閑話 ノルンとのひと時
はい、四章に進む前の箸休め的な話です。三章では影の薄かったノルンにスポットライトを当ててみました。
巨神との戦いから三日がたった。すでに町の人たちの生活も元通りになり、僕も封印状態でのステータスやスキルの確認などを終え、冒険者稼業に戻っていた。
[神格化]によって封印されたスキルは、[神格化]、[龍化]、[邪力創成]、[漆黒質]、[移ろいゆく竜魂]、[混沌化]、[改竄されし系統樹]。幸いなことに、魔法が使えなくなるような事態には陥っていない。冒険者を休むことにならなくてよかったよホント。
で、今は依頼の帰り。今日の依頼はアースヒュドラの討伐。再生能力もちの多頭龍を炎魔法でウェルダンに焼き上げてきたところだ。
「アースヒュドラ……。あっさりとした肉が美味しいらしい」
「そうなの?じゃあ討伐部位の眼球だけ渡したら、残りは料理しようか。最近は二人で料理するのも御無沙汰だったしさ」
「うん、楽しみ」
今日はノルンと一緒だ。この頃は全員で行くとオーバーキルだとわかりきっているので、ローテーションでパーティーを組んでいる。昨日は月夜叉が一人で行く日だった。
ノルンとこうして二人でいるのも久しぶりだな……。ここんところ、ナルアとずっと一緒だったし。そう思いながら、隣を歩くノルンをちらりと横目で見る。
――――こうして見ると、やっぱりノルンって可愛いよな……。
眠たげな瞳に、小柄な体躯。小動物を思わせる可愛さがある。前世の妹と似た雰囲気もあり、こう放っておけない感じがある。
「……ネクロ、そんなにみられると恥ずかしい」
「え?あ、ご、ごめん。別に変な意味じゃ……」
「わかってる。それに……嫌じゃ、なかった」
「そ、そう……」
おおう。なんだろうこの湧き上がってくる感情は…。ナルアに感じる愛おしさとも、リンネに感じる安心する感じとも違う……。
「そ、それにしても、なんか今日、人が多いような気がするね」
「う、うん。どうしたんだろう……」
ちょっと微妙な空気が流れたので、勢いで話題転換。ノルンもそれに乗ってきてくれた。
いつものギルドに向かう道。確かにこの町では一番にぎわっているところだが、それにしたって今日は人が多い。いつもの倍はいるんじゃないかな?
そのままギルドに向かって歩みを進める……。が、なぜかギルドに近づくにつれて、人がどんどん増えていっている。ノルンの二人、そのことに首をかしげる。
そしてついたのは、ギルド前の広場。見ればそこには人だかりができている。何かを囲っているみたいだ。
「なんだろうね、あれ。大道芸でもやってるのかな?」
「どうなんだろう……見る?」
「見てみようか」
人込みをかき分けて、なんとか人込みが見ているものを見ることのできる位置まで移動する。そこにいたのは、真っ白なローブを着た、聖職者風の男。観衆に向けて、何かを得意げに話している。
「そう!あの巨大な怪物を滅した光、あれこそが神の断光なのです!私たちの危機に、神は救いを与えてくださったのですよ。さぁ、皆さんも神に感謝をささげましょう!神聖教会の名のもとに!」
……うわぁ。
「なんだろう……すごく、気持ち悪い」
「うん、激しく同意。気持ち悪い」
ノルンの完全に意見が一致した。だって、ねぇ?なんか恍惚とした表情を浮かべて、大げさな手振り身振りで天に語り掛けてる三十代くらいの男……控えめに言って不審者だった。
でも、周りの人の反応はそこまで悪くない。若干名、あの聖職者風の男と同じような顔をしているやつがいるけど。
これが教会……。聖神アイリスを信仰している世界最大宗教か。神聖教会。教会の総本山は一つの国だって聞いたけどホントなのかね?
