03 意思の芽生え
いつもの作業場。
ここは湿気でじめっとした、つまらない場所だ。
だが、最近は悪くないと思い始めてきた。
それは彼女の影響だろう。
「これは何ですか?」
白髪の少女が尋ねる。
首を傾げるたび、その髪が揺れた。
「これは叩くとおしゃれな音がなるハンマーだね」
そういって、作業台を少し強く叩く。するとシャラランと煌びやかな音が流れる。
「あはは!変なの!」
無邪気な笑顔をこちらに向ける。
少女はいつも笑ってくれる。それが最近の楽しみになっていた。
「ハルさんっていつからここに?」
錆びたナイフをいじりながら少女は尋ねた。
「もう1年になるかな」
ここにきたのは冬だったかな。
以前の施設が閉鎖となり、俺はここに移動した。
「そうなんですか?もっと長いと思ってました」
「色んな所を転々としてるからね、ここに来る前も同じ様な場所にいたよ」
以前は軍の管理する強制労働施設だった。
俺が現在働いているここは、民間が行っている奴隷専用の強制労働施設だ。
強制労働施設では、奴隷でないやつも働くケースがある。
例えば罪を犯して、刑罰として働かされたりだ。
そういう奴は一定の期間働けば釈放される。
ここは奴隷専用なので、そういった希望はない。
「君はなんでこんな所に来たの?女の子なんだから来ない選択肢もあったでしょ」
こんな可愛い女の子ならいくらでも需要はあるはずだ。
そう考えるとおかしい。
「それは…秘密です」
少女は俯いて答えた。
「秘密か」
きっと言いたくない過去なのだろう。
あまり詮索しないほうがいいか。
「ハルさんはこそ何故こんな所に?」
少女がこちらを向く。
「それは、俺の能力が原因さ」
そういって手をかざす。
「この奇妙な力のせいで、拉致され、売り飛ばされ、今ここにいる」
この力のせいで、親に売られ、人間としての権利を剥奪された。
軍に目をつけられ、閉じ込められ、武器を作り続ける。
ただ奴隷として無気力に生きる毎日。
「そうだったんですか…」
「逆らった仲間はみんな殺されてった。反抗する気持ちはとうの昔に折れちまった」
天井を見上げた。
かつて俺にも友人はいた。今となってはもう1人だ。
少しの沈黙の後、少女は答えた。
「私は、必ずここから出ます」
その目は強かった。希望に満ち溢れていた。
「そうは言ったって、ここから逃げるのは大変だよ? 警備は厳重だし…見つかったら殺されるよ」
俺は彼女を諭す。
それは話し相手が居なくなってしまうかもしれないという、不安からだった。
だが彼女は折れない。
「いえ、私は絶対に奴隷から抜け出します」
彼女はこんな地獄で、そんなにも目を輝かせる事ができるのだろう。
俺は不思議で堪らなかった。
「何か、理由があるの?」
そう言うと、彼女は静かに頷いた。
「私には達成しなくてはいけない目標があるんです」
「それは…?」
俺は非常に気になった。
俺にはないものを彼女は持っている。
「それも、秘密です」
「…そうか」
落胆する。まあしかたない。
出会って間もない人間に、そんな大切な事を普通は話さない。
「いつか...ゆっくりとお話ししますね」
ニコッと笑顔を見せる。
そういって彼女は部屋から出て行った。
彼女の背中が大きく見えた。
翌日。
「おーいハルちゃんよ」
いかつい黒人が近寄ってくる。ああ面倒い。
「ちょっと今日の大広間の掃除を頼むわー」
彼は俺に近づき、いつものように雑用を押し付ける。
今日は大広間か…
「ちょっと君!」
後ろから声が聞こえた。あの子の声だ。
後ろを振り向くと、少女が立っていた。
「あーん?んだてめぇは?」
「今日の掃除は君が担当でしょ!それをハルくん1人に押し付けるだなんてどうかしてるよ!!」
腰に手を当てて叱咤する。
「うっせぇな、こいつもやりたいって顔してるぜ?」
「そんな訳ないでしょ!!」
このままじゃこの子までこいつの標的にされる。
俺は急いで2人の間に入る。
「いいんだ、俺がやるから」
「だめだよ!そんなんじゃ!」
