聖神アイリス
ふむ、どうしてアイリスはこんなキャラになったんだろうか……。
白い。それが、聖神アイリスに抱いた、ネクロの第一印象だった。
顔立ちなどはナルアによく似ている。双子の姉妹だと考えれば当たり前だろう。だが、艶やかな黒髪とゴシックロリータを好むナルアとは違い。アイリスは全身が白かった。セミロングの髪も、身にまとうドレスも、肌の色も。色素が完全い抜け落ちてしまったかのような純白の中で、瞳だけが鮮血のように赤く染まっている。
「あらあら、固まってしまって。一体どうしたんですの?ネクロ」
「……ぼ、僕のことを知ってるのか?」
「もちろん、わたくしの大好きなナルアお姉さまの眷属にして、将来の伴侶さまを、わたくしが知らないはずないでしょう?」
アイリスはころころと鈴を転がすような声音でささやく。それは聞くだけで精神をとろけさせてしまうような、甘い声音だった。
「大好きなナルアお姉さまだって?………じゃあなんで、お前はナルアを孤独にした?どうして下界では、邪神が世界を滅ぼすなんて言われている?全部、お前がやったことだろうがっ!」
「まあまあ、そんなに声を荒上げないでくださいな。わたくしは、普通のことをしただけですのよ?」
「ふつう………だと?」
アイリスは、まるでおもちゃを前にした子供のような、無邪気な笑みを浮かべる。そこからは、邪気も何も感じられない。アイリスからは、悪いことをしたという感情が、まるでない。
「だって、世界もお姉さまも、わたくしのものですもの。わたくしのためにある、わたくしだけのおもちゃなのですわ」
だから、一切の悪意なく、そんなことをのたまった。ネクロの顔から、感情というものが抜け落ちる。むつ向いたまま止まってしまったネクロに、アイリスは無造作に近づいた。
「ネクロ、あなたもわたくしのものになりませんか?ナルアお姉さまと一緒に、可愛がってあげますわ。わたくしが飽きるまで、ずっと」
「あ、アイリスちゃん、やめなさい!どうしてこんなこと………」
「リムお姉さまは黙っていてください。邪魔ですわ」
アイリスが右手を無造作に振るう。それだけで、リムの体は吹き飛び、神殿の壁に叩き付けられる。そのまま床に崩れ落ちるリム。冥神であるリムが一撃でやられたこともそうだが、いまアイリスが行ったことが何かを理解してしまったために、ネクロは大きく狼狽する。
アイリスは神気の波動を打ち出し、存在の境界を素通りして、魂に直接ダメージを与えたのだ。それはありとあらゆる命あるものに対して有効な攻撃方法。今は手加減されていたのでリムは意識を失う程度で済んでいるが、アイリスが本気なら、その魂は粉々になっていただろう。
そしてそれは、ネクロにダメージを与えうる、「ステータスを無視した攻撃」である。ネクロは今、アイリスに懐までもぐりこまれてしまっている。防御の手段はない。アイリスはいつでもネクロの命を奪うことができる。それを自覚したとき、ネクロは転生してから初めての『死の恐怖』を覚えた。
「まあまあ、こんなにおびえてしまって、可愛いですわ。わたくしのものにして、もっともっといじめてあげたくなってしまいます」
アイリスの白魚のような掌が、ネクロの顔をなでる。アイリスの顔がネクロの鼻先まで迫り、吐き出す吐息がネクロの肌を刺激する。
「や、やめろ……」
「それは無理な相談ですわ。ネクロはすでにわたくしのものなんですもの……」
「誰が、お前のものなんかになるかよ……。僕のすべては、ナルアのものだ!」
芸術品のように美しいアイリスに吸い込まれそうになるネクロだが、渾身の力でそれを振り払う。そんなネクロの抵抗も、アイリスにとっては子猫がじゃれついているようなものなのだろう。微笑みを浮かべたまま、ネクロを楽し気に見つめている。
「本当にナルアお姉さまが好きなのですね……。でも、駄目ですわ。ナルアお姉さまを一番愛しているのはわたくしですもの。ナルアお姉さまのすべてはわたくしのもの。ナルアお姉さまのものであるあなたも、私のものなのですわ」
「ナルアは、お前のものじゃない。ナルアはナルアのものだ。お前の遊びに付き合わせるのはやめろ!」
「…………わたくしには、力がありますもの。すべてを支配する力が。あなたがどう抗ったとしても、わたくしから逃げることなどできません」
アイリスの威圧感が一段階ます。ネクロは息をするのもやっとな状態だった。アイリスがネクロの耳元に口を近づけ、舐るようにささやく。
「でも、ただ力任せにするのわ面白くありませんわ。ネクロ、わたしとゲームをしましょう?」
声が出せないネクロは、視線でどういうことなのかと問いかける。アイリスはいったんネクロから離れると、右手の指を三本、ピンっと立てた。
「わたくしはこれから、下界でおおきな遊びを三つするつもりですの。どれもこれも、解決しなければ下界が滅びてしまうようなものですの。それをネクロが見事解決できたら、わたくしと戦う権利を与えましょう。ネクロがゲームに参加することで、そのゲームをもっともっと面白いものにしてくれると信じていますわ」
ネクロは、恋する乙女のように両手を胸の前で合わせて笑顔を浮かべるアイリスを見て、うすら寒いものを 感じていた。
正確には、アイリスの目を見て、である。アイリスの瞳の奥には、ありとあらゆる負の感情を煮込んでぐちゃぐちゃにしたかのような底なしの闇があった。無邪気さの奥に潜む、深く暗い邪気。ネクロはそれを感じ取り、背筋を震えさせた。
「それではまた、どこかでお会いしましょう」
アイリスはそう告げると、くるりと一回転。それだけで、アイリスの姿は跡形もなく消え去っていた。
アイリスがいなくなったことで威圧がとけ、ネクロは床にへたり込む。ネクロの頭の中には、アイリスが最後に残していった音にならない声が響いていた。
――――――どうかわたくしを、楽しませてくださいね?
と。
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