オルドの町の防衛線2
オルドの外壁のそばで始まった、魔物の軍団と冒険者たちの衝突は、圧倒的な数の差を経験や技、時には気合と根性で切り抜ける冒険者たちが、確実に魔物の数を減らしていた。剣士の斬撃が狼型の魔物の首をはね、その剣士を狙った攻撃を、後ろから短剣使いがはじく。攻撃をはじかれた魔物には、外壁の上から放たれた炎弾が襲い掛かった。自然と成り立つ連携、それはただ命を奪おうとしてくる魔物には到底不可能なもの。戦いを続けていくたびに、冒険者側の連携はさらなる一体感を持ち始める。
冒険者の誰もが、オルドの町を守ろうと奮戦する。しかし、魔物たちもただ黙ってやられはしない。ランクの低い魔物の群れが一度途切れた。魔物の数が減ったのかと一瞬気を抜いた冒険者たち。だが、魔物は減ったのではない。
「ぐぎゃアアアアィアアアアアアひゃあアアアアアアアアアア!!」
鼓膜をぶち破るほどの金切り声が、冒険者たちを襲う。一度後退した魔物の群れの中から飛び出してきたのは、頭部が異常に発達した鳥の化物。ランク8の怪鳥型の魔物、ノイズイーグル。異常に発達した頭部で増幅された超音波で相手の行動を封じ、風の刃で切り裂く。単調だが、それゆえに対処の難しい魔物だ。
ノイズイーグルの超音波をくらい、その場に崩れ落ちる冒険者たち、彼らに向かって鋭利な風の刃が放たれる。だが、それが冒険者たちに届くことはなかった。
「せいッ!おら、休んでる暇はねぇぞ!」
飛来する風の刃を切り裂いたのは、巨大な戦斧を片手で振り回す大男、ギルドマスターのグランドだった。固有スキルの[魔を断つ刃]はその力をいかんなく発揮し、風の刃を切り裂き、霧散させた。そのまま地面を強くけり、空へと跳躍、体に纏った錬気法の力を戦斧にもまとわせ、ノイズイーグルを頭から股まで一直線に両断した。
「す、すげぇ……。これが元Sランクの力なのか……」「すさまじいとかいうレベルじゃねぇな」「ああ、しびれるぜ」「俺らも、このまま転がってないでさっさと戦うぞ!」「「「おうっ!」」」
グランドに触発された冒険者たちは、各々の武器を手に、魔物に襲い掛かる。先ほどまでより強い気迫で、魔物の命を奪っていく。グランドという冒険者の頂点にいる存在の力をこうやって間近で見られて、血の騒がない冒険者はいない。グランドはこうやって戦場を駆け回ることで、冒険者たちの死亡率を下げると同時に、その士気を上げているのだ。普段はだめなオッサンでも、有事の際はできるオッサンになるグランドだった。
そうやってグランドが戦場を駆け回っている中、リンネは外壁の上で杖を片手に静かにたたずんでいた。リンネの手に握られているのは、解放状態の【千呪魔天 ファンタズマ】だ。
「魔力安定………杖との親和率、百パーセントを突破…………魔法陣の構築、完了…………魔力暴走…………暴走の制御、成功………………いけるわ!」
リンネがそう宣言すると、魔法使いも弓士も、一斉に攻撃をやめた。それを合図に、前衛職の冒険者たちも、いったん戦線を下げた。魔物の群れがその隙間に入り込むが、冒険者たちは必死に後退していく。それは、これから放たれるリンネの魔法に巻き込まれるのを恐れているからだ。
「見せてあげる。遥か昔にすたれた古代魔法の威力を、その目に焼き付けて死になさい」
リンネが杖を一振りする。すると、魔物たちの上空に、無数の魔法陣が空を覆いつくすように展開された。魔法陣は魔物の群れの半数を飲み込むようにドーム状になると、激しく魔力をスパークさせる。ドーム状の魔法陣にとらわれた魔物たちは、どうにかして逃れようともがくが、そんな抵抗はむなしくねじ伏せられる。
リンネは魔法陣の展開を確認すると、詠唱を、詠い始めた。
「私が創り出すのは、境界に閉ざされし世界。それは罪人を罰する処刑場。その罪にふさわしき報いは死。汝らに許された贖罪は死。閉ざされた扉の中で、断末魔を響かせろ。赤き血潮が大地を染め、魂は地獄に堕ちる。嗚呼、罪深きものよ、これが私にできる最大の慈悲。死こそ、慈悲。
――――――『咎ノ牢獄』」
リンネの詠唱が終わるとともに、魔法陣の輝きが一層強くなる。紫紺の光をほとばしらせる魔法陣は、その内に閉じ込めた魔物に向かって、無数の閃光を走らせた。魔法陣の中で、閃光に貫かれた魔物たちが、苦し気な表情を浮かべ、何かを叫んでいる。しかし、それは魔法陣の外には聞こえない。閃光が地面を穿つ音も、魔物の体が地面に打ち付けられる音も、何一つ聞こえない。怖いくらいの静寂が、戦場に流れた。冒険者も魔物たちも、その凄惨な光景に一時的に足を止め、見入っていた。紫紺の閃光が何条も走る魔法陣の牢獄。美しさすら感じさせる残酷な処刑場。
冒険者たちはその魔法の使用者に、畏怖交じりの視線を向ける。リンネはそんな視線など気にならないとでも言いたげな態度で戦場を睥睨する。
(な、なんか私、怖がられてない?なんで魔物に恐怖を覚えないで、私を怖がるのよ!)