少女を押しのける。
「ごめんガインズ、後は俺がやるから」
「じゃあ後は任せたぜ」
そう言って、ガインズは取り巻きと奥に消えてった。
「なんであんな奴の言いなりになってるの!」
「しょうがないよ、奴はここのリーダー的存在だ。逆らっても良いことはないよ」
そう。逆らっても何もいい事はない。
俺は唇を噛む。
「女々しいこといってるんじゃないの!折角そんな力があるのに…!」
「これは業務以外に使ったらダメなんだ…」
「そんなの関係ないよ!これは君の力なんだから、自分の意思で使わなきゃだめだよ!」
「そんな事言っても、俺の力は武器にしか使えない...仕事場から武器を持ち込むことは禁じられてるんだ…」
弱い声でそう呟くと、少女は怒った。
「それは決めつけだよ。勝とうと思う気持ちがあれば、どうにでもなるよ」
少女はずんずんと奥に行ってしまった。
ああ。勝とうという気持ち…か
確かに俺にはそういった意思が欠けている。
それは重々承知だ。
だがいつかそんな気持ちは折れてしまった。
俺はその夜は眠れなかった。
少女の言葉が頭から離れなかった。
自分の意思で力を使わなきゃだめだよ...か。
だけど俺にはそんな意思はないんだ。
俺はここの暮らしに満足しているのか?
いや、してない。
だったら逃げ出したほうがいいんじゃないのか?
いや、そのあとの報復が恐ろしい。第一脱走は不可能だ。
だったらそのままでいいのか?
いい。このままでいい。俺には何もできない。
明日も早い。寝よう。
ーそれは決めつけだよ。勝とうと思う気持ちがあれば、どうにでもなるよー
くそっ...いつもは寝れるのに...
この言葉が頭から離れない。
俺はやはり抜けだしたい。自由が欲しい。解放されたい。
そう、俺は、断ち切りたいんだ。この負の連鎖を...ッ!
だが一歩が踏み出せない。
なんて臆病なんだ。
結局、その晩は一睡もできなかった。
翌日。
なんだか広間が騒がしい。
「おおー!やれやれ!!」
「やっちまえー!」
身支度を終え、覗いてみる。
「いやっ!やめて!!」
そこには衣類を破かれた少女が、ガインズ達に囲まれていた。
少女は胸を手で押さえ、必死に隠している。
衣類はほとんど残っておらず、ほとんど布切れだ。
「何やってんだ!!」
俺は少女のもとへと走る。
「おおっと行かせねえよ?」
木材で後頭部を殴られる。
「ぐあッ!」
そのまま胸ぐらを捕まれ、地面に投げ飛ばされた。
「こいつ朝から俺様に向かって、説教をしようとするんだぜ?いい度胸だよなあ?」
「私の夢を馬鹿にする奴は許さない!」
「うっせーな」
少女の髪をつかんで持ち上げる。
「ううッ」
「夢だかなんだか知らねえが、今日からお前は俺の女だ!そんな下らない物は捨てろッ!」
所々に痣もある。木材で殴られたのだろう。
「この子にこんな事して、ただじゃ済まないぞ!」
「馬鹿が!分かってねえなあ!」
周囲でどっと笑いが起きる。
「こいつを殴ったのはお前なんだよ」
「なに、、?」
何を言ってるんだこいつは。
「はっ!ここには監視カメラねえ。定期的に来る見張りだけだ」
「つまり俺がこいつを殴った証拠は、どこにもない」
くそっ!こいつら!
「俺がお前が犯人だと言えば、そうなるんだよ」
周囲がげへへと笑う。
少女をいじめて、挙げ句の果てに俺に責任を被せる気だ。
「ハル君!助けて!」
少女が必死に叫ぶ。
だが、動けない。
助けなきゃいけないと頭では分かっているのだが、体が言う事を聞かない。
「おめーはここで見てな」
助けなきゃ。助けなきゃ。
そんな事は分かってる!だが体が動かない...ッ!
震える身体。足が動かない。立てない。
いや、体じゃない。恐らく...心が動いていないのだ。
心が動いていないから、体が動いていないのだ。
本当の意味で心が動いていたら、それは必ず行動に出る。
灼熱の砂漠に投げ出され、喉は乾き、瀕死寸前。
そんな時、目の前に差し出された水を飲まない人間がどこにいるだろうか?
