五話 悲しき慟哭
次に連れてこられたのは武家屋敷でした。
中に入ると漫画で見た事がある様な黒のスーツにサングラス、格闘家みたいに屈強なSPが入口を固めていた。新龍寺さんはそのまま入ろうとしてSPの人達に止められた。でも新龍寺さんが何か話した途端、SPさんはすんなりと許可した。
大広間らしき部屋に着くと新龍寺さんに「廊下で待ってて」と言われてテツさん達と廊下で待つ事になった。
大広間にいたのは会長達のご家族・親戚の様だ。新龍寺さんが入ったのを確認すると一斉に土下座して謝っているみたい。外からでも分かる。
身内がこんなにもまともなのにどうしてあの人達は……
「百合ちゃん入ってきて」
新龍寺さんに言われて部屋におずおずと入った。
一斉に見られて身の縮む思いがしたけど、テツさんが近くにいたから少しだけ安心した。
「この子は愛花の後輩の坂野百合ちゃん。お宅のご子息達がやらかした所業を全て見てた子だ。……百合ちゃん、話してごらん?」
「は、はい」
私は俯きながら、生徒会長達の悪魔とも言える所業を全て話した。話している途中でその場面を思い出して涙声になり、すすり泣きになっちゃう所があるけど、全部言えた。
全て話して改めて前を向くと、阿鼻叫喚の言葉が相応しい状態だった。
話していた時に興奮して気付かなかったけど、怒ったり泣いたり気絶したり大騒ぎだ。無理もないだろう。自分の子供が、兄弟が、親戚がそんな所業をしていたのだから。
そんな中、周りを落ち着かせている女性がいた。その人はどこか生徒会の双子達と似ている。お姉さんだろうか?
落ち着かせた後、その女性が私に質問した。
「ねえ。私の弟達があの女に何か渡していた姿を見なかった?」
「……そう言えば、香水の瓶を渡していました。落とした時に私が拾ったので柄も分かります。とても可愛いハートと花と雌ライオンのキャラが描いていました」
そこまで聞くと、女性は深い深い溜息を吐いて俯いた。
「……父さん駄目だ。あの馬鹿共、愛花ちゃんが作った作品をあの女に流している」
「なっ!! アレはお前の会社で厳重に保管されていた筈だろう!?」
「実は留守中に、私の部屋に保管していた私のカードキーが使用されていたのよ。調べたらあの馬鹿達が使用していた所を、私の金庫からカードキーを入手してまた入れ直している姿を、監視カメラが撮っていたのよ」
「まさか、あの会社の最近の新商品の化粧品は……」
「愛花ちゃんの作品よ。そのデザインは私があの子の為に製作したのだから間違いないわ」
そこまで言うと女性は頭を抱えた。
双子達の父親は驚愕した表情の後、苦しそうな表情を作り、そして最後は諦めきった顔になった。
「……新龍寺さんの案を受け入れよう」
「アナタ!!」
隣にいた母親が夫に縋りつく。
「分かってくれ! 私だってこんな事したくない。だが、マスコミのバッシングがこれ以上酷くならない為なんだ。このままいったら下手をしたら会社は倒産だ。私達家族が犠牲になるのは我慢できる。だが、私の肩には数百人の社員が、その倍の社員の家族がいるんだ!! その人達を路頭に迷わせる訳にはいかないんだ!! それはお前が一番分かるだろう!!」
「でも、でも、……ああっ!!」
双子の母親が泣きだしてしまった。夫は妻の肩を抱いてあやす様に撫でるが、その目は覚悟を決めた目だ。
「……他はどうします」
姉は後ろを振り向いて他の親族達に声をかけた。
「……ウチも受け入れる」
「これ以上あの子に迷惑をかけられない」
「あんな鬼の様な仕打ちをする子は私の息子ではないわ」
次々と賛成の声を上げる。それを聞きいれた新龍寺さんが頷いた。
「では御子息達は此方で処理しておきます。件の女達のご家族は此方で説得しますのでご安心を。……さあ、百合ちゃん帰ろうか」
新龍寺さんに手を引かれて私は退出する事になった。
「あ、あの!」
「んっ? 何だい?」
先頭を歩いていた新龍寺さんは私の方へ振り向いた。
「か、会長達はど、どうなるのです? あ、案とは一体……」
「百合ちゃん」
新龍寺さんはニッコリと笑った。それ以上の言葉は許さないと言いたげな威圧的な笑顔だ。
「君は平穏な毎日を望んでいるのだろう? これ以上の詮索はなしだ。
テツ。百合ちゃんを連れて帰れ」
それだけ言うと新龍寺さんは何処かへ去って行った。
私は卑怯者だからその言葉で何も聞く事が出来ませんでした。
その後は特に語る事はありません。
獅子若先輩の意識が取り戻し、面会の時に泣きながら謝った事。
それを獅子若先輩が笑顔で許した事。
生徒会達家族の会社が今回の事でかなり苦しい立場になる事。
私達が卒業して何年か後に教頭先生が理事長になった事。
私が就職した会社が新龍寺さんの組とトラブルを起こして社長さんが変わった事。
秘書検と英検の一級を持っていた私がその社長さんの秘書をする事になる事。
新龍寺さんの関係者とちょっとだけ関わりを持つようになった事。
お姉ちゃんとマサさんが結婚した事。
それら全て、この場で語る事はない。