちらに手出しのできない状況だった。
「アイラさん、あとは僕がやるので馬車に乗っていてください」
「ネクロさん、えっと……なんでナルアさんを抱っこしてるんですか?」
「この方が僕のやる気が出るからです」
「……そ、そうですか。じゃ、じゃあ……よろしくお願いします」
さてと、アイラさんも戻ってくれたようだし、盗賊の処理を始めますかね。
「あーあー、聞こえているかな?僕はネクロ。君たちを殺すものの名だ。よく覚えておくといい」
とりあえず、そう自己紹介してみる。すると、盗賊たちが叫び散らしていた罵声がぴたりと鳴りやみ……。
「「「「ぎゃはははははははははははははっ!」」」」
大爆笑に変わった。
「おいおい、てめぇみたいなガキが俺たちを殺すだと?面白れぇことを言うじゃねぇか!」
「ぼくちゃん、怖すぎておかしくなっちゃったのかなー?」
「おい、見てみろよ、あのガキが抱いてるの……すげぇ美少女だぞ?あれは高く売れるぜ」
「おいガキ、その女をオレたちにおとなしく渡すってなら、命だけは助けてやってもいいんだぜ?」
うん、すっごいテンプレな反応。ここで「実力差すら理解できないとは……哀れな」とか言ってみたいところだけど、今更、魔術師モードになるのもどうかと……。
「どうした?おびえて声も出ないのか?くくくっ……おら、さっさとその女をこちらによこしやが……」
「―――よし、じゃあお前にしようか」
「れ……。あ?何が……」
決めた。あの一番調子乗ってる感じのやつにしよう。強面だし、顔に傷があるし、筋骨隆々。正直冒険者としてもやっていけそうだけど、なんで盗賊なんてしてるんだろうね?
そんなことはどうでもいっか。どうせ死ぬんだし。
「――――――――[とこやみのたわむれ]
詠唱を終え、魔法を解き放つ。四分の一になったステータス。いくつか封印されたスキル。
でも、それがこいつらを殺すことの障害になることはない。
[中二病]で強化された闇魔法。僕が餞別したものだけを闇で包み込み、弄ぶ。闇の中はあらゆるものがめちゃくちゃな空間。空気の成分の割合、重力の向きや強さ、位相さえあやふやな空間で、人間が生存できるわけもなく。
闇が晴れた時には、僕が選んだ男以外の全員が見るも無残な死体となって、地べたに転がっていた。体がねじ切れたもの、肌の色が紫になっている者、不自然に体が膨らんだもの。全員に共通するのは、例外なく苦しみに喘ぐような表情を浮かべていること。
「ひ、ひぃいいいいいいっ!!」
さっきまで威勢のいいことを言っていた男は、顔を真っ青にして、涙を浮かべながらへたり込んでいる。それに無造作に近づくと、それだけで男は情けない悲鳴を上げながら後ろに後ずさる。
「どこに行くの?」
でも、その先には双大剣を突き付けるノルンがいた。僕の魔法のどさくさに紛れて男の後ろに回り込んだようだった。
男は僕とノルンを交互に見ると、ふさがれていない右側に逃げようとする。
「ま、そう来るわよねぇ」
右側をふさいだのは、杖を構えたリンネ。魔力を伴った威圧と目の笑っていない笑顔が恐ろしい。男はまるで化物を見たかのように、全力の悲鳴を上げてリンネとは反対方向に這いずりだした。
「さて、これでもう、逃げ道はないぞ?」
そして、男の最後の逃げ道には、刀で肩をトントンとたたいている月夜叉がいた。男に向ける視線は、同情的な口調とは裏腹に、真冬のような冷たさだった。
もう言葉も出せず、ただ震えるだけになってしまった男に、僕はナルアと一緒に近づいた。
「や、や……た、たす………ひ、ひぃ……」
僕が男との距離を詰めると同時に、ほかの三人もじりじりと包囲網を狭めていく。前世でこういう脅され方、体験したことあるなー。
かごめかごめをする時みたいなフォーメーションで男を追いつめた。男は今にも気を失って倒れてしみそうである。
そんな籠の中の鳥に、僕とナルアはそろって笑いかけた。
「「さぁ、お話の時間だよ?」」
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