しかし、その内心では冒険者たちから向けられる視線にご立腹のようだった。Sランク冒険者とはいえ、リンネも一人の少女だ。他人から好き好んで怖がられたいなどと思っていない。リンネの不機嫌な雰囲気に充てられた、リンネのそばにいた魔法使いの女性が、「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。
「…………………………処刑実行」
不満げな口調で告げられたのは、本当の意味での終わり。リンネがそうつぶやいた瞬間、ドーム状だった魔法陣がどんどん縮小していく。中にいる魔物の残骸を圧縮しながら、戦場を覆っていた魔法陣は、手のひらサイズまで縮小した。
漆黒の箱となった魔法陣は、リンネの手元に戻る。リンネは戻ってきた漆黒の箱に手を伸ばすと、それをギュッと握りつぶした。
「残りもやっちゃいましょうか。鉄杭の黒乙女、断頭台」
リンネはそういうと、握りつぶした魔法陣を、魔物の軍団のほうに放る。魔法陣は魔物たちの頭上で形を変える。一つは、背中に鉄杭でできた翼をもつ乙女の彫像、もう一つは、肉厚な刃を持った、喪服をまとった女。リンネが杖を指揮棒のように振るうと、その二体は魔物に襲い掛かった。
鉄杭の乙女が背中の羽から鉄杭を高速で降り注がせる。喪服の女は巨大で肉厚な刃で魔物の首を適格に落としていく。
「な、なんだこれ……」「魔法なのか?」「こんな魔法、見たことも聞いたこともない……」「召喚?結界?攻撃?……わ、わからん」「さすがはコードさん。これがSランクの実力……ちょっと、怖い」
「あーもう!ぐちゃぐちゃ言ってないで、さっさと戦闘に戻りなさい!」
「「「「い、イエッサー!」」」」
リンネの叱責を受けて、外壁上の魔法使いたちが、攻撃を再開する。降り注ぐ魔法に、前衛職の冒険者たちも、戦線に戻っていく。この時点で魔物の軍団は半分ほどに減っていた。
「ふぅ、先ほどの魔法はリンネ殿のものか?危うく死ぬところだったぞ?」
「あれ、月夜叉?あなた、ネクロのところに行ったんじゃなかったの?」
「その王からこちらに行けと言われたのだ。まったく、王は小生の使いが荒すぎるぞ……」
外壁の上に登ってきた月夜叉がリンネに声をかける。ジュウニシンショウの能力、『十二神将』はすでに解除されており、リンネがよく見れば、月夜叉自身の魔力もほとんどつきかけていた。
「西側の魔物は大半を壊滅させた。正面はこの様子なら大丈夫だろう。東側は?」
「あのデカいのがいるほうでしょ?あっちはノルンとAランク冒険者が対処してるわ」
「ノルン殿が、か。ならば大丈夫だろう。小生は少し休ませてもらう。回復したら、王のもとに行かなければならないからな」
「そう、私もここがひと段落したら、ノルンのほうに行くつもりだから、それまで休んどきなさい」
「承知した」
そういうと月夜叉は静かに瞳を閉じて、瞑想の体制に入った。リンネはそちらほうを一瞥すると、ネクロと巨神が戦っている方を見る。
「……さ、ここをさっさと片づけちゃいましょうか!」
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