馬車の旅と嫌な予感
ええと、この先の更新ですが……。たぶん土日の片方どちらか。そして平日に二回、となると思います。
王都に向かうことになった僕たちは、宿を引き上げたり、街の人たちに別れの挨拶をしたり、冒険者ギルドでお別れ会と称した宴会をしたり……。と、騒がしくバタバタした時間を過ごした後、王都へ向けて出発した。
その際、ギルドが派遣してくれた馬車に乗っていたのだが……。僕の膝の上が自然にナルアに奪われ、それに目くじらを立てたリンネとノルンが、ナルアに文句を言う……はたから見ると、仲のいい友達同士のじゃれあいに見えるような光景である。そして、それを僕が仲介するところまでがお約束となりつつある。
「ふぅ……。すみません、アイラさん。騒がしくしちゃって」
「いえいえ、仲がよろしいようでいいじゃないですか。……それにしても、やっぱりネクロさんのその口調には違和感がなかなかぬぐえませんねぇ……」
「あははは……。まぁ、ちょっと見栄を張りたかっただけです。冒険者は舐められたら負けだって聞いていましたから」
「たしかに、そういった面もありますね。でも、ネクロさんは変に偉そうにするより、今のほうがいいと思いますよ?こう、近づきやすいといいますか……。親しみやすい感じがあって、私は好きです」
「そうですか?でも、親しみやすさで言えば、アイラさんには敵いませんよ。アイラさんはいつも明るい感じで、こうして一緒にいるだけで、こちらも明るい気持ちになってくるんです」
「……あ、ありがとうございましゅ……」
そう、この馬車の御者をしてくれているのは、僕がはじめて冒険者ギルドに訪れた時に、僕の受付をしてくれたアイラさんなのだ。初対面の時は魔術師モードだったので、こう失礼なことをしてしまったなぁという気持ちがある。
彼女はオルドの冒険者ギルドの受付嬢のなかでは一番の新米で、年齢も十七歳と若い。しかしながら、大陸一と言われている魔導学園を優秀な成績で卒業した才女であり、魔法の腕もかなりのもの。少しドジっ子なところがあるそうだが、冒険者たちからは、そこがいいと評判。これらはメリアさんに聞いた情報である。
アイラさんと僕らは、冒険者ギルドないはもちろんのこと、日常でも何かとお世話になっていたこともあり、メリアさんが気を使ってくれた結果、こうして王都まで同行することになったということだ。
……ちなみに、アイラさんは、愛くるしい容姿と明るさのあふれる素敵な笑顔で、冒険者の男連中からそれはもう絶大な人気を誇っていた。それだけではなく、母性を刺激されるような「守ってあげたくなる感」。または、「小動物感」を全身から出している(本人は無自覚だろうけど)ので、女性冒険者からの人気も高い。そんな、みんなのアイドルアイラさんがオルドを離れると知った時の冒険者たちと言ったら…………これ以上は彼らの名誉にかかわるので、口をつぐもう。
「む……ネクロ?ずいぶんと楽しそうだね?」
「こらこら、せっかく御者をしてくれてるアイラさんをにらむのはやめなさい。こうやってずっとくっついてるのに、まだ足りないの?」
「足りない!全然足りないよ!膝抱っこはしてくれてるけど……さっきからアイラさんと楽しそうにおしゃべりしてばっかで、わたしに全然かまってくれてないよ!」
「まったく、ナルアは欲張りだな。そんな強欲な娘は…………こうだっ!」
膝の上からジト目を向けてくるナルアを、ギュッと抱き寄せる。肩の前とおなかに手を回し、ナルアの華奢で柔らかな背中を僕に密着させた。
「ひゃ、ひゃうっ!」
「ふふっ、どうしたの、ナルア?」
耳元にささやきかけるように話しかければ、それだけでナルアは真っ赤になってしまう。ナルアの急上昇した体温で、こちらまでポカポカしそうだ。
「この二人って、本当に息をするようにいちゃいちゃしだすわよね……」
「もはやお約束。逆に言えば、ネクロとの間にこういう空気を作り出せるようになれば、ナルアの地位を奪えるということ」
「……どうでもよいが、王と姫殿のこの甘ったるい感じは、どうにかならないのか?こう、塩辛いものが食べたくなってくるのだが……」
