戦勝報告
続きです、よろしくお願い致します。
「お、おやっさん……無事だったか」
俺達が洞窟から出てくると、パシェノスが声を掛けて来た。パシェノス達は無事に門番の『伯獣』二人に勝てた様で、皆その場にダラリと寝転んでいる――いや、そこは、助けに来いよと言いたいのをグッとこらえる。
「いや、お前ら……終わったなら助けに来いよ……」
結局言ったけど……。
「そうは言っても、こっちも大変だったんだぜ? あの二匹強かったしよ……衛府博士って人に相談してるうちに何か知んねえけど、別の『伯獣』が出てきて仲間割れ始めるしよ……」
――パシェノスの話によると、敵の『伯獣』二人はサブラ程ではないものの、再生能力を持っていたらしく、決定打が無い状況が続いていた。
それでも、数の暴力と、衛府博士の実験は恐ろしいモノで……徐々にパシェノス達が優勢になっていったらしい。
しかし、そこに現れたのが――俺達がいつかのキャンプ場で出くわしたミクリスだった。
ミクリスは、パシェノス達に名乗りだけ上げると、無言で二人の『伯獣』の間に立ったらしい。二人の『伯獣』は増援が来たものと思い込み、パシェノス達に勝利宣言を出したところで――後ろからミクリスに飲み込まれた……との事。
「――その後は、そのミクリスって野郎は洞窟に戻っていったんだけどよぉ、それがついさっきの事だ……おやっさん達、鉢合わせなかったのか?」
「いや、見てないな……洞窟内は枝分かれしてたからまだ中にいるかも」
俺とパシェノスが真剣に中に戻って、追撃するかを検討していると、俺の背中をもも缶がポンポンと叩く。
「ん? どうした、もも缶……何か食うか?」
もも缶は俺の言葉にパアッと笑顔を浮かべる。
「ん、食べる……それと、ミクリス、もう洞窟の中にいない、匂い、遠くへ行った」
成程ね……劣勢を悟って逃げたのか? アイツ、前も逃げたしなあ。
「皆、どう思う?」
「多分……だけど、ももの言ったとおりだと思う」
「そう、ですわね……悠莉さん達にも言いましたけれど、あの方も……あたくしと同じく、栗井の支配から脱した様子でしたし」
栗井博士の支配――『創獣の欠片』か? それは、いつだ……? タイミングによっては、何か引っかかるんだが……。
「まあ、ともかくうちの国から……奴らは去ったって考えて……良いんだな?」
俺達の結論を待ちきれなくなってきたのか、パシェノスがソワソワと尋ねて来た。正直、まだ不安要素はあるけど……。
「……そうだな、テイラからは去ったと考えていいだろうな?」
その答えを聞いて、パシェノスの表情が安堵に満ちる――。
「――っ。あ、すまねえ……まだ、おやっさんのとことかもあんのに……」
「いや、気にすんな。今は喜ぼう……」
俺の言葉に、パシェノスが静かに頷き、背後に控える冒険者、軍兵に向き直る。
「お前らぁ! テイラから、奴ら――『コミス・シリオ』はいなくなったってよぉ! 俺らの…………勝利だ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」
イグロト沼を中心に、怒号が響き渡り、俺達は勝利と生還を祝い合った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――ヤラーレに戻る頃には既に空は暗く、日付が変わっていた。
「それでは、王への報告は明日にして今日はゆっくりと、休んでください……それと、ありがとう……」
王宮に辿り着いた俺達にそう言って、テイラ国宰相――ナーケさんが頭を下げる。
「ああ、疲れた……」
「そうだべな……」
俺のぼやきにサッチーが反応し、二人そろって王宮の廊下に座り込む。
「ちょっと、おじさん達、こんな所で寝る気? 風邪ひくよ?」
「悠莉……連れてってくれ」
俺は座ったまま、両手を伸ばす。
「あらあら……こら、ちびっと旦那さんに活を入れてあげなきゃどすなぁ?」
――グニッ!
