魔術師が語る拳の美学 3
はい、ごめんなしあ。テスト週間はあと三日で終了します。それからは元の一日一話に戻せるかと……。
イートを瞬殺したネクロは、驚きに固まっている『赤竜の咆哮』のメンバーを見据えると、そのうちの一人に焦点を合した。
「ひ、ひっ!」
ネクロの眼光に晒された戦鎚を装備した男は、喉の奥から絞り出したかのような悲鳴を上げ、一歩後退する。その次の瞬間には、その男の前に体を沈めたネクロが拳を握りしめていた。一瞬で間合いを詰めたネクロに『赤竜の咆哮』のメンバーは誰一人として反応できていなかった。アレイスでさえ視界を横切った黒い影を見ただけ。
ネクロは戦鎚を持つ男を一瞥すると、握りしめた右の拳をその戦鎚に叩き込んだ。すさまじい破壊音とともに崩れ落ちる戦鎚に、男は顔を青ざめさせる。その隙にネクロはもう一歩踏み込んで、男の胴体に肘を叩き込む。ズンッという音が響き、男は数十メートルの距離を水平に吹き飛んだ。その光景に『赤竜の咆哮』の面々は目が点になる。人間が、それもそこそこ大柄な重装備の男が水平に吹き飛ぶなど、大型の魔物の突進をまともに喰らわない限りありえない光景だ。ちなみにネクロが拳で戦鎚を砕いたことは衝撃的すぎて逆に驚かれていない。
ネクロは吹き飛んでいった男などまるで気にした様子もなく、次の標的に目を向ける。狙われたのは近くにいた双剣の男。ネクロは標的をロックオンすると、今度は地面をけって宙に飛び上がった。そこでようやく自分が狙われていることに気が付いた双剣の男は、慌てて自分の武装を構える。そして宙にいる状態なら対応することができないと踏んだのか、双剣に魔力を流し込み、斬撃を飛ばしてきた。
ネクロはそれを蹴りで迎撃。あっけなく砕け散った斬撃に、双剣の男は「はへ?」と妙な声を上げる。そして斬撃の迎撃で体勢を整えたネクロは足刀を男のこめかみあたりに叩き込んだ。意識を刈り取られた男が崩れ落ちる音と、ネクロが着地する音が重なった。
「うらぁっ!」
着地の瞬間、今度は大剣を持った男がネクロに襲い掛かる。完璧なタイミングの奇襲。男は攻撃の成功を確信しているのか、その口元には笑みが浮かんでいた。
しかし、その笑みが驚愕に変わるのに、一秒とかからなかった。ネクロは振り下ろされる大剣を、あろうことか右手の人差し指ではじき返した。その衝撃でのけぞる大剣の男に、しゃがんだ状態から立ち上がる勢いに任せたアッパーカットが叩き込まれる。顔を真下からぶち抜く一撃に、男の体は宙を舞った。そして追い打ちとばかりにネクロに蹴り飛ばされ、後ろからネクロに襲い掛かろうとしていた槍を持った男に突撃させられた。仲良く地面に転がる二人を、ネクロは容赦なく踏みつけて蹴っ飛ばす。
ネクロの戦闘を見ていたグランドは、今、自分の頬が盛大にひきつっているのを感じていた。
ネクロの近接戦闘は、一見すれば危なげのない完璧なものに見える。だが、そこに技術や経験など、積み上げてきたものは一切感じられない。要するに、スペックが違い過ぎるのだ。たとえるなら、自転車でランボルギーニとカーチェイスをするようなもの。
ネクロの戦い方は、グランドのような純粋な近接職からしたら、馬鹿にしているのかと激昂したくなるものだ。そもそもネクロは後衛職。近接戦闘は門外のはず。本来なら魔法を使って戦うのが後衛職であり、ネクロが近接戦闘をしているのは「後衛職相手に近接職が近接戦闘でぼこぼこにされるのってどんな気持ち?」というネクロの無言の煽りであり、グランドもそれを知っているから、ネクロの戦い方を見て、頬を引きつらせるだけで済んでいるのだ。
では、実際に戦っている『赤竜の咆哮』のメンバーやアレイスからしたら……?
そんなもの、『悪夢』以外の何物でもないだろう。
(ば、ばかな……。なんなんだ、あれは!あの無礼者は魔法使いではなかったのか!?なぜあんな無茶苦茶な戦い方で皆を倒せる……?)
