社怨
続きです、よろしくお願い致します。
――もも缶の告白から明けて翌日、朝も早くに愛里、ミッチー、ピトちゃん、ペタリューダが帰って来た。
四人とも全身びしょ濡れで帰って来たため、風邪をひかない様に風呂に入らせ、今は食堂で温かいスープを飲んでいる。
「――そうですか、ももちゃんが……」
「そうなんすか? 気付かなかったッス」
もも缶の事話すと、二人は驚きはしたものの「へぇー」と言う感じだった。ピトちゃんとペタリューダは何となくは気付いていたとの事。
「まあ、私にとってはピトちゃんもペタちゃんも妹みたいなモノですし……今更気にするほどの事でもないですよ?」
愛里が微笑み、ピトちゃんとペタリューダを見る……。
「自分にとっては同じ釜の飯を食ったら、皆仲間ッスよ!」
どうやら、俺の心配し過ぎだったみたいだな……。安心したら眠くなってしまった……。
「俺、ちょっと二度寝してくる……お前らも早く――違うな、なるべく疲れが残らない様に休めよ?」
「「「「はーい」」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――起きたら昼過ぎだった。
「うぁ、やべ……」
慌てて飛び起き、周りを見まわすが羽衣ちゃんも、タテも、もも缶もいない。もしかして、食堂か?
「ありゃ? いない?」
――食堂にもいない……。
取り敢えず、宿屋の人に聞いてみるとギルドに先に行ってると伝言されていたらしい。
「――置いてけぼりとか……」
まあ、寝過ごしたのが悪いんだが……。
仕方なく、ギルドに向かうと相変わらず混んでいる。さて、皆はこの間の部屋かな?
「あ、おじさん、やっと来た! こっち!」
人混みを掻き分け、ギルドの奥まで進むと悠莉が部屋の前に突っ立っていた。どうやら、俺を迎えに来てくれたらしい。
「――もしかして、ずっと待っててくれたのか?」
何この子……忠犬? とか考えていると。悠莉はジロリと睨み首を横に振る。
「違うわよ! 愛姉が「そろそろ起きてくるんじゃないですか?」って言うから、部屋の外見てみたの! そしたら偶々おじさんがいただけよ!」
ありゃ、そうなんだ?
「そっか、まあ丁度いいタイミングだったし、助かったよ」
「ふっふーん、後であたし達に何かおごってよね?」
――部屋の中に入ると、皆の視線が一斉に俺に向けられる……。
「あ、これってもしかしなくても……」
俺の事待ってたっぽいよね。皆イライラしてないみたいだから良いけど……。
「えっと……ゴメン!」
「いや、おやっさん、自分らを心配して朝まで待っててくれてたじゃ無いッスか……お互いさまっスよ!」
「そうですよ? 椎野さん……」
「――ペッ!」
「あたくしの足でも舐めますか?」
泊まり組の四人からフォローが入る……後半二人は違う気がするけど、ちょっと魅かれるお誘いが紛れ込んでいる……。
「――旦那さん……ちょい、ここに座っておくれやす」
どうやら、お誘いに乗ってはいけないらしい……ハオカさんが足をプラプラさせて俺を呼び寄せている……。
――グニッ!
「衛府はんの話が終わるまで、ちびっとこのまんま大人しくしておくれやすな?」
「……で? 話を始めていいのかな? サラリーマン君……?」
ハオカの前に正座し、足置き台になっている俺の顔を覗き込む様に衛府博士が聞いてくる。
「あ、ひょうひょ!」
「――何で、そんなにも嬉しそうに……」
衛府博士は不思議そうな顔で「まあ良いか」と呟くと、俺達の前に紙の張り付けられた掲示板を持ってきた。
「それでは、これからサラリーマン君に憑いている加護なるものについて分かった事を説明していこうと思う――」
「――まずは、サラリーマン君に憑いた加護『サラリーマンの神様の加護』なんだが、この『サラリーマンの神様』という奴が、何と言うか……ね?」
――言い難そうな衛府博士がポツポツと説明してくれたのは……。
まず『神様』とはあるが、その実態は『神様の加護』と言うよりかは『死者の怨念』に近いそうだ。
その『神様』の加護は『スーツ』、『ギルドカード』、『携帯電話』、『手帳』、『ハンカチ』、『時計』、『通勤かばん』のそれぞれにスキルとして潜んでいるらしい。
「今現在、『時計』と『通勤かばん』についてはスキルが未覚醒状態らしいんだけど、他の物について判明しているスキルはこの掲示板に列挙してみた」
えっと……。
「何々……? 『スーツ』に憑いたスキルは……『ファクト』――身体能力と思考能力の向上スキル?」
悠莉が顔を押さえられている俺に聞こえる様に、声を大きめにして呼んでくれる。
そして、次の項目はハオカが読み上げてくれた。
「次は……『ギルドカード』に『営業活動』――ギルドカードに対しての思考投影? よお分かりまへんね?」
多分、分裂とかの事かな……? あれ? って事は『名刺交換』は、俺自身のスキルって事か?