ハオカが俺の顔をその足で踏みつける。おお、ある意味元気に――。
「はいはい、じゃれ合うのはその位にしないと……」
ダリーの声に振り返ると、ダリーに手を引かれているタテが既に船を漕いでいる。
「ありゃ、流石に疲れたか……悪いダリー、代わるわ」
ダリーからタテを受け取り、背中に乗せる。
「それじゃ、今度こそお休みだ」
皆と別れ、俺はタテを連れて王宮内に宛がわれた自室に入り、寝間着へと着替える。すると、ドアを誰かがノックする音が聞こえて来た。
「椎野さん……? まだ起きてますか?」
「愛里か? まだ起きてるよ?」
「ああ、良かった!」
俺がドアを開けると、隙間から愛里が顔をのぞかせる。
「どうした?」
「ああ、いえ、さっきメイドさんの様な方に聞いたんですけど、どうやら、王宮の方で洗濯して頂けるらしくて……他の皆さんはその場で洗い物を渡したんですけど、椎野さんだけいらっしゃらなかったので……良ければ、私が持っていきますけど?」
ああ……そう言えば、サブラに斬られたせいで、ワイシャツとパンツが血だらけだ。何でかスーツに付いた血は綺麗さっぱり消えてるけど……。
「でも、良いのか? その……」
おっさんのパンツを持たせるのもなあ……。
「ええ、大丈夫ですよ? ほら、籠も貸して貰ってますし?」
そう言うと、愛里は籠を見せつけてくる……それはそれで、ちょっと複雑なモノがあるけど……。
「それなら……お願いするよ」
そうして、愛里に血の付いたシャツとパンツを籠に入れて渡す。
「それじゃあ、改めて……お休みなさい」
「ああ、お休み」
――こうして、漸く怒涛の一日が終わりを告げ……俺はベッドに倒れ込む……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――ん……」
――気が付けば、朝だった……。そして、状況を確認してみよう……。
「まず……この頸椎をロックしているのは、羽衣ちゃんか……」
いつの間にか、俺の頭に羽衣ちゃんがしがみついて、寝息を立てている。
「……で、この腰椎を締め上げているのは、タテ……と」
これは、昨日ベッドに入った時と同じ状態だな。
「さて、この足は……ハオカだな?」
良く見慣れた足の指が、俺の鼻先でクニクニと蠢いている。うん、もう少しこのままでも良いんだけど……。
「じゃあ……さっきから俺にアンクルホールドを掛けているのは……誰と、誰だ?」
――そう、目が覚めてから両足がロックされているお蔭で、立つ事も出来やしない……。
もう少し、のんびり寝ていたいけど、王様にも報告しないといけないしな……。
「お前らっ! 起きろ!」
自由に動く両手で、布団をバタバタと動かす。
「ん……あれ? いつの間にか寝ちゃってた!」
まず、俺の足を折ろうとしていた悠莉が飛び起きる。
「痛い! 悠莉、まず、ホールド外せ!」
「あ、え? いつの間に! ご、ゴメンおじさん!」
――まずは一人……!
「んで、もう一人、誰だ?」
「え……? あ、も、もも! アンタまで!」
どうやら、悠莉の真似をしてもも缶が俺の足をホールドしているらしい。
「ん? ゆうり、もう起きたか?」
もぞもぞと、もも缶が布団から出てくる。これで、二人!
「次! ハオカ、起きろ!」
「んぁ……。旦那さん、よう起きたんどすか?」
腰の辺りからハオカのくぐもった声が聞えてくる――。
「あ、ちょ、ちょっと待て、ハオカ、そこで喋るな!」
「ふぁ……旦那さん、おはようさんどす」
さて、後は……。
「で……何で、こんな事に?」
取り敢えず、タテは落ちない様に肩に乗せ、三人の顔を見渡して、問い詰める。
「はい! もも缶、ゆうりの後つけた、ゆうり、寝てたから、もも缶も寝た!」
「え? あたし? あたしは……おじさんを起こそうとしてたんだけど、布団捲ったらハオカがいて、で、何となく……そのまま、寝ちゃった?」
「うちどすか? 旦那さんと一緒に寝ようと思って、昨晩忍び込みました!」
――頭痛がしてきた……。
「はあ……分かった、着替えるから出ていってくれ」
「「「はーい!」」」
三人を追い出し、俺はスーツへと着替える。
しかし……このスーツ、どうなってんだろう? 斬られて、汚れて、直って、綺麗になって……。
「衛府博士に聞いてもらうかな……」
一人ぼやいていると、頭の上でもぞもぞと、動きだす者達がいた――。
「う? おじちゃん……おはよう?」
「……父上……姫……? おはよう……ございます」
仲良く、二人一緒に目が覚めたみたいだ。俺は二人を地面に下ろすと、頭を撫でる。
「はい、二人供おはよう」
俺は自分の身支度を済ませた後、二人の手伝いをしてから部屋の外にでる。すると、どうやら俺達が最後らしく、部屋の外には皆が待ち構えていた。
「ツチノっち、遅えよ……」
「悪い! 待たせたか?」
「いや、そんなに待って無いッスよ?」
ミッチーによると、五分ほどらしい……結構待たせてたな……。
「あれ……? ダリーは?」
姿が見えないので、サッチーに聞いてみる。
「ああ、ダリーちゃん……気分が悪いみたいで、部屋で寝かせて貰ってんだ。王様への報告はオレらだけで行こうぜ?」
「そっか、昨日は連戦だったしