魔術師が語る拳の美学 1
はい、頑張るといった矢先、いきなり休んだ軟弱者ですどうも僕です。
今回は三人称視点だよー。
冒険者が集う街、オルド。その南門を出たところには、壮大な草原がある。背の低い草が一面を覆い、風に揺れるその光景は、見るものの心に安らぎを与える。
また、少し奥に行けば回復ポーションの材料となる薬草が生えている群衆地帯があるので、新人冒険者のこずかい稼ぎの場となることもある。出現する魔物もランク1~3で、しかも温厚な種族が多い。町の住人からは、憩いの草原と呼ばれている。
そして、そんな穏やかな草原の、街から歩いて数十分のところで、さわやかな草原の雰囲気に似つかわしくない鬼気を放つ集団がいた。正確には、一つの集団と、一人が対峙している構図である。
殺気渦巻く集団の先頭にいた男――クラン『赤竜の咆哮』のクランリーダーにしてSランク冒険者のアレイス・シャリオが、対峙している人物に対して、一歩踏み出した。
「ふん、ここまで逃げずに来たことは誉めてやろう。だが、僕のクランと敵対して、命が助かるなどという甘い考えは捨てておくことだな」
「…………………………」
『赤竜の咆哮』と対峙する人物――ネクロは、感情のこもっていない瞳でアレイスを射抜く。だが、アレイスの言葉に対して何か反応を返すことはなかった。
それを見て『赤竜の咆哮』の冒険者たちはおびえて言葉もしゃべれないのだと思い、口々に野次を飛ばす。しかしネクロは、その野次にすら反応を示さない。ただただ無表情に『赤竜の咆哮』のことを見ているだけ。
なぜ、ネクロと『赤竜の咆哮』のメンバーたちがこうしてにらみ合っているのかというと……。
時間は少し戻り、ネクロの無差別な殺意が冒険者ギルドに蔓延したところまでさかのぼる。
「おいおい、これはいったい何の騒ぎだ?」
「ぎ、ギルドマスター!?」
ネクロの殺気に充てられて固まっている『赤竜の咆哮』の後ろから現れたのは、オルド支部のギルドマスター、グランドだった。
「まーたお前たちかよ。アレイス、いい加減ほかの冒険者に突っかかるのはやめろって前から言ってるだろ?これ以上はお前さんがSランクとはいえ、処罰すんぞ」
「ご、誤解です!僕はただそこの無礼者に身の程というものを教えてやろうとしただけで……」
「あーはいはい、で?今回の相手は誰だっと…………ネクロじゃねぇか。それに、婚約者のナルアちゃんだったか?一体どうした」
グランドはナルアを抱きしめているネクロに近づく。そして、近づくにつれて、まるで空間が重くなっているような重圧を感じていた。ネクロが放つ殺気が、魔力によって外に影響を与えているのだ。
「おーい、ネクロ?」
「……………………………………す」
「ん?」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすコロすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……………………………
肉片すら残さずに殺してやる」
目が、据わっていた。
呪文を唱えるかのように「殺す」と連呼するネクロ。そんなネクロの様子を見てグランドは頬がひきつるのを自覚する。
すなわち、やべぇ、と。今のネクロを自由にしたら、このギルドどころかオルドの町そのものがなくなってしまう。ネクロが町一つくらい片手間に滅ぼせる存在であることを、グランドは知っている。龍族とはそれほどまでに恐れられているのだ。
ネクロの腕の中で泣いているナルアが酒に濡れていて、そしてネクロたちのそばに転がった空のジョッキから大体のことを悟ったグランド。こういう窮地での勘の良さは、さすが元Sランク冒険者だと言えるだろう。
「お、落ち着けネクロ!『赤竜の咆哮』のやつらがお前にからんできてこうなったってのは大体わかる。んでその最中にナルアちゃんに被害が言ったんだろ?『赤竜の咆哮』は煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わねぇ。でも、街の中で暴れるのはやめてくれ!」
「………………」
グランドの必死の説得に、少しだけ殺意を抑えるネクロ。ネクロはナルアを抱いたまま『赤竜の咆哮』のメンバーに視線を向ける。無感動なネクロの視線を向けられた者たちは、「ひぃっ」と情けない悲鳴を上げ、腰を抜かした。
「………今から、一時間後。オルドの南門を出た先の草原に、クランメンバー全員で来い」
「い、いきなり何を……」
「そこで貴様らに引導を渡してくれる。骨のひとかけらも残らないと思え、塵芥ども」
本当に同一人物か疑わしいほどの低く、怨のこもった声に、低ランクの冒険者たちは震えあがる。それだけを伝えると、ネクロはナルアを抱え上げ、ギルドを後にした。
「おい、アレイス」
「ぼ、僕は悪くない!くそっ、こうなったら真正面からあの無礼者を打倒してやる!」
自分から絡みに行ったのを完全に無視したアレイスの発言に、グランドはため息をつき、ギルドから出ていく『赤竜の咆哮』の後についていく。
「ぎ、ギルドマスター!」
「あー、メリアへの説明、よろしくなー」
「え、ちょ、ちょっとー!」
ネクロたちのやり取りを静観していたアイラがグランドを引き留めようとするが、振り返りもせずに手をひらひらさせるグランド。
「あー、『赤竜の咆哮』の壊滅か……大ニュースだな。ははっ」
グランドは南の方に視線を向け、乾いた笑みを浮かべるのであった。
タイトルの意味はたぶん次話でわかると思います。
感想や評価、ブックマークなどをくれるとめちゃくちゃうれしいです。