「えっと、『携帯電話』は……あれ? てっきり『報連相』だと思ったんですけど『垂直統合化』――親機、子機の『報連相』を強化する……?」
「あ、それは私も疑問だったんで試してみたんだけど、どうやら親機はサラリーマン君の携帯電話で、子機はサラリーマン君の『報連相』指導書でスキルを身に着けた人達の携帯電話みたいだね? 強化無しの『報連相』はどうやら、地球に電話出来ないみたいだよ?」
愛里の疑問に衛府博士が答える。
――へえ……知らなかった。それなら、俺が作った指導書の扱いには気を付けて貰わないとな。
「――因みに、通話料金はサラリーマン君払いだから安心して良いよ?」
「――っ! ひょ、ひょっひょみゃひぇ!」
「んぁ! 旦那さん、舐めちゃあきまへんよ……ひゃんっ!」
「ひゃ、ふゃひゅひ……」
――これ、経費で落ちるのか? 後で後輩に確認してみよう……。
「で、手帳なんだけどね……これが曲者なんだよ」
曲者……?
「手帳のスキルの名前は『過労祠』――捧げたスキルは二度と使用できない……つまり、『ロスト・スキル』と言う扱いになる代わりに本来のスキル効果の数十倍の効果を発揮するみたいだよ?」
――確かに、使いどころが難しそうだな……。
「今回、調査のきっかけになった『花見』もそのせいだろうね」
「そう何スか……おやっさん、すまねえっス!」
ミッチーが歯を食いしばり、悔しそうな、申し訳なさそうな顔で土下座してくる。
「ひひゃ、ひひひゅんひゃ……ひょひぇひゃひゃひひゃひひゃひゃひゃっひゃひゃひぇひゃ!」
「――おやっさん……!」
ミッチーが顔を上げ、涙をボロボロと流している――。
「ねえ……おじさん達、ワザとやってない?」
悠莉の言葉に「ひゃひぇ、ひゃんひょひょひょひゃ?」と返してみる……。
すると、悠莉は無言でハオカを指差す……。
「んぁ……はぁ、はぁ……よう、あかん……」
――何か、ハオカが笑い過ぎでビクビクしてた……。
「え、えっと、最後は『ハンカチ』ッスね? 『OJT』――サラリーマンやオフィスレディの地獄の日々を追体験……? 何か、あんまり大した事なさそうッスね?」
ミッチーは慌てて取り繕う様に掲示板を読み上げ、不思議そうに首を傾げる。
――ミッチー、それは人それぞれだよ……サブラは耐えきれなかった様だしな。
「さて、今使えるスキルは以上かな?」
「はーい、ほらこちゃん! あとのは?」
羽衣ちゃんが手を上げる。――分かってるのか? 何か雰囲気で質問してる気がするけど……。
「ん、良い質問だ! これまでの状況を聞いたが、多分、強敵との戦闘やサラリーマン君の行動次第かな?」
「ん、それ、もも缶分かる……」
――それまで退屈そうにダラダラしていたもも缶が、颯爽と起き上がった。
「ん、んん? 分かるのかい? そうなの?」
衛府博士の問い掛けに黙って頷くと、もも缶は親指を立て、語り始める。
「お腹一杯になると、力が出る!」
「ん? んん……? まあ、そうだね」
あれで正解らしい。何か、納得いかん。
「もっと言うなら、『神様』のお気に召す行動を取るかどうかだと思うけどね」
「それは……その、椎野さんが皆を守る様な感じですか?」
愛里の質問に衛府博士は首を横に振る。
「いや、先程も言った様に『神様』とは言っても『怨念』に近いんだ……だからか分から無いけど、どうやら『敵』に対してどれだけ嫌がらせ出来るかどうか、みたいだね」
――分かる……目の前の障害物で見えないけど、皆の「うわぁ……」と言いたげな顔が目に浮かぶ!
「ついでだから、他にも注意しておくよ? この『神様』は『人を切る・切られる』事と『肩を叩く・叩かれる』事に関して非常に神経質みたいだから、戦闘時にはこれらの行動に関して気を付けてね?」
――何か、『怨念』の正体も分かって来た……。
「――最後に……祝福の光についてだけど、黄色は昇進や昇給などの希望を象徴、黒は左遷や解雇などの絶望を象徴しているそうだよ? カオスだねぇ……?」
そう言う衛府博士の声は、非常に楽しそうに弾んでいた――。
「大丈夫だもん! サラリーマンはきいろと、くろをせおってゆうきに変えるんだから! パパが言ってたもん! うい、知ってるよ!」
――羽衣パパ……たまには良い事言うじゃないか……。
何にしても、これで大体『サラリーマン』の特性が分かったって事なのかな……と言うか、もし『加護』が無かったらと思うと……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺の『加護』の説明会が終わった事で、ハオカの足裏から解放されてしまった俺は渋々と椅子に座り直し、衛府博士のお手伝いをしていたギルド職員に話しかけてみる。
「えっと、すいません、テイラから派遣された職員の方って、今来てますか?」
――確か、この間は依頼に出てていなかったんだよな……。
「あら……? そう言えば……」
そう言うと、ギルド職員さんは「確認して来ます」と言って、バタバタとどこかに行ってしまった。
「ん……? ああ! そう言えば私が来た目的、もう一個あったっけ?」
帰ろうとする衛府博士を引き留めつつ、俺達はギルド職員の到着を待つ事にした。




