白き夢の中で
四日ぶりですかね?
四章の始まりです。
―――助けて。
ふと、そんな言葉が聞こえた気がした。白しかない世界に漂っていた僕は、その声の正体を探ろうと、意識を耳に傾ける。
―――助けて。
助けを求める、縋りつくような声。それは、白い世界で唯一の響きをもって、僕に訴えかけてきた。切実で、真剣で、そして、悲しい願い。
―――助けてよ……。
だんだんと、声がはっきりしていく。どんな声かわからなかったのが、少女のものだとわかるようになった。鈴を鳴らしたような声に、確かな焦燥をにじませて、声は続ける。
―――助けて……。
……そういうことか。僕の中にくすぶっていた一つの疑問が、するするとほどけるように溶けて落ちた。この声の主を、僕は知っている。僕に声を届けているであろう者に向かって、こちらも思考を送ってみることにした。
―――助けるって、何を?
―――わたし。わたしを、助けて。
―――どうして?どうして、助けてほしいの?
―――わたしが、わたしでなくなってしまう。
―――変わって、しまうの……。
声が、震える。おびえてうずくまる少女の姿を幻視した。迫りくる“ナニカ”に対する恐怖、そして自分という存在が変化していく恐怖が、僕にも感じられた。
―――こわい…こわいよ……。
―――このまま、わたしは消えてしまう……。
―――わたしが、わたしじゃなくなっちゃう。
―――嫌だ……嫌だ……やだよ……。
―――誰か、助けてよぉ。
気が付けば、ぽろぽろと涙がこぼれていた。感情をダイレクトに揺さぶってくる悲観の波。少女の胸が張り裂けそうになるほどの悲しみを直接感じ取っているのか……?
助けを求め、僕に縋りついてくる少女の思念。形のないそれを、僕はいつの間にか抱きしめていた。きつく、きつく。絶対に離さないというように。僕の腕の中で、それが形を成していく。白い、かろうじて少女だとわかるものは、腕を僕の背中に回していた。
―――大丈夫、泣かないで。
少女のぬくもりを感じながら、僕は必死に呼びかける。
―――僕が、君を助けてあげるから。何があっても、必ず。だから、泣かないで?
少女の頭をなでる。悲しみよどこかへ行ってしまえと、優しくなでる。
―――……本当?
少女の不安げな声が響く。僕は強くうなずく。
―――本当、だよ。約束する。
僕がそう言うと、少女から送られてくる悲観の思念が途絶えた。代わりに、穏やかな安らぎが送られてくる。
少女は僕の体にうずめていた顔を、そっと上げた。そして、笑った。花開くような、可憐な微笑み。
―――ありがとう、ネクロ。待ってるね。
そういうと、少女の体は、白い世界に解けるように消えていった。少女が消えるとともに、この白い世界も崩壊していく。
あぁ……やっぱりそうか。君は……………………………………
そこで、僕の意識も、白に解けた。
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荘厳な空気の漂う部屋。照明の類は一切なく、ステンドグラスから差し込む色鮮やかな光だけが部屋を照らしている。
その部屋の中にいるのは、純白の聖職者風の服を着た者たち。全員が輪になるように立ち並び、そしてその中心にある魔法陣に魔力を注いでいる。限界まで魔力を注いだものが倒れると、それと入れ替わるようにして、別のものが輪に加わる。部屋の床には、何人もの聖職者が倒れていた。
そうして全員が数回通り入れ変わったところで、魔力の充填が完了する。すると、魔法陣がまばゆい光を放ち始めた。
光を放つ魔法陣を前に、聖職者たちは感極まったように涙を流しながら、両手を組んで神への祈りをささげ始めた。
祈りの祝詞が響き渡る部屋の奥から、一人の少女が表れる。金糸で詩集が施された法衣を身にまとい、手には純白の羽を模した飾りつけられてる長杖を持っている。
少女が魔法陣の前に立つとともに、祝詞が鳴りやみ、部屋にいた誰もが少女を見つめる。その視線に込められているのは、畏怖と敬愛。
皆の視線を一身に受ける少女は魔法陣に向けて長杖を掲げると、静かに詠唱を始めた。
「神よ 我らが敬愛し信じる神よ あなたの力を貸し与えたまえ」
清涼感のある声が静かに浸透する。そしてその声に反応するかのように魔法陣が輝きを強めた。
「我らに英雄の加護を 遥かなる遠い異界より 我らの救世主を」
魔法陣の光がより一層強くなり、光が荒れ狂う。魔力と聖光の入り混じった光だ。
「この世界に救いと栄光をもたらす 光の使者 あなたの選定せし勇者を」
やがて光は柱となる。暗かった部屋は立ち昇った光の柱に照らされる。聖職者たちは誰もがその光景に見入っていた。
「さあ開け 繋ぐ門よ 勇者の凱旋の始まりは ここにある」
少女がそう締めくくる。光の奔流はさらに激しさを増し、小さな太陽のような光量で爆発した。
聖職者たちはその光の奔流に飲み込まれ、意識を失う。少女だけが、最後までその光の中、しっかりと立っていた。
やがて光が収まると、魔法陣の上には、数人の男女――まだ年若い――がへたり込んでいた。全員が、状況を理解できずに、呆然とした表情を浮かべている。彼らの恰好は、この世界にふさわしくない学校の制服姿だった。
少女は、彼らから感じる、敬愛する神の気配を感じ取った。彼らこそ、我らが求めた勇者だと。
混乱している彼らの前に立つよ、少女は長杖を消し去り、胸の前で手を組んで祈りをささげるようにして、彼らにこう言った。
「我らの祈りに答えてくださり、ありがとうございます。勇者様方」
新作の執筆も同時進行で行いますので、更新頻度が下がります。すみません。
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