第二話 沙都
村の中に、もう一人、石打丸の石の像に魅せられたものがいた。
それは、庄屋の一人娘で、名を沙都といった。
沙都はたいそう美しかったが、気性の悪い娘だった。
沙都の興味は、石打丸本人にはなかった。
沙都にはとうてい、あの醜く、
頭の弱い石打丸を好きになることはできなかった。
沙都は、この美しい自分の姿を、石の像にして永遠に止めておきたい、
と、ただそれのみを願っていた。
沙都は、自分の美しさには絶対の自信を持っていたので、
男というものを軽蔑していた。
男はすべて、自分に奉仕するためにこの世にいるのであって、
すべての男は、きっと、わたしの美しさを崇拝せずにいられない、
と思っていた。
実際、沙都は美しい娘だったので、みんなの憧れの的だった。
沙都の、匂い立つような美しさに魅せられ、幾人もの男たちが、
庄屋の屋敷を訪れた。
だが、男たちは、だれ一人として、
沙都を我がものにすることができなかった。
そのわけは、沙都の父親だった。
沙都の父親は庄屋の孫兵衛という男で、近隣にもまれな親ばかだった。
孫兵衛は、娘可愛さの余り、家を訪れる男たちに、
途方もない無理難題をふっかけた。
そして、その難題を解くことができなければ、
到底、わしの可愛い娘をやるわけにはいかん、といって、
訪れた男たちを、片端から追い返してしまうのだった。
ある男が庄屋の屋敷にゆくと、出迎えた孫兵衛は、男に次のようにいった。
「『山の端に沈んでゆく月を、山の前に持ってくるにはどうすればよいか?』
これに答えれば、沙都はおまえのものじゃ」
男は、ううむと唸って腕を組んだ。しばらく考えていたが、
急に、ハタと膝を打ち、
「山を切り崩せば、月は山の前にきます」
といった。
孫兵衛は男の顔をじっと睨みながら、首を横に振った。
「山を切り崩せば、その後ろにまた山がある。それでは、答えにならぬ」
男は悲しそうに、孫兵衛の顔を見ていたが、やがて溜め息をつき、
「では、この度は、あきらめましょう」
といって、庄屋の屋敷を後にした。
また、ある力自慢の男がやってきたときには、
「おまえは力が強いそうじゃが、わしのいう通りにすれば娘をやろう。
『枝葉が雲に届くほどの杉の木を百本、細い麻縄で束ね、
先端に火をつけたものを、燃えつきる前にここへもってくること』
これができれば、沙都はおまえのものじゃ」
その男はよし、といって膝を打ち、
「では今から、もってこよう」
男は斧を持って山に行き、百本の杉の木をたちまち伐ってしまうと、
それを細い麻縄で束ねた。
次に杉の木の先のほうに火をつけ、
「えいや」
という掛け声とともに担ぎあげた。
そのまま、庄屋の屋敷を目指して歩き始めたが、いくらもいかないうちに、
麻縄が音をたてて千切れ、束ねなおしているうちに、
杉の木はたちまち燃え尽きてしまった。
仕方なく、もう一度木を伐ったが、同じことだった。
男は、何も持たず、庄屋の屋敷に戻り、
「では、この度は、あきらめましょう」
といって、庄屋の屋敷を後にした。
そんなわけだったから、男たちは、容易に沙都を手にいれることができなかった。