アレイスはネクロに蹂躙されていく己のクランメンバーを眺めながら、呆然としていた。今もネクロは『赤竜の咆哮』のメンバーを、その拳と蹴りで打ち倒している。アレイスの目から見ても、ネクロの動きは巧いとは言えない。はっきり言って町の喧嘩慣れしたならず者のほうがいい動きをするだろうとさえ思う。
だが、いくら技術があろうと、蟻が龍に勝てるはずがない。根本的にスペックに差がありすぎる。小手先の技術などは無意味なんだと目の前に突き付けられている。
アレイスはネクロを見て、沸々と怒りがわいてくるのを感じていた。ネクロのやっていることは、アレイスがこれまで積み上げてきた努力を完全に見下したものだ。そんなものをまざまざと見せられて冷静になれるものはいない。いたとしたら、それはそのことに対して本当は真剣ではなかったということだろう。
アレイスが怒りを滾らせてネクロに向かおうとした瞬間、今まさに短剣使いの男を手刀で沈めたネクロが、アレイスのほうに視線を向けた。その視線を受けたアレイスの体は、彼の思考を離れひとりでに停止した。ネクロから突如放たれた威圧感に、思考する前に体が反応したのだ。
アレイスを見つめるネクロの目はこう語っていた、『お前は最後だ』と。蛇ににらまれた蛙のように、アレイスは動けないままで、倒されていく仲間をただ見つめていた。
一人、また一人と『赤竜の咆哮』のメンバーがネクロに打ち倒されていき、とうとうアレイス以外の全員が倒れてしまった。意識を失っているもの、痛みにあえいでいるものとでちょうど半々が、地面に転がっているその光景は、まるで地獄のようだった。
その中心に立ち、うつむいているネクロは、さしづめ地獄の獄卒だろうか?手足を赤に染め、純白の髪のあちらこちらに赤い斑点ができているその姿は、本当に悪魔のようだった。
そして、悪魔はうつむいていた顔をそっと上げ、アレイスのほうを向いた。
「……あとは、お前だけだ。私に敵対する愚かさをかみしめながら、死ね」
悪魔はそう魔力にのせた声でつぶやく。耳元にいきなり響いた冷淡な声に背筋を凍らせたアレイスは腰に帯びていた剣を抜き去り、ネクロから大きく距離をとった。
「どうした?先ほどまでの威勢はどこに行った?確かお前ら『赤竜の咆哮』に逆らったことを後悔させてくれるんだったな。さぁ、早く私を悔やましてみろ!」
ネクロはそう叫ぶと、一足飛びにアレイスとの間合いを詰める。繰り出すのは右の拳。相変わらず技術もへったくれもないのに、威力とスピードだけは化物レベルの一撃。
「くっ……はぁっ!」
アレイスはその拳を両手で構えた剣ではじくことに成功する。剣の腹で救い上げるようなパリィは、ネクロの拳を強制的に天へと向けた。
それに少し目を丸くしたネクロだが、すぐに次の一手を繰り出す。今度は振り回すような左の裏拳である。風を切り裂いてアレイスに迫るそれは、標的をとらえる寸前で何かに拒まれ、軌道をずらされた。
その隙をついてアレイスは高速の突きを繰り出す。しかし、それはアレイスにとって高速なだけであり、ネクロからしたら子供が投げた石と大した変わらない速度に見えている。
迫る突きに、ネクロは広げた手の平を横から叩き付けようとしたが、いきなり突きが加速したことによってその狙いはそれる。アレイスの突きはまっすぐネクロの心臓を狙い………途中で、ネクロの右手で刀身をつかまれて停止した。
高速で迫る剣をつかみ取るという馬鹿げた行動を成功させるという馬鹿げた光景にアレイスが目を白黒させている傍らで、ネクロはふうんと何かに納得するようにうなずいた。
「なるほど、魔法剣士か。道理で近接がおざなりだと思った」
「お、おざなり……だと!?近接戦闘の基礎の基礎も理解していないような貴様が、知ったような口をきくな!」
「その貴様とやらに圧倒されているのは、いったい誰だったかな?」
「そ、それは……」
言葉に詰まるアレイスに、ネクロはくだらないとでもいうようにため息を一つ。そしてアレイスの手から無理やり剣を奪うと、それを放り投げた。
「これで近接はできなくなった、今度は魔法を使ってみろ。近接で勝てないなら、魔法でやるしかないだろ?」
「な、なめるな!」
「打ってこい」と言わんばかりに無防備に立つネクロに、アレイスがいら立ちと恐怖が混じった声を上げる。そして魔法を打つために魔力を練り上げ始めた。それを見て、リンネとは比べ物にならないほどに下手だなとネクロは思った。
「赤き煉獄、紅き業炎、咲き誇れ灼熱の華よ!火岸華!」
放たれたのは咲き誇る花弁のような炎弾の渦。それがネクロ一人に一点集中で襲い掛かった。
重ね重ねですが、ブックマーク100件突破しました。登録してくれた人、ありがとうございます。そしてこの小説を読んでくれている人に改めて感謝を。本当にありがとうございます!




