あ、やせいのゆうしゃとまおうとりゅうおうがあらわれた! 2
続きです。
「劫火!」
「おうおう、やるじゃねぇか!そんじゃ、水尖!」
リンネの放った炎弾と、魔王スロウの放った水の槍が激突する。両者のちょうど中心で相殺となった二つの魔法は、水蒸気となって視界をふさぐ。
「いま!」
水蒸気の中からノルンが飛び出し、双大剣を振るう。それを「おっと」と軽くかわすスロウ。荒れ狂う暴風のようなノルンの剣を、魔王としての高いステータスと、魔法によって強化した身体能力と、膨大な戦闘経験ですべてさばいていく。
「ノルン!」
「うん!」
リンネの声を聴いたノルンは、すぐさまスロウの前から離脱する。そのすぐ後に、純粋魔力の魔法弾がスロウに襲い掛かった。無詠唱で放たれたそれは、スロウの反応を一瞬遅らせる。
「チッ、耐魔防壁!」
スロウはすぐさま魔法を防ぐシールドを張り巡らせ、それを防御する。その隙に、離脱していたノルンがもう一度スロウに切りかかった。
だが、それは読まれていたようで、スロウは地面を強くけると、宙返りをして二人から距離をとる。ノルンもいったんリンネのそばまで戻る。仕切り直しだ。
「ふぅ……さすがは魔王ね、強いわ」
「うん、一見すると魔法タイプだけど、実際には近接戦闘もそこそこできる。というか、回避に特化しすぎてる」
スロウへの評価を下す二人。それを聞いた魔王はそうだろうとでもいうようにドヤ顔をした。それを見て激しくイラついたリンネが、スロウに向けて渾身の光魔法を放つが、さらっと耐魔防壁で防がれてしまった。
「ほうほう……。なかなか見事なコンビネーションだな。双大剣を使ってるやつは、剣技だけなら勇者以上じゃないか?ま、あいつは聖神の加護とやらを受けてるから、ステータスで圧倒的に負けてるけどな。そんで魔法使いのほうは、魔法の威力とバリエーションは正直オレと同格かそれ以上。だが、行使速度と精密さはオレの勝ち。ま、こんなところか」
たった数度の戦闘で、相手のだいたいの実力を測りとってしまうスロウ。この洞察眼こそ、スロウが魔王として、勇者や龍王と戦えていた要因の一つである。行動の先読み、相手の思考誘導。そういったことを得意とするのがスロウである。
そんな彼についた名は、奏者の魔王。魔法、相手の行動に思考、そして戦況までもを操り、コントロールしてしまうところからついた名だ。
「……ところで、お前らにちと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「命乞いなら聞かない」
「違う違う。オレが聞きたいのは、今勇者、龍王コンビと戦ってるアイツのことだよ。……何もンだ、あれ」
スロウが、警戒を強く含んだ顔で、勇者たちと戦うネクロを見る。
スロウは、ネクロが放った[絶対浄化の聖魂歌]と[破邪閃穿の騎槍兵団]の影響を一番受けている。生命力を三割ほど削られ、能力値も一割ほど減少している。一方、勇者と龍王は、聖神の加護によって、聖光でのダメージは、ほとんどなかった。
そして、相手の攻撃でダメージを受けないネクロが、勇者と龍王を相手している間に、リンネとノルンがスロウを倒してしまおうという作戦を、三人は立て、実行していた。
「耐久と精神がカンストしてるやつとか、どうやって倒せばいいんだよ。まあ、火力が足らなくて勇者と龍王にゃ大したダメージを与えられてねぇみたいだけどよぉ。それに、あのレベルの聖光を、聖神の加護なしに使いこなすとか…………アンデットとしてそれでいいのかって言いたくなるな。あんな化物、この世に存在していいもんじゃねぇ」
「っ!!」
「落ち着いて、ノルン」
ネクロのことを化物扱いされて、ノルンがあからさまにむっとする。今にも切りかかりそうな様子のノルンを、リンネは押しとどめる。
「はっ、なに怒ってんだよ。あれが化物なのは、お前らもわかってんだろ?」
「違う、ネクロは化物じゃない。ネクロは、わたしの大事な人」
「そうよ、ネクロは大切な仲間。それに、私たちは、仲間を化物呼ばわりされて黙ってるほど、優しくないわよ」
今度はさすがにリンネも頭にきたようで、スロウに、長杖の先端を向けた。
「さぁ、小手調べはこれで終わり。ここからは、本気で行くわよ!」
「完膚なきまでに、叩き潰してあげる」
「上等だ、やれるもんなら、やってみやがれ!」
スロウは己の頭上に、無数の魔法を展開する。一つ一つは威力の低い低級魔法だが、その数が半端ではない。万を優に超え、下手したら億に届くかもしれない。夜空に広がる星々のような光景、それを見ても、二人の闘志はかけらも衰えはしない。
「リンネ、わたしじゃあれは防げない」
「大丈夫よ。さぁ、起きなさい、【千呪魔天 ファンタズマ】」
リンネが、長杖につけられた名を告げる。ネクロの[中二病]によって名付けられた長杖は、その姿を変化させる。
「ちっ、そっちの双大剣もそうだが、なんだその武器。名を告げると変化する武器なんざ、聞いたことねぇ」
「そりゃそうよ。これはネクロが強化てくれたものなんだもの。さあ、ファンタズマ、やるわよ」
リンネはファンタズマを掲げ、降り注ぐ魔法群に向けた。
