拳を天につき上げろ
続きです、よろしくお願い致します。
「よぉ、ツチノっち……」
俺が夜のジョギングから戻ってくると、宿屋の前に二つの人影――サッチーとミッチーがいた。
「どうした? こんな、夜遅くに?」
まあ、他人の事は言えないが……。
「ん、ちっとな……ダリーちゃんには、許可貰ってっから」
そう言うと、サッチーは俺に見せる様に、手に持った酒瓶を揺らす。
「そう言う事らしいッスよ? おやっさん……」
そう言いながら、ミッチーは三つのジョッキを掲げる。どうやら、男だけで飲もうという事らしい。
俺達は適当な広場を見つけ、地べたに座り込む。すると、俺のジョッキに酒を注ぎながら、ミッチーが思い出した様に口を開く。
「そう言えば、おやっさん? さっき悠莉ちゃんと外に出て無かったッスか?」
――見られてた……?
「お、そうなんか? ツチノっち、もしかして……?」
サッチーがニヤニヤと笑みを浮かべてこっちを見ている。俺は軽くサッチーの頭を小突くと、ため息を吐いて答える。
「――別に何も無いっての……」
「えっ? でも……」
どうやらミッチー、俺と悠莉が宿屋の前まで戻った所も見ていたらしい。それで、宿屋の前で待ってたのか……。
「ああ、分かった……嘘ついた。一応……告白されたよ――」
そして、俺は先程あった出来事を掻い摘んで説明する。ミッチーとサッチーは、一通り聞いた所で――。
「おやっさん……律儀っスね……」
「何つうか、ヘタレ?」
「――どうせ、ヘタレだよ……まあ、俺の事は良いんだよ! それより、ミッチーの方はどうなんだよ?」
取り敢えず、矛先を変えよう。俺はミッチーのジョッキに酒を注ぎ返しながら聞く。
「え? ミッチー、新しく好きな奴出来たんか?」
どうやら、サッチーは剣の事をまだ詳しく聞いてなかったらしく、大層驚いていた。
「い、いや、違うッスよ! 自分、ミトさん一筋ッスから! おやっさん、ちょっと説明してやって下さい……って、熱っ! み、ミトさん、誤解ッスから!」
どうやら、背中に差していた剣も勘違いしたらしく、刀身を真っ赤にして怒っている様だ。サッチーは何が起きているのか、理解できず、オロオロしている。
「ああ、悪い……実はな――」
そして、俺はサッチーに、ミッチーの剣が恐らく『ミトさん』の意識を持っている事、何かのきっかけで他の変異種や『伯獣』と同じ様に人型になる可能性がある事などを説明する。
「――はあ、んな事になってたんか……パねえな?」
サッチーはその一言で済ませると、ミッチーに向かって「頑張れよ」と声援を送っていた。
そんな感じでグダグダと飲んでたんだが……。
「サッチー、お前は……どうするんだ?」
――何となく、答えは分かっているが……これが、この飲みの本題なんだろうと思うと、自分でも驚くほど自然に声が出ていた。
確かに、ダリーは置いて行くしかないだろう。しかし、サッチーがどうするのかをまだ、ハッキリと聞いていない。
――多分、これは今聞くべきだ。
サッチーは、暫く眺めていたジョッキを一気に傾け、残りを口に流し込む、そして――。
「ツチノっち、オレは……ここで、ダリーちゃんを……産まれてくる子供を……守るよ……」
真っ直ぐ、俺の目を見て、迷いを見せず……サッチーはそう答えた。
俺達三人の間に、少しの沈黙が訪れる。
「まあ、そうだな……その答えが出なかったら、俺も……ミッチーも、多分、怒ってたかもな」
「……そう……ッスね……」
二人して苦笑する――本当は、ダリーも含めて……もうちょっと、ワイワイ出来たらと思ってたんだが……。
「――ツチノっち……」
俺は空になったサッチーのジョッキに酒を注ぎ、ミッチーと自分のジョッキにも同じく酒を注ぐ――。
「まあ、俺とミッチーは、お一人様だから……気の利いたことは言えんが、多分、サッチーに送りたい言葉は同じで……ああ、もう! 酔いが回って上手い事言えん! とにかくサッチー!」
「お、おう?」
ミッチーと目線でタイミングを合わせる。
「「おめでとう!」」
そして、ジョッキを高く掲げる。サッチーは暫くポカンとしていたが、やがて「パねえな……」と呟き。
「サンキュー」
そう言って、同じくジョッキを高く掲げた――。
「じゃあ、改めて……」
三人でジョッキを勢いよく、ぶつける。
「「「乾杯!」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――翌日。
「あ……おはよう、おじさん」
朝食を食べるために、羽衣ちゃんとタテを乗せて部屋から出た所で悠莉と遭遇した。
「……おう、おはよう。今から飯か?」
――頭が痛い……飲み過ぎた……。昨日の告白と、二日酔いの気持ち悪さで、何となく顔を合わせづらい……なるべく、いつも通りの感じでいけたと思うんだが、どうだろう?
「う、うん! 愛姉達とハオカもすぐに来るから、一緒に……食べる?」
俺の顔色を伺う様に、悠莉がこっちを見ている……ここで、断る訳には……。
「おう! じゃあ、どうせだから、ミッチーともも缶も呼んでくるか」
――こうして、ゾロゾロと宿屋の食堂にお邪魔しているわけだが……。
「おやっさん、お変わり良いッスか!」
ミッチーよ、お前の胃袋が欲しい……。
「こらっ! もも、それ他のお客さんのご飯だから!」
何とも騒がしくなってしまった……宿屋の人にも、他の宿泊客にも申し訳ない。
「って、羽衣ちゃん、野菜もちゃんと、食べる! タテも、それじゃあ、羽衣ちゃんの為にならないから!」
まあ、結果としては……気まずくならずに済んで良かったけどな。
――食堂を出ると、ハオカが俺の傍に近寄って来た。
「旦那さん、悠莉はんと何やおました? おましたやろ……?」
何だろう、悠莉と言い、ハオカと言い、俺の『ポーカーフェイス』はそんなに、分かり易いのだろうか……?
「まあ、あれだ……前に、ハオカに言った様な事を悠莉にも言っただけだ」
俺の答えを聞いたハオカは嬉しそうに「ほうほう」と頷き、そのまま悠莉達と一緒に部屋に戻っていった。その後、宿屋をチェックアウトしたのだが、気のせいか、二人の距離が縮まっている気がする……何故?
――そして、俺達は再びダリーの実家にお邪魔していた。
ダリーはやはり旅を続けるのは難しいとの事で、そのまま実家に滞在し、出産するそうだ。
俺達が改めてチェリン家を訪れたのはダリーとサッチーに、しばしのお別れを言う為と、そして――。
「愛里、アレ……出してくれ」
頬を叩き、気合を入れる。そして、愛里に預けてあった物を出す様に合図する。
「はい、椎野さん……お願いします」
渡された小箱をサッチーと、ダリーに渡す。そして、羽衣ちゃんを呼び、抱きかかえる――。
「ダリねーちゃん、サッチー、ここ!」
羽衣ちゃんが、バタバタと俺の前辺りを指差す。ダリーとサッチーはキョトンとしながら、羽衣ちゃんの指示に従う。
「う? おじちゃん、もういい?」
羽衣ちゃんに向かって、無言で頷くと、羽衣ちゃんは「こほん」と口で言い、二人に向かって――。
「えっと、サッチーは、おげんきなときも、いやんなときも、うれしいときも、かなしいときも、リッチなときも、まずいときも、ダリねーちゃんを愛し、うやまみ、なぐさめ、助け、二十四じかんたたかいつづけることを、ちかいますか!」
――所々、間違ったり、噛んだりしてるが……大体合ってるから良いか!
サッチーとダリーの様子を見ると、まだポカンとしている。っというか、何故、ダリママが携帯で撮影している? いつの間に覚えたんだろう……。
「んん! サッチー……」
ポカンとしているサッチーを我に返らせる。
「あ……ああっ! 誓う! 誓いまくる!」
サッチーの言葉を聞いて、羽衣ちゃんが満足そうに腕を組んで「うんうん」と頷き、次にダリーの顔を見る。
「ダリねーちゃんは、おげんきなときも、いやんなときも、うれしいときも、かなしいときも、リッチなときも、まずいときも、サッチーを愛し、うやまみ、なぐさめ、助け、二十四じかんたたかいつづけることを、ちかいますか!」
「――はい……誓います!」
再び、羽衣ちゃんが満足そうに頷く。
俺が二人に、箱を開ける様に合図すると、羽衣ちゃんは両手を胸の前でレフェリーの様に勢いよく交差させると、二人の顔を順番に見る。
「それでは、ゆびわのこーかんをしてください!」
――二人は小箱からイエローライトの指輪を取り出し、互いの指に通す……。
「それでは、チューしてください!」
羽衣ちゃんが「きゃあきゃあ」とはしゃぎ、二人を急かすと、二人は微妙に苦笑いを浮かべながらも、誓いの口づけを交わした。
俺は、照れ臭そうに俯くサッチーと、目に涙を浮かべて羽衣ちゃんに抱き着くダリーを、羽衣ちゃんと三人揃って携帯のカメラに写し撮る。
「じゃ、二人供……元気でな?」
「ああ、ツチノっちも頑張れよ?」
――こうして俺達はサッチーとダリーに一時の別れを告げ、『シッキィ』を後にした……。




