リンネお姉ちゃん
お久しぶりです。四日ぶりですかね?
ナルアに抱かれているネクロから、闇を凝縮したような色のオーラが吹き出し、その体を包み込む。そして、役目を終えたナルアは、力尽きたようにだらりと脱力すると、そのまま地面に向かって落下していった。
(う……こ、これで…ネクロは…………)
ナルアは薄れていく意識の中、次第に距離が離れていくネクロを包む闇を見やる。球体となってネクロを包み込み、時折ドクンと胎動するそれは、孵化寸前の卵のようだった。
本体との中継地点の役割を果たしたナルアの分体には、もうほとんど力が残されていなかった。風を切って落下し、最後は地面に叩き付けられこの分体は壊れるだろう。また作れるとはいえ、地面に叩き付けられる痛みはかなりのものになるだろう。ナルアは痛みに備えるように目をギュッとつむった。
「ナルアぁあああああああああああああああああああ!!」
ナルアが瞳をつぶった瞬間、彼女の名を呼ぶ声がナルアの耳に届いた。驚いて目を開けば、飛行魔法でこちらに向かってくるリンネの姿が。リンネはそのままナルアに近づくと、風の魔法でナルアの落下速度を抑える。そしてその両腕でナルアの体を抱きかかえた。
「ナルア!大丈夫!?」
「り、リンネ……?どうして……」
「とにかく、大丈夫!?」
「う、うん…。分体のエネルギーがもうほとんど残ってないから、一回休んで補給しなくちゃいけないけど……」
「怪我はないのね。それならよかった」
リンネはそういってほっとしたような笑顔を浮かべた。ナルアはその笑顔に安心したようにため息をつき、「ありがとう」とお礼を言った。そしてもう一度リンネに問い掛けた。
「リンネ、どうしてここにきたの?下の魔物は?」
「下の魔物の中でも、ランクの高いやつはほとんど倒してきたわ。あとは冒険者のひとたちだけでもなんとかなるわ。グランドさんもいるし。それで、ここに来たのは月夜叉に言われたからよ、『王が危ない』って」
「月夜叉が……?」
月夜叉はネクロと主従の契約を結んでいる。その恩恵の一つに、主の簡単な状態と現在位置を知ることができるというのがある。魔力を回復させる傍らで、ネクロが瀕死状態になったことを知った月夜叉は驚愕を浮かべつつ、そばにいたリンネにすぐさまネクロの状態を知らせた。それを聞いたリンネは魔物を殲滅する役目をその場にいた、他の冒険者に任せ、急いでネクロのもとに飛んできたのだ。その途中で空から落下してくるナルアを見つけ、慌ててキャッチした、ということだった。
「それでナルア。ネクロはいまどんな状態なの?」
「ネクロは……今、邪族に特異進化してるところだよ」
「邪族……って、あの邪族!?」
「うん」
リンネが驚きの声を上げる。様々な魔法を身に着け、『叡智の賢者』という二つ名を持つリンネは、当然のように魔法以外の知識も豊富だ。そんなリンネでさえ、邪族の知識はほとんど持っていなかった。邪族とは邪神の眷属と言われている四強の一種。聖神と邪神の争いにて邪神の軍勢として戦うという伝説しか残っていない。そんな謎に包まれた存在が出てきて、リンネの知識欲に火が付く。
「ねえねえ、ナルア。邪族って言うのはどんなものなの?邪神であるナルアの眷属なんでしょ?」
「う~ん、実はわたしもよく知らないんだ。だって、わたしの眷属は今のところネクロだけだし。そのネクロだってなにか悪影響があるかもって今まで邪族化を封印してたんだもん」
「そうなのね……。じゃあ、なんで今になってその封印を解いたの?」
「このままじゃ、ネクロが死んじゃいそうだったから。わたしにできることは、そのくらいしかなかったんだ」
ナルアは自虐的に微笑む。本当に自分は守られてばかりだと、ネクロのために何かしたいのに、何もできない。そんなジレンマがナルアをさいなむ。
ナルアは邪神だ。この世界の創造神を除いた中で最上位の存在。その力は計り知れない。だが、ナルアにとって、そんなことはどうでもよかった。万能に近い力を持っていようと、愛する人の力になれない。その事実がナルアから笑顔を奪う。
沈んだ表情のナルアを見て、リンネはふうと嘆息した。そして、
「ねぇ、ナルア」
「………………なに?」
「そりゃ!」
「ふぎゃ!」
思いっきり、ナルアの頬っぺたを引っ張った。
「ひひゃい!ひひゃいほ、ひんへ!」
「何を言ってるか、全然わかんないわよー。それそれー、うにうにー」
「ひゃへへーーーー!!!」
じたばたするナルアだが、全く抵抗できていない。純粋な身体能力で優っているリンネは、ひとしきりナルアの柔らかな頬っぺたで遊ぶと、その手を離した。
そして真っ赤になったほっぺをさすっているナルアの顔を覗き込むと、よしっというように笑顔を浮かべた。
「うん、少しは元気が出たかしら?」
「ふえ?」
よくわからないという表情を浮かべるナルア。その中にさっきまでの沈んだ様子はない。そのことに気づいていないナルアに、リンネは語り掛ける。
「ねぇ、ナルア。ナルアはネクロの力になりたいのよね?」
「……うん。でも、わたしはネクロに助けてもらってばっかりで……ぜんぜん、ネクロに恩返しできてない」
「それ、完全に勘違いよ。少なくとも、ネクロがそんなことを考えているなんて思えない」
「な、なんで……?」
「ナルア、ネクロの一番近くにいるあなたに、それがわからない?」
「………………………………うん」
しょぼんといった様子で目を伏せるナルア。リンネはそんな彼女の頭に手を置き、ゆっくりと動かす。
「まったく、本当はこんなこと、私が言うのも変なんだけど……。ナルア、あなたは十分…ううん、それ以上にネクロの力になってるわよ」
「そ、そんなこと……」
「ないって言うのはなしよ。少なくとも、私はあなた以上にネクロを笑顔にできる人を知らない。ネクロが楽しそうにしてるのは、いつもあなたといるとき。ネクロが我を忘れるほどに怒るのだって、あなたのことだけ。……まったく、妬けるわ」
「そ、そうかな……えへへ」
「うん、その反応はイラつくわ。うりうりー」
「ひゃへへひゅひゃひゃひーー!」
また頬っぺたを引っ張られるナルア。戦場とは思えないなんとも緩んだ空気がながれる。ちなみに先ほどから何度も名前の挙がっているネクロは、まだ闇の球体のままである。
「……ま、これだけは覚えておきなさい。あなたはネクロのためになっている。それは、あなたたちをずっと見てた私が保証するわ」
「リンネ……。ふふっ、リンネって、なんかお姉ちゃんみたい」
「年齢で言ったら、リンネのほうがよっぽどお姉さんじゃない」
「……それを言ったら戦争だぁ!」
「きゃっ!ちょ、痛い痛い」
空中でドタバタと暴れまわる二人。そこにもう暗い雰囲気はなかった。ひとしきり騒いだ後、二人は地上のオルドに向けて飛行する。
その時だった。
飛行中の二人を、正体不明の威圧感が襲う。その威圧感が放たれてきた方向は……ネクロが収まっている闇の球体がある方向。リンネとナルアがそちらに視線を向ける。そして、二人の表情に明るさがさす。
「「ネクロ!」」
さて、次は進化だよー。
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