そして巨神が滅ぶとき
うし、三章ラストバトル。三章はあと二話くらいで終わります。たぶん。
仰々しく名乗りを上げたネクロは、あっけにとられている巨神に向かって高速で接近する。一つのスキルを発動させながら。
「[龍化]」
ネクロがそうつぶやくと、その体は闇に包まれる。ネクロを包んだ闇は一気に膨張する。その大きさは魔帝死霊龍の時と比べて、十メートルは大きい。蛇のように長く伸びた闇は、一度大きくうねると、役目を終えたといわんばかりにはじき飛んだ。
そして現れる、漆黒の龍。艶消しされた黒のような、光を反射しない漆黒の鱗。風にたなびく純白の鬣。背に生えている翼は左右に五対と、中心に一枚。計十一枚だ。放たれる威圧感は、巨神に引けを取らない強大なもの。
グルラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
龍化したネクロが咆哮する。それは大気を破壊しながら巨神に叩き付けられる。魔力の宿った咆哮はその大音量にふさわしい破壊力を見せた。咆哮から身を守るようにスルトは巨剣を盾にし、ティフォンは障壁を張り巡らした。そんなものは関係ないといわんばかりに巨神の防御を吹き飛ばす咆哮は、スルトとティフォンがとっさに纏った神気によって霧散させられた。
「やっぱり、その神気が厄介だな。まぁ、厄介なだけだけど。[漆黒質]、[移ろいゆく竜魂]、[邪力創成]、[混沌化]、[神格化]」
龍と化したネクロが、自分を強化するスキルを次々に発動させる。四種の力の合成である漆黒がネクロを覆い、世界構成の力がその周囲を渦巻く。
そして、[漆黒質]とは違う、黒というよりも闇色と表現すべき色のオーラがネクロに絡みつく。それは邪力。聖光と対をなす力。邪神の象徴。
[漆黒質]、世界構成の力、邪力の三つが混ざり合おうとする。だが、聖光と邪力が反発し、世界構成の力との融合もうまくいかない。だが、そこに[混沌化]の力が入り込む。
[混沌化]。それはすべてを一つにしてしまう力。反発しようが、相性が悪かろうが、関係ない。一切合切を混ぜ合わせ、無理やり親和させる。正確には、相克を打ち消しているのだ。そして残るのは相乗だけ。力同士が共鳴し、その効力を引き上げていく。
さらに、邪力の特性が全体的な性能を向上させていく。邪力とは、聖光と対をなす力。聖光の特性は浄化。言い換えれば、「自分が悪と認識しているものを消し去る」という力なのだ。そして、邪力の特性は邪悪。それは、「自分が善と認識しているものを増幅する」というもの。つまるところ、聖光とは減衰の力。邪力とは増幅の力ということだ。[混沌化]によって聖光と邪力のまじりあった力は、自分の攻撃を増幅させ、相手の防御を減衰させるという反則じみたものになっている。そこに、他の力の特性まで加わっているのだ。恐ろしいものになっているのは簡単に想像できる。
しかし、ネクロはそれだけでは止まらない。最後に発動したのは、[神格化]。勇者タリオンの使用していた[半神化]の上位スキルにして、眷属神にだけ許された力。その効果は自らの主神の神格を一時的に自分に宿すというもの。ステータスの限界突破に、神気までもを使用することができるようになる。
ネクロの体に、神の権能が宿った。そのことにより爆発的に加速したネクロは、音の壁を越えて、ティフォンに突っ込んだ。体に纏った混沌を前面に集めた状態で行使された体当たり。すさまじい轟音と衝撃波をまき散らしながらティフォンへと叩き込まれたそれは、巨神の巨体を宙に浮かし、そのまま吹き飛ばした。
スルトですら反応できない速度で行われた体当たり。しかしネクロの攻勢はそれだけでは終わらない。ネクロは左右五対の翼に混沌をまとわせると、その形状を鋭い刃のように変えた。そして邪力の働きかけで切断力を最大限に高める。
「黒刃翼の乱閃」
超音速で飛行するネクロが、宙に浮いたティフォンの下半身のあたりを黒き線となって駆け回る。一拍おいて、ティフォンの下半身の蛇頭が細切れになった。切断された肉片は大気に溶けるように消えていった。切断面から血は出ていないが、痛みはふつうにあるらしい。ティフォンは声にならない叫びをあげ、顔を苦痛に歪ませる。宙に浮いていた巨体は地面に叩き付けられる。大質量が叩き付けられた地面が、地震を起こしたかのように揺れた。
ネクロは下半身の蛇頭を失い、地べたに這いつくばるティフォンにネクロは襲い掛かる。ネクロはティフォンの顔のそばに近づくと、龍の口元を歪ませ、鋭くとがった牙を見せつけるようにして笑った。
「巨神ティフォン。貴様にはボロボロにされた恨みやらひたすらにけなされた恨みがたくさんある。まぁ、我は貴様のような矮小な存在に何を言われようとなんの痛痒もない。だが………貴様は我が最愛をゴミ呼ばわりしていたな?それは絶対に許されない罪だ。その報いを受けてもらおうか」
『な、何を…するつもり、じゃ…………?』
「すぐにわかる。[霊能力]、憑依発動」
ネクロは自分の体を霊体化させる。そして解けるようにしてティフォンの中に憑依した。
『わ、ワシの中に……!?や、やめろ!何をするつもりじゃ!』
「そんなに慌てることはない。ただ……」
――――――貴様の存在を、内側から滅ぼすだけだ。
ネクロはそうささやくと、ティフォンの魂に攻撃を加え始めた。魂に直接傷を負うという最大の苦痛にティフォンが叫びをあげた。しかし、その絶叫も、次第に小さく、かすれたようなものになっていく。憑依されてしまったら最後、防御の手段何度ない。それはすべての生命にとって等しい弱点。ネクロはティフォンの魂を一気に破壊することはせず、少しづつ少しづつ、壊していく。そのたびにティフォンには耐えがたい痛みが襲っている。すでにティフォンは、声すら出せない状態になっていた。スルトもどうにかしようとするが、魂の領域に潜りこまれたら外界から何かをするのは不可能だ。神気の攻撃なら憑依しているネクロにも有効かもしれないが、そんなことをすれば、ティフォンもただでは済まない。
もし、憑依されたのがティフォンでなく、スルトだったとしたら、こうはなっていなかっただろう。戦士としての誇りを持つスルトでは、オルドの町へ攻撃するなどと言ってネクロを脅すという選択肢を選ぶことができなかった。憑依している間は、外界からの干渉を受け付けないということは、自分も外界への干渉が不可能になるのだから、それを逆手に取ることもできただろう。
それを見越して、ネクロはティフォンを先に滅ぼすことにしたのだ。決してナルアをけなされたことにガチギレしていたわけではない。ないったらない。
「さぁ、これで終わりだ」
ネクロは度重なる攻撃でボロボロになったティフォンの魂を、一刀のもとに切り裂いた。魂を完全に破壊されたティフォンは、因子に還元され、世界構成力の渦へと解けていった。その巨体が消え去り、あとには霊体化をといたネクロだけが残った。
『て、ティフォン……巨神が二柱も、劣等種ごときに滅ぼされるだと……?ありえない……そんなことは、あってはいけないのだ……』
「クククッ、ありえないだと?なら、貴様の身をもってそれが真実だと教えてやろう」
ティフォンが消え去った後を眺め、スルトは呆然とした表情を浮かべた。そして、悠々と攻撃もせずにスルトの眼前に飛んできたネクロを、強くにらみつける。
『黙れ!劣等種がぁ!』
「おっと」
ネクロは振るわれる巨剣をひらりひらりと回避する。何度も何度も振るわれる巨剣は、一度としてネクロをとらえることはなかった。
そして、放たれた斬撃が百を超えたところで、ネクロがスルトの巨剣に混沌をまとわせた翼で切り裂いた。斬り飛ばされた巨剣の切っ先は、地面に突き刺さる前に、ネクロのブレスによって吹き飛ばされた。
「チェックメイトだ、スルト」
『………ッ!!ふざけるなぁあああああああああああああああ!!!』
スルトが半分ほどの長さになった巨剣をがむしゃらに振るう。ネクロはそれを切り飛ばした方と同じよううにブレスで消し飛ばすと、詠唱を始めた。
「混沌を生み出し邪神の眷属が命じる 我が元に集え崩壊の因子よ 我が力を餌としてその猛威をふるう許可をくれてやる 絶対的な破壊とは何かを見せつけろ 汝が存在する意味は破壊 汝に許された唯一は破壊 汝よ我にたてつく愚か者に 裁きを振り下ろせ
『啼き轟く破壊惨歌』」
ネクロの混沌が、一度見えなくなるまで収束した。そして、それは音となり解放される。音とは空気の震え、つまり、下界にいるものは一匹残らずこの破壊の歌を聴くことになる。だが、ネクロが指揮者のように指を振るうと、音は指向性をもってスルトへと襲い掛かる。音が空気の震えを引き起こし、その震えはスルトを構成する因子を崩す。因子の崩壊が始まったスルトは、光の粒子へとその身を変換し、天に昇っていく。
どこか神秘的で、そして背筋が凍るような恐怖感を覚えるその光景は、見るものに畏怖の感情を抱かせた。
オルドの町の防壁の周りでその光景を目にした冒険者たちは、心を奪われたようにその光景にくぎ付けになっていた。魔物すでに殲滅されている。冒険者たちは勝利の喜びに打ち震えるのも忘れて天に上る光を眺めている。おとぎ話や神話のような光景、そこに宿る神秘性が、冒険者たちの視線をつかんで離さない。
「………………神罰」
冒険者の誰かがそうつぶやいた。そのつぶやきは痛いほどの静寂のなかで嫌に響いた。そして冒険者たちはそれに触発されたように、異口同音に神罰だ、と言い始めた。
神罰という言葉がすべての冒険者に伝染したころ、巨神スルトの体は完全に因子となり、魂がひときわ強い光を放ち、そして。
巨神スルトという存在は、完全に消滅した。
ネクロくん、驚きのパワーアップ。そして何気にはじめてつかわれた憑依のスキル。一応最初からもっとンたんよ?
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