顔合わせっ!ついでに、冥神さま、登場!
なんでだろう、こんなに書くつもりなかったのに……。
『冥界回廊』最深部。ネクロたちが休息を取り始めてから五日目。ボス部屋の中心部には、野営用の魔道具が並べられており、そこで三人は昼食をとっていた。
ノルンとネクロが魔道キッチンの前に立ち、手際よく料理を作り、リンネは食器をテーブルに並べるなどの手伝いをしている。
「ねぇねぇ、今日のお昼ご飯は何なのかしら?」
テーブルを整え終えたリンネが、肩を並べて料理をする二人を見て、手持ち無沙汰にそう問いかけた。先ほどから食欲を刺激する香りが漂い、リンネの鼻を刺激する。すると、リンネのおなかが、くぅとかわいらしい音を鳴らした。羞恥で赤くなるリンネ。盛り付け終わった皿を宙に浮かべて運ぶネクロがおかしそうに笑いながら答える。
「今日は、ハンバーガーっていう料理だよ。パンで肉や野菜を挟んだ食べ物」
「はんばーがー?サンドイッチとは違うのよね?」
「うん。まぁ、お味は食べてからのお楽しみってことで」
「初めて見る料理だった」
そういって席に着くネクロ。リンネとノルンも自分の椅子に座り、同時に手を合わせる。
「「「いただきます」」」
リンネはさっそくハンバーガーを手に取り、それを眺め始めた。
「えっと、これはどうやって食べるのかしら?」
「そのままかぶりつけばいいんだよ」
「かぶりつけばいいのね。わかったわ。じゃあ、あーん」
「んっ」
パクリとハンバーガーにかぶりつくリンネとノルン。ネクロとは、期待と不安の混じった視線を二人に向ける。
「ん……、美味しい。これ、すごく美味しいわ!」
「よかった…、なじみのない料理だから、口に合うかどうか不安だったんだ」
「ネクロの故郷の料理は、どれも個性的で独特。でも、癖になるおいしさ。このハンバーガーもおいしい」
どうやらハンバーガ―は二人の口にあったようだ。ネクロはほっとした表情を浮かべて、自分も食事を始める。そのあとは、穏やかな時間がゆるりと流れていった…。
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「そういえば………ネクロを許す三つの条件のうち、最後の一つをダンジョンを攻略したら話すって言って、すっかり忘れてたわね」
「そんなこともあったねぇ………で、僕はいったい何をさせられるのかな?」
食事の片づけも終わり、食後のティータイムとしゃれこんでいたリンネが、ふとそんなことを言い出した。ネクロがリンネとノルンに、勘違いで襲い掛かった時のことである。
「命令、ネクロは今日から私たちの専属執事」
「執事か……、かしこまりましたお嬢様」
「って、ノルン、違うでしょ!ネクロも悪乗りしない!」
「「はーい」」
まったく……と頭をかかえるリンネは、気を取り直すと、真剣な表情でネクロを見つめた。
「三つ目のお願いは、ネクロ。あなたに協力してほしいことがあるの。信じられないような話になるかもしれないけど、ちゃんと聞いてくれる?」
「それって、聖神のゴミクズ野郎を封印してくれって守護神から頼まれたって話?」
「そう、その通り…………って、なんでネクロがそれを知ってるの?」
「ノルンに教えてもらったからだけど……聞いてない?」
リンネは素早い動作でノルンに視線を向ける。ノルンはそっぽを向いて、下手な口笛を吹いていた。それを見てため息をつくリンネ。どうやら伝えるのを忘れていたらしい。
「まったくノルンは………まぁ、もう知ってるなら話は早いわ。ネクロ、聖神を封印するのを、手伝ってくれないかしら?」
「手伝うのは構わないよ。でも、封印するって言うのはちょっと………」
「ネクロは反対なの?あ、もしかして神を封印するなんてできないって思ってる?」
「いや、そうじゃない。神に届きうる手段があるのは知ってるし、リンネとノルンなら達成できると思ってるよ。でも、僕が目的としているのは、聖神の殺害」
ネクロがそう言い切ると、リンネは驚きに目を見開く。
「神……殺しっていうこと?」
「そう、前に僕が元人間だったっていう話はしたよね。僕がこうして魔物になったのは、聖神のせいなんだ。あいつに魂を弄ばれたせいで、僕は人間から魔物になった」