「あ、あはははは……。ま、まぁ、婚約者同士の仲がいいのは喜ばしいことなんじゃないですか?」
「甘いわよ、アイラ。確かに、初見であればこの二人の光景は、微笑ましいものに見えるかもしれない……。でも、これを日に二度も三度も見せつけられてみなさい?胃もたれに悩ませられることになるわよ」
「わたしも早く、ネクロとこうなりたい。いちゃいちゃしたい」
「小生的には、これ以上空気が甘ったるくなるのは勘弁願いたいのだが……。甘味はそれほど得意ではない」
「た、大変ですね……?」
ナルアを抱きしめながら、その柔らかな感触を楽しむ。ナルアは繊細なガラス細工のような儚さを持っており、少しでも力を入れたら折れてしまうのではないかというほどだが、その抱き心地は干したての布団のように柔らかで、首筋に顔をうずめれば柑橘系の甘い香りが感じられる。
ああ、僕の婚約者さんが、超絶天使過ぎて理性がピンチです。
「そ、そういえばですね!」
と、アイラさんが突然大声を上げた。何事かとそちらを見てみると、苦笑したアイラさん。つーんとそっぽを向いたリンネ。うらやましそうな視線を向けてくるノルン。なにやら苦手なものを胃に押し込んだ時みたいな顔をした月夜叉。
ふむ?………………どういう状況か全くわからずに、ナルアと一緒に首をかしげる。とりあえず、アイラさんの話を聞くとしましょうか。
「えっと、出発前に、情報通な先輩に聞いた話なんですけど……。なんでも、神聖国にて勇者が召喚されたそうなんですよ」
「え……?」
なんかぽろっとすごく重要な情報がもたらされたような……。勇者ってあれだよね、勇者だよね?僕が冥界回廊で心身ともにボッコボコにした、あの勇者?
神聖国って言うのは、この大陸最大の宗教国であり、神聖教会の総本山である。僕の天敵みたいなものだ。聖神アイリスの信者がわんさか……というより、信者しかいないような国なのである。この世界では邪神と聖神、つまりはナルアと聖神アイリスが敵対しており、人間の守護神が聖神アイリス。世界を滅ぼそうとしているのがナルア、ということになっている。このことに対しては、ものすごく異議異論を唱えたいが……。長い年月をかけて根付いた価値観というものは、なかなかはがれないものだ。
で、そんな神聖国が勇者を召喚した?……いや待てよ。
「アイラさん。召喚された、ということは、勇者はこの世界の人間じゃないんですか?」
「えーっと、先輩の情報だと、そういうことらしいですね。神聖国には、異界より勇者の素質のあるものを召喚する、『勇者召喚陣』というものがあるそうです。どうやら今の聖女が、勇者の召喚に成功したそうなんです」
「ちょっとまって、それって公開されている情報なのかしら?」
「召喚されたのは、ちょうどネクロさんがオルドの町に来たころらしいです。今は勇者としての実力を高めながら、大陸中を旅しているようです。情報源は先輩ですし、先輩の情報が間違いだったことはほとんどないんですよ?まぁ、先輩がどうやって情報を手に入れているのかは知りませんけど……」
……その先輩とやらが、一体何者なのか無茶苦茶気になるところだが、それはいったん置いておこう。それよりも、勇者だ。
いや、勇者という存在は事態は、まぁいい。そして、それが召喚されたという事実も、気になりはするが、恐れるようなことは何もない。僕、リンネ、ノルン、月夜叉。邪神の眷属神、叡智の賢者、暴威の剣王、鬼人の魔王。と、二つ名だけ見ても錚々たる面々がそろっているのだ。実力も折り紙付きと考えれば、勇者の一人や二人来たところで、どうとでもなってしまう。
しかしだ、その話題がこうして王都へ向かう馬車のなかで持ち出される。その事実がなんとも言えない不安感がある。突然の王都行。そして、大陸を旅する召喚された勇者。
…………いま、頭の片隅をよぎった、“フラグ”という言葉は、積極的に無視することにしよう。
感想や評価、ブックマークをくださったりすると、作者のやる気はうなぎ上りになりますです。




