そして、現れる
アイツが出ます。
「えっと、どういうことでしょうか…………」
「言葉通りの意味よ。数千年ぶりにナルアちゃんを見つけることができたと思ったら、ワタシの知らない男と仲良さげにしてるんだもの……とりあえず、消滅させるでしょ、相手を」
「訳が分からないよっ!?」
思わず突っ込みを入れるネクロ。そんなネクロを見下ろすリムの拳には、神気が宿っていた。それを見てうすら寒いものを感じたネクロは、とっさにその場から飛びのく。すると、数秒前までネクロの体があった場所に、リムの拳が突き刺さる。神殿の床を砕き、小規模なクレーターを作り出した。一段へこんだ床からネクロを見つめるリムの口元には笑みが浮かんでいるが、目が笑っていなかった。あたりを剣呑な雰囲気が覆っていく。
「逃げるんじゃないわよ!よくも…よくもワタシのナルアちゃんをぉおおおお!!!」
「うわぁああああああああああ!!!!」
リムの拳撃から逃げ惑うネクロ。どうやら神気には自分の防御を抜いてくる特殊な力があると推測し、必死に回避していく。リムはなにか武術的なものを収めているのか、ネクロをどんどん追いつめていく。
「やめてください!殺さないでくださいぃいいいいい!!!」
「安心して、簡単には殺さないから。しっかりと苦しめてから殺してあげる!」
「安心できる要素が見当たりませんけどぉーーーー!!!」
魔力での身体強化まで使って逃げ続けるネクロ。それを追いかけているリムの目は血走っており、普通に怖い。ネクロが振り返った瞬間に「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまっても仕方がないだろう。
そのまま三十分くらい続いた追いかけっこは、双方の体力が限界を迎えたことで終わった。二人とも肩で息をしながら、ひざをついている。
「ハァハァ……し、しぶといわね……おとなしくやられなさいよ…」
「そ、それは無理です……まだ、ナルアとの約束を果たせてませんから…」
「ふ、ふふふ……ワタシの目の前であの子を呼び捨てにするとはいい度胸じゃない……」
「ナルアに、そう呼んでくれと頼まれましたからね……好きな娘からのお願いを無下にすることはできませんよ…」
疲労に息を弾ませながらも、鋭い眼光で互いをにらみ続ける。二人の背後には、龍と死神がにらみ合っている幻影が映し出されていた。
「くっ……なんでナルアちゃんはこんなやつを…」
「さぁ?でも、ナルアが僕を選んでくれた。なら、僕はそれに全力で答えるだけです。冥神だかなんだか知りませんが、僕を止められるなんて思わないことですね。ナルアのためなら、死んでも生き返りますからね。僕」
そう言い切るネクロに、リムは悔しそうに歯噛みする。ネクロが脅しには屈しないことを理解したようだった。
「まぁ、あなたのナルアちゃんへの思いが本物だということはわかったわ。でも、まだ私はあなたを許したわけではない!」
「めんどくさい人だな……。それで、どうしたら許してもらえるんですか?」
「許す!?それは無理な相談ね!あなたはワタシのかわいい妹のうち、一人をたぶらかし、一人を殺そうとしてるんですもの」
リムはそういうと、表情を真剣なものに変える。それを見たネクロも、しっかりとリムの目を見て、話をする体制に入った。
「僕が聖神を殺そうとしてることを知ってる……って、当たり前か」
「ええ、自分の妹を殺そうとしているやつを、許すことができると思う?」
「じゃあ、あなたは、そのかわいい妹とやらがしでかしたことが、どんなことか知ってるのか?」
「…………確かに、アイリスちゃんがあなたにしたことは、許されることじゃないわ。それに、ナルアちゃんにした仕打ちもね。でも、それはアイリスちゃんがしたことじゃないって、ワタシは思ってるの」
「……どういうことだ?」
リムは何かをためらうしぐさを見せたが、すぐにそれを飲み込んで、話し始めた。
「アイリスちゃん、あなたがいう聖神ね。は、確かにナルアちゃんと比べたら、神の力の行使が下手だったし、それをナルアちゃんの前では、嫉妬しているようにふるまっていたわ。でも、ナルアちゃんがいないところでは、ナルアちゃんのことを、すごくほめてた。双子の妹として、こんなすごいお姉ちゃんがいるのは誇りだって言っていたわ」