ノルンはすでにあの気持ち悪い男を視界に入れたくないのか、そっぽを向いている。さっさとギルドに行った方がいいな、これは。
「我ら神聖教会は無敵!我らの祈りが神に届き、そして神の祝福を受ければ、あの程度の怪物など襲るるに足らず!魔物など脅威ではないのです!巨神を倒した神の断光をもたらしたのも我らの祈り!皆さんも神に祈るのです!我が生に幸と栄光あらんことを!」
と、さらにトリップしているのか、先ほどよりも大きな声で叫んでるんだけど……。これは、ちょっと。まるで今回の戦いに勝てたのが、自分たちが祈ったからだといっているようなものだ。それは戦っていた冒険者を馬鹿にする言葉。それを聞いて、冒険者だと思われる人たちは、怒気をはらんだ視線を聖職者風の男に向けている。
このままだとちょっとした暴力騒ぎになるかなーっと思い、巻き込まれないようにギルドへと向かおうと……したんだけど。
「何を言ってる。あの戦いに勝てたのは戦った冒険者たちのおかげ。少なくとも、あなたたちのおかげではない」
聖職者風の男にそう言葉を突き付けたのは、いつの間にか僕のそばから移動していたノルンだった。いつも以上に無表情無感動な瞳で、聖職者風の男を見つめている。そこそこの付き合いだからわかるけど、あれ―――かなり怒ってるな。
「な、なんだ貴様は……。いきなり出てきたかと思えば、戯言を。神の威光があったからこそ、戦いに勝利できたのだ。そして、その神の威光を顕現させたのは、我ら教会。なら、この戦いの最大の功績は、我ら神聖教会のものだ」
「戯言はあなた。神の威光なんてものはなかった。あったとしても、それは聖神のものじゃない。直接戦ったわたしたちがそれは一番知っている。龍の威を借るのはやめて。見てて不快」
おおう、ノルンさんがいつになく饒舌にしゃべってらっしゃる。しかも発言は結構熾烈だし。
ノルンの言葉に、最初は理解が追い付いていなかった聖職者風の男は、徐々に何を言われたのか理解しだし、その顔を怒りで赤くしていく。
「貴様!我らが神を愚弄するか!神聖教会の教えに背く異教徒が!」
「残念だけど。わたしは聖神教の信者じゃない。神は信じないタイプ」
「黙れ!愚か者が、神を侮辱するなど、天罰が下るぞ!」
「わたしが馬鹿にしたのは、あなたたちであって神じゃない。そんなこともわからない?」
「………ッ!き、貴様ぁーーーーーー!!!」
ノルンの淡々とした挑発に、どんどん憤る聖職者風の男。見た目は小さな少女なノルンに言い伏せられている大の男……。だっせぇ。
「さすがだぜ!ノルンちゃん最高!」
「し、神官様に逆らうなんて……なんて罰当たりな」
「あぁ!?俺らのアイドルを馬鹿にしてんじゃねぇよ!大体、神官どもが祈るだけでなんにもやんねぇのは事実だろうがよぉ!」
「な、なんだと!」
「なんだよ!」
ノルンに、いいぞもっとやれー!と歓声を上げる冒険者たちと、それに反発するものたちで言い争いになっていた。中には胸倉をつかみあっている人も。これはちょっとまずいな。冒険者たちは大丈夫だと思うけど、このままだと町の住人にけが人が出るかもしれない。
「ノルン、落ち着いて。気持ち話わかるし、その男は気持ち悪いけど、別にノルンが相手にする必要はない。ほっとこう、ね?」
「……ネクロがそう言うなら……」
しっかりと言い聞かせるように言うと、ノルンはさくっと神官の男から視線を外した。切り替えが早い。こういうところも妹に似てるんだよなー。
「……む、またネクロが変なこと考えてる」
「変なことって……。ノルンはいい子だなって思ってただけだよ」
「子ども扱い禁止」
そういって不満そうな眼差しを向けてくるノルンに、苦笑い。神官の男なんてもう気にかけてもいないようだ。もっとも……。
「な、お、おい!異教徒!貴様ぁ、無視するんじゃない!」
神官の男はそうはいかないようで、ちらりと肩越しに振り返ると、顔を怒りにゆがめているのが見えた。あーあー、元から大して見てくれがよくないのに、そんな顔したら不細工が加速するよ?
怒ってる神官の男はほっといて、周りの冒険者を落ち着かせる。Sランクであるノルンと、いろいろとやらかしている僕に注意された冒険者たちは、すぐにばつの悪そうな顔になって言い争っていた相手に誤っている。相手も熱くなっていた頭が覚めたようで、すぐに「いえいえこちらこそ」と頭を下げている。うん、よきかな良きかな。
……にしても、僕が声をかけた冒険者がひきつった顔をしてたのはなんでだろうね?