「だから、聖神を恨んでいるってこと?」
「それだけじゃないよ。聖神のせいで途方もないくらいの長い時間を、孤独に過ごした人がいる。その人を助けたいっていうほうが、僕にとっては大切なこと。僕のことは正直どうだっていいんだ。その人に出会えたのも、魔物に転生したからだし、その一点だけは、聖神に感謝してやってもいいかな」
「……その人って?」
「僕の、大切な人、かな」
そういって恥ずかしそうに微笑むネクロを見つめるリンネの心情は複雑だった。自分の好きな人が、自分以外の誰かのことを強く思っている。その事実が、どうしてもリンネの心を揺さぶる。恋する乙女の本能が、ネクロのいう大切な人が女だと告げていた。そっとノルンに視線を向けると、こくりと首を小さく縦に振り、肯定を示す。
「そう………なら、私はネクロの手伝いをするわ」
「え、いいの?ノルンもそういってたけど、守護神から頼まれてるんでしょ?」
「ネクロ、前にも言った。守護神には封印しようとしたら抵抗されて仕方なくって言い訳すればいい」
「そうね、守護神との約束とネクロの目的なら、ネクロのほうを優先するにきまってるじゃない。私たちは仲間なんだから」
「リンネ……ノルン……ありがとう」
「うん、いっぱい感謝するべし」
「ははっ、そうだね。本当に、二人に出会えてよかったと思うよ」
ネクロはそういって、満面の笑みを浮かべた。
「ネ~ク~ロ~?」
突然背後から聞こえた声に、ネクロの笑顔が、固まる。ネクロはだらだら冷や汗を流しながら、声がしたほうを振り返る。
そこには、腰に手を当て、いかにも「怒ってます!」というように頬を膨らませるナルアがいた。
「な、ナルア!?ど、どうしてここにっ!?」
「ネクロがほかの女の子といっぱい仲良くしてるから、怒りに来たの!ネクロの浮気者ーっ!」
「誤解だって!浮気なんてしてない!」
タジタジになりながら、ネクロは詰め寄ってくるナルアから逃げようとする。逃がさないというようにネクロにギュッと抱き着くナルア。それを見たリンネが声にならない悲鳴を上げ、ノルンの瞳からハイライトが消える。
「……ね、ねぇ…ネクロ?その、ずいぶんと仲がよさそうだけど、一体どちら様かしら?」
「ふ、ふふふっ、ふふふふふっ………」
顔を引きつらせながら震える指でナルアを指し示すリンネと、不気味な笑みを浮かべているノルン。そんな二人に、ナルアはネクロの首に抱き着いたまま、二コリと可憐な笑みをつくって見せた。
「初めまして、わたしはナルア。邪神で、ネクロのお嫁さんです!」
「「お、お嫁さんっ!?」」
「なんで邪神じゃなくてそっちに反応するかなぁ……」
どういうことだと詰め寄るリンネに、ナルアのことをかいつまんで説明するネクロ。説明を聞いていくうちに、リンネはどんどん涙目になっていく。
「邪神ナルア。初めまして。わたしはノルン」
「知ってるよ?ネクロに近づく悪い虫は、しっかりチェックしてるから」
ぴくぴく
「……へぇ、そうだったの。いろいろと小さいのに、しっかりしてる」
ぴくぴく
「ノルンさんだって、そ・こ・は、わたしと大して変わらない気がするけど?もしかしたら、私のほうが大きいかも?」
ぴくぴくぴくぴく
「…………ロリっ子はおとなしくしてるべき」
ぴくぴくぴくぴく
「ノルン」
「なぁに、ロリっ子」
「この貧乳貧乳貧乳貧乳ーーーーーーっ!!!!」
「うるさいロリロリロリロリロリロリーーーーーーっ!!!!」
「二人ともどうしたの!?ほら、落ち着いてナルア」
「ノルンも、どうどう」
喧嘩を始めたナルアとノルンを、ネクロとリンネが慌てて止める。二人に羽交い絞めにされながらも、ナルアとノルンは「がるるる」とうなりながらにらみ合っている。
どうにか二人を落ち着かせた後で、四人はテーブルを囲んでいる。ネクロとナルアが並んで座り、その正面にノルンとリンネが座っている。
「……で、そのネクロの腕に抱き着いているのが、世界を破滅に導くといわれている邪神ナルアで、ネクロの主であり婚約者………という認識でいいのかしら」
「うん、それで間違ってないんだけど…………。リンネさん、怒ってます?」
ネクロが恐る恐るといった様子で尋ねる。それに対して「あぁん?」とどこぞの不良のようにメンチをきるリンネ。彼女の機嫌は限りなく悪かった。目の前で自分の想い人が、ほかの少女といちゃついていたら、機嫌が悪くなるのも無理もないだろう。ナルアは今、ネクロの腕に自分の腕を絡め、幸せそうな笑顔を浮かべている。ネクロもまんざらではなさそうだ。
それを見ているリンネとノルンの機嫌はさらに下がっていく。ノルンなど完全に目が死んでおり、口から呪詛が漏れている。リンネは不機嫌オーラを増大させながら、【千呪魔天 ファンタズマ】を取り出して魔力を循環させ始める。
リンネたちから放たれる殺気にネクロが顔を青くしていると、ナルアがいきなりこんなことを言い出した。
「そうだ、わたし、ノルンとリンネに話があるんだった。ネクロ、二人を借りてもいい?」
「僕は構わないけど……二人は?」
「………その娘と話すことなんて、私にはないわ」
「………同じく」
「だそうです」
ナルアは断られることを予想していたのか、にこやかな顔のまま席を立つと、二人のほうに回り、そっと何かを耳打ちした。ネクロにはその内容がわからなかったが、リンネとノルンには効果があったらしく、不機嫌な表情を引っ込めて、ついて来いと手招きするナルアについていった。そのままログハウスの中に入っていった三人を見送った後、ネクロはやっと重圧から解放されたと、目を閉じて安堵のため息をついた。
そして、再び目を開いたとき、ネクロの前に広がっていたのは、『冥界回廊』の光景ではなかった。
どこかの神殿のような厳かな雰囲気があるその場所で、ネクロは立っていた。周りには魔物や人の姿を模したと思われる彫刻が立ち並び、威圧感を放っている。
「なんでこれ……、ナルアー、リンネー、ノルンー」
三人の名を呼んでみるが、返事はない。ネクロは自分がどこか別の場所に転移させられたと気づく。状況が似ているのだ。ナルアの空間に飛ばされた時と。
「ということは、僕をここに連れてきたのは、神ってことになるけど……。一体なんで?」
「ふふふ、教えてあげましょうか」
「ッ!だ、誰!?」
後ろから突然声をかけられ、とっさに振り返るネクロ。そこに立っていたのは、薄紫色の長髪をたなびかせたグラマラスな美女。紫紺の光を帯びる瞳を怪しく光らせ、不敵な笑みを浮かべている。
「あら、名前を尋ねるなら、まず自分から名乗るのが礼儀というものじゃないかしら?」
「あ、それもそうか……。僕はネクロ。よろしくお願いします」
「うん、素直でよろしい。じゃあ、ワタシも自己紹介を……その前に」
美女はにっこりと笑みを深くすると、肩の前で、こぶしをぐっと握った。
「一発、殴らせてもらうわね?」
「…………はい?」
きょとんとするネクロを置いてけぼりに、美女は握りしめた拳を弓を引くように引き絞り、一歩、力強く踏み込んだ。
「え、ちょ、まっ」
「問答、無用っ!」
踏み込みの力を乗せた拳が、ネクロの腹に突き刺さる。内側をえぐるような衝撃がネクロを襲い、肺から空気をすべて吐き出させる。その場に崩れ落ちるネクロと、こぶしを突き出した格好のまま残心する美女。
「それじゃあ、自己紹介させてもらうわね。ワタシは冥神リム。ナルアの姉といったほうがわかりやすいかしら?」
「な、ナルアのお姉さん………でしたか……、改めて、よろしくお願いします……」
とぎれとぎれながらも言葉を返すネクロ。ダメージが抜けるのを待ってから、ネクロはリムに問いかける。
「あの、それで……ナルアのお姉さんが、僕になんの用でしょうか?」
「うん?ああ、そうだったわね……」
一瞬、殴られるためだけに呼ばれたかと考えたネクロであったが、きちんと理由がある様子を見て、ほっとした表情を浮かべた。
だが、その表情には、一瞬で罅が入ることになる。
「もちろん、ワタシのかわいいかわいい妹をたぶらかした泥棒猫をこの手で消滅させるために決まってるじゃない♪」
リムがそう言ってもう一度拳を握りしめる。それを見たネクロは、遠い目をしながらこう思ったという。
―――――あ、ここが僕の墓場か……と。
新キャラ登場。そしてネクロ何気に異世界初ダメージ。
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