「………おかしくないか?そんなただ姉の前では素直になれないだけのお姉ちゃんっこだとは思えないんだが?それに、そんなやつが、他人の魂を弄んだりするか?」
「そう、そんなことは絶対にしない子だった。ナルアちゃんと並んでいると、それはもうお人形さんのようにかわいくて……」
「自重しろシスコン。……なら、なんでそんなことになったんだ?」
「そこはわからないわ。お父様が眠りについてからすぐ位に、アイリスちゃんは変わってしまった。ナルアちゃんは気づいてなかったみたいだけどね。そのあとはあなたも知るように、ナルアちゃんをアイリスちゃんが襲って、世界から追放してしまった。アイリスちゃんは世界中の人族から信仰心を集めて、日に日に力をつけていったわ。ワタシがなにかおかしいと気づいたのは、ほんの百年くらい前。ワタシは基本的に冥界から出られないから、下界の様子はわからない。でも、下界から送られてくる魂に偏りがあったの」
「偏り?」
「ええ、アイリスちゃんの加護を受けているのは人族だけ。それどころか、亜人族の魂からは、存在の力を無理やり抜かれたようなものまであった」
「それで、聖神がおかしいって思ったのか」
「そうね、だから、あなたにお願いしたいのよ。ワタシは冥界にいるから、下界に干渉できない。あなたをこうやって冥界に呼べたのだって、あなたが『冥界回廊』にいて、あなたの存在がアンデットだったから」
リムはそういうと、ネクロに頭を下げた。深々と頭を垂れる、本気の懇願。
「お願い、アイリスちゃんがおかしくなってしまった原因を突き止めて。そして、あの娘を救って」
固く目を閉じながら、リムは返答を待つ。神である彼女なら、その強制力を持って命令すればいいだろう。しかし、彼女はそれをしなかった。どこまでも真摯なその態度に、ネクロは深くため息をつくと。
「わかった」
と、短く了承を返した。がばっと顔を上げるリムの目には、少しふてくされたような顔をしたネクロが映っていた。
「ほ、本当に?嘘じゃないわよね?」
「嘘じゃない。聖神には、恨みも殺意も抱いている。ナルアにした仕打ちは許されることじゃないし、下界にもたらした影響も、かなりのものなんだろう、でも……」
ネクロはそこで言葉を着ると、真剣なまなざしで、虚空を見つめる。その瞳の奥にある感情が、決して負の感情だけでないことを、リムは確信した。ネクロの瞳に宿っているのは、純粋な、想い。
「ナルアは、聖神を殺したら、悲しむと思う。なら、未来のその涙をなくすために、聖神を助けるよ」
ナルアに向ける、まっすぐな愛情だけが、そこにはあった。
「……そう、なら安心して任せられるわ。アイリスちゃんを、よろしくね」
「任されましたよ、お義姉さん」
「…………やっぱり、殺しておこうかしら?」
そんな風に軽口をたたきあう二人。その間には、もう剣呑な雰囲気は漂っていなかった。陽だまりの中の空気にも似た、暖かで柔らかい。そんな雰囲気が漂っている。
「あら、面白そうな話をしていますわね。わたくしも混ぜてくださらないかしら?」
突然響いた声に、二人は素早く反応する。二人の背後には、いつの間にか一人の少女が立っていた。
(なんだ………これ……)
ネクロは、その少女を前にして、完全に硬直していた。初めてナルアを前にしたときの感覚を、何十倍にもしたような感覚。それを、目の前の少女から感じていた。
「あ、アイリスちゃん!?」
リムがそう叫んだ。彼女の言葉から、目の前の少女の正体をさとる。
「お前が………聖神、アイリス」
ネクロが震える声でそういう。
少女、アイリスはそれを聞いて、可憐な笑みを浮かべ、
「初にお目にかかります。聖神アイリスですわ。どうぞよしなに」
スカートの端をつまみ上げ、きれいに一礼して見せた。
かいてて思ったけど、神様って登場の時あいての背後から現れるっていう決まりでもあるんだろうか?
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