周りの喧噪も収まり、さぁギルドに行こうかとしたら……神官の男がとんでもない行動に出た。
「くそくそっ!異教徒の癖に、私に逆らうなっ!異教徒はこうしてくれる、聖槍!」
後ろで聖光が収束し、形を成してこちらに飛んできたのを察知。でも、発動速度を重視したせいか、収束が甘く、威力なんてほとんどないに等しい。これなら当たってもダメージにならないと思って放置する。
が、ここで予想外の行動に出る人物が一人。
「ネクロ!」
ノルンがバッ、と反転すると、跳んできた聖槍を交差した腕で受け止めた。
「きゃっ!」
傷も何もできないような一撃だったが、それでも腕で押される程度のダメージはあったようで、僕のほうによろめいてきたのをとっさに抱き留める。腕に収まったノルンの体を確認するが、怪我はない。
「ノルン、大丈夫?」
「うん、ちょっとよろめいただけ。聖光を使えるとは予想外」
「気を付けてよね……心臓に悪い」
「ごめんなさい」
そうやって素直に謝るノルン。ちゃんと反省しているようなので、よしよしと頭をなでておく。「……うぬぅ」と気持ちよさそうに目を細めている姿がなんともかわいらしい。
さて……。
「そこの白ごみ」
「へ?し、白ごみとは私のことか!?」
「この中に真っ白い格好してるのお前だけだろ?そんなこといちいち聞くなよ、頭悪いんじゃないの?」
「な、き、貴様も私を愚弄するか!信仰深き私を愚弄するのは、神に背くのと同義なのだぞ!」
僕の言葉にわめく神官の男……いや、白ごみ。怪我がなかったとは言え、ノルンを、僕の仲間を攻撃したのだ。それはもう、僕の敵ってことだよね?ふざけた暴言をぶつけたことも含めて、しっかりとお返し、しないとねぇ。異論は認めない。
どんな目に合わせてやろうかなぁ……。ふふふふふ……。
「な、何をするつもりだ!近寄るな、この異教徒がっ……や、やめろ、そ、そこは!やめてくれ、そ、そんんこと……血も涙もないのか貴様。あ、いや、やめてください……ひ、ひぃ……嫌だ、いやだ……………………ギャァアアアアアアアアアアアアア!!」
………数分後、人がまばらになった広場の一角に、顔に「私はゴミクズにも劣るパーフェクトクズ野郎です」と書かれた、半裸の神官の男が正座するという、奇妙な光景があったとかなかったとか。
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「ふぅ……なんか疲れたね」
「うん、大体全部あいつのせい」
ギルドに依頼の報告を終えた僕たちは、宿へと変える道を歩いていた。なんか妙に疲れたのは……あの白ごみのせいだな。間違いない。
「ねぇ、ネクロ。ちょっと寄り道しない?」
「寄り道?時間はあるからいいけど……どこ行くの?」
「それはついてからのお楽しみ」
ノルンは突然そんなことを言うと、僕の手を取って、宿とは反対方向に歩き始めた。そのままノルンにされるがままで後をついていく。最初は、ギルドに何か忘れ物でもしたのかと思ったんだけど、途中で脇道にそれたので、違うらしい。
そして、道を曲がること十三回、塀の上を通ること五回、階段を上り下りすること三回、チンピラにからまれること六回とちょっぴり過酷な道をいくこと三十分。たどり着いたその場所から見えたものに、僕は視線を奪われた。
「うわぁ………すごい」
「でしょ?」
ノルンが得意げな声を上げる。無表情な瞳も、どこか「ふふんっ」といった感じだ。
ノルンが連れてきてくれたのは、オルトの町が一望できる高台。そこから見る街の景色は、よくできたパノラマのようだった。
「ここはわたしのお気に入りの場所。暇なときはよく来てる」
「へぇ、そうなんだ……。リンネも知ってるの?」
「ううん。わたしだけの秘密の場所。街の人でも知ってる人はほとんどいない」
「え…よ、よかったの?」
秘密の場所、と聞いて少しあわてたような声になる。でもノルンは少しも気にしてないような……それどころか、どこか嬉しそうだった。
「ふふっ、わたしとネクロ。二人だけの秘密」
「そっか。でも、どうして教えてくれたの?」
「さっき、助けてくれたお礼。あと、お詫びも」
「お詫び?」
「うん。……あの戦い、わたしは何もできなかった。ネクロが大変だったのに、わたしは何もしてあげれなかった。だから、そのお詫び」
ノルンはそう、申し訳なさそうな、それでいて、自分を責めているような雰囲気で、そういった。まるで、叱られるのを待っている子供のようなその姿に、思わず笑みが漏れてしまう。
笑った僕を見て、ノルンがきょとんとした顔をする。それがおかしくて、ついつい声を上げて笑ってしまった。
「むぅ、笑うのはひどい」
「ははは、ごめんごめん。そうやってるノルンがかわいくってつい、ね」
そう言ってノルンのさらさらの髪を優しく撫でる。くすぐったそうにしているノルンと視線の高さを合わして、その瞳を見つめながらゆっくりと、囁くように語りかける。
「じゃあ、そのお礼だけ貰うよ。ノルンは約たたずじゃないし、何時も助けられてる」
「······ほんとう?」
「本当に。巨神との戦いだって、ノルンがいたから僕は魔物の群れを気にせずに戦えた。ノルンがいなかったら、もっと大変だった。僕はそう思ってる。それに、ノルンが何もできなくたって、それでノルンのことを嫌いになったりはしないよ」
「ネクロ···········ネクロっ!」
ぎゅっと抱きついてきたノルンの頭を、ポンポンと優しく叩く。ノルンの気持ちが伝わってる事を示すように、ゆっくりと。
しばらく僕の胸に顔を埋めていたノルンは、そっと顔を上げて、見とれてしまいそうな、澄んだ笑顔を浮かべた。
「ネクロ、大好き」
その笑顔を見た途端、また湧き上がってきた、よくわからないあの感情。でも、今ならわかる。これは……この感情は…………。
萌えだッ!!
このあと、閑話を少し挟むか、すぐに新章に行くかはちょっと不明です。作者の心次第ということで……。
では、四章のタイトルコールを。
『王都と勇者邂逅』
よろしくお願いしまーす!