「魔砲術、[ミストルティン]」
ファンタズマの先端に、魔力が集まり始める。瞬く間に最上級魔法で消費する魔力より大量の魔力が集まり、収束していく。
「バースト!」
リンネの叫びを合図に、収束した魔力が、砲弾となって発射される。魔法群に向かって飛ぶ砲弾は、途中でその形状を細長く変えた。
「クラッシュ!」
もう一度リンネが叫ぶ。すると、ちょうど魔法群と衝突するところだった砲弾が、はじけた。はじけた魔力は、魔法一つ一つにぶつかると、その魔法の構造を一瞬で破壊した。
「はぁっ!?なんだそれ……って、アブね!」
「ちっ」
驚くスロウの隙をついて、ノルンが切りかかる。それを寸前のタイミングで回避するスロウ。
「なら、こう。【双頭暴龍 ツインタイラント】、龍顎縛鎖!」
ノルンは躱された大剣を地面に突き刺す。すると、スロウの足元から金属でできた龍頭のついた鎖がいくつも飛び出してきた。それは大きく顎を開くと、スロウの体に食いついた。
「なっ、びっくり武装にもほどがあんだろーが!」
「そう、そのびっくり武装を作ったのはネクロよ。あなたが化物呼ばわりした彼の力でくたばりなさい。シャットダウン!」
「き、禁術だとぉ………」
ファンタズマから放たれた閃光が、スロウの体を包み込む。それは時を止める光。閃光が収まった後には、彫刻のように動かなくなったスロウがいた。
「ネクロを馬鹿にした罰。【双頭暴龍 ツインタイラント】、形態変化!」
ノルンはツインタイラントを重ね合わせる。すると、ツインタイラントと鍔についた宝玉が光り始めた。二つの大剣は徐々に混ざり合っていき、その姿を変えていく。
光がやむと、ノルンの手に収まっていたのは、ツインタイラントではなかった。
いうならば、巨剣。大剣の領域をはるかに超えた、刀身が五メートルはある巨大すぎる剣。その巨剣は真ん中で刀身が二つに分かれており、その間から、闇色のオーラがあふれ出している。その様子はさながら、ブレスを吐き出す龍のごとし。
「【禁忌骸龍 ザッハーク】、そしてこれ」
ノルンは懐から一つの結晶体を取り出した。それを口元にもっていくと、そっと、キスを落とした。
結晶体が砕け散り、中から、純白の光、ネクロの神聖光があふれ出してくる。
この結晶体は、封印結晶という名前のアイテムで、一度だけ、結晶の中に封印されたスキルや魔法を使えるというもの。空の封印結晶に、ネクロの[神聖光付与・圧縮強化]を封じ、ノルン一人でも[混沌龍殺し]を使えるようにしたのだ。
あふれ出した神聖光は、ザッハークにまとわりつき、食われていく。ザッハークは与えられた極上のエサに、歓喜を上げるかのように刀身を震わせた。
「混沌龍殺しっ!」
神聖光を食らい、混沌色のオーラをまとったザッハークを、ノルンは渾身の力でスロウに叩き付けた。大群に向けて使われた時とは違い、たった一人に向けられた破壊の極撃は、スロウを飲み込んで、大爆発を引き起こした。
爆風から逃げるようにノルンはリンネのそばまで戻る。油断なく各武器を構えながら立ち昇る煙と炎を見据える。
そして、一分、二分、三分と時間が過ぎていく。煙がだんだん薄れていき、徐々に視界が 良好になる。
「く…………がぁ………、よ、よくも………やって、くれたなぁ………」
「しぶとい」
スロウは、生きていた。かろうじて、と頭につくような様子だったが。ボロボロの体でふらつきながらも、スロウは二本の足でしっかりと立っている。
「クハッ、クハハハハハッ、ハハハハハハハハハハッ!まさか、ここまで追いつめられるとは思わなかったなぁ……。いいだろう、オレも、本気を出させてもらうぜ……」
スロウは、あれだけの攻撃を受けても傷一つついていない本をパラパラとめくった。そして、あるページでその手を止めると、そこに掌をのせ、詠唱を開始した。
「悪逆なる我が真なる姿を解き放つ。封印されし滅の力よ、今一度現世に君臨せよ。そして安寧に破壊と破滅をもたらせ。我は非道の王。三千世界に絶望をもたらすもの」
スロウの詠唱が終わるとともに、本から魔力があふれ出す。あふれ出した魔力は、スロウの体に巻き付き、その姿を隠していく。
魔力に包まれたスロウは徐々にその形を変えていく。人型から、魔物のシルエットに変化していった。
スロウの魔物形態は、鋭い角の生えた肉食獣だった。漆黒の毛並みをなびかせるその巨体は、軽く十メートルを超える。それに伴い、威圧感や魔力も増していた。
「この姿になったのは、勇者意外だとお前らが初めてだ。光栄に思っとけ」
スロウはそう吐き捨てると、口を大きく開き、そこから魔力の奔流を吐き出した。ノータイムで放たれた砲撃に、ノルンもリンネも反応できていない。スロウの威圧に充てられていたのだ。
まずい、と思いつつも、二人は動けなかった。ただただ、迫ってくる魔力砲を見ているだけである。もう防御する手段がないと分かった二人は、きゅっと強く目を閉じた。
「……ふぅ、間一髪、かな」
聞こえた声に、二人は目を開く。そこには、背中から龍翼をはやし、頭から鋭い角が生えたネクロが、魔力砲を受け止めていた。
「大丈夫、二人とも?」
戦闘シーンってやっぱり苦手だなぁ……。