そう、本当の意味で心が動いていたら、体も自然と動くのだ。
怖いから、後の報復が怖いからなどという感情は、後回しに出来るのだ。
ハルは心のどこかで「まあいいか」と考えている。
「おら!隠してんじゃねえよ!」
ガインズが少女の腕を掴みあげる。少女の控えめな胸が、露わになる。
そのまま手下に両手を固定される。
「はっはっは!おらよ!」
少女の鳩尾に一発二発と拳を叩き込む。
「うぐっ!ううう...」
「どうだ、さすがに効いただろう?これに懲りたらもう夢なんて見てねえで、俺に従う事だな」
そう。それがいい。
夢なんか見てても現状は変わらない。
それより力のある奴の顔色を伺って過ごしたほうがいい。
その方が傷つかない。
「 ...らめない」
少女が呟く。
「ん?なんだって?」
「諦めない!私は自分の夢を絶対叶える!私は諦めない!!」
あれだけ殴られたというのに、力強く叫ぶ。
何故なんだろう。なんで彼女はこんなに強いんだ。
彼女のこの一言で、俺の中の何かが動いた。
「どうやら調教が足りなかったようだな」
ガインズが近づき、持っていた木材を振りかざす。
「お前もういいわ、死ね」
彼女が殺される。そう思った時。
俺の中の何かが切れた。
「やめろおおおおおお!!!」
俺は、手下が持っていた木材を奪い取り、ガインズに殴りかかる。
「馬鹿が」
あっさりと躱され、腹に強烈な蹴りを食らう。
「うぐッ!」
だめだ...奴には勝てない。
ーそれは決めつけだよ。勝とうと思う気持ちがあれば、どうにでもなるよー
勝とうという気持ち...?
ああ!勝ちたい!勝ちたいよ!
でもどうすれば?
ー女々しいこといってるんじゃないの!折角そんな力があるのに…!ー
だめだ...この力は、剣とか槍とか武器にしか使えないんだ...
辺りを見渡す。ここに武器はない。
じゃあどうする?
この現状をどう対処する?
あまりに非力な自分が悔しくて、手を強く握りしめた。
「...ッ!」
あるじゃないか。俺は今まで何を見てたんだ。
握りしめている木材を見る。
木材だって...立派な武器だ。
俺は、木材に力を込める。試したことはないが、大丈夫だろう。
こいつで奴を圧倒するイメージを想像する。
「そろそろ終りだ。殺せ!」
手下が大きな木材を振り上げる。
「いやあああぁぁぁあああ!!」
少女が悲鳴を上げる。
だが、少女が殴られる事はなかった。
「うわあああああ!」
宙を舞う、手下達。
「俺は、お前達を許さない!!」
「てめえ!何しやがった!」
俺は木材を奴らに向ける。
すると、すごい勢いで奴らは吹き飛んで行った。
「すごい...!」
「くそっ...!風か!!」
俺はこの木材に『風の力』を付与した。
振れば風の衝撃波が発生し、相手を吹き飛ばす。
大したダメージにはならないが、牽制になる。
「くそっ!やっちまえ!」
遅いかかる手下達。
だが俺が一振りするだけで、彼らは簡単に吹き飛んでゆく。
手も足もでないとは、まさにこの事だ。
「ちきしょう...!ただで済むとおもうなよ!!」
その後は簡単だった。襲いかかってくる奴がいなくなるまで吹き飛ばすだけ。
奴らの非力さが浮き彫りとなった。
俺は今までこんな弱い奴らにペコペコしていたのかと、思い知った。
今日の作業後はやけに静かだった。
人混みを俺が通れば道が勝手に開く。変な気分だ。
「ありがとうハル君。君なら助けてくれるって信じてたよ」
少女の手を握る。
俺は何故動けたのだろう。
そうだ、彼女が夢を諦めない事を宣言した時だ。
俺は彼女を失いたくなかった。彼女の夢を知りたかった。
「教えてくれよ。君の夢を」
「うん、いいよ」
俺達は、こっそり作業場に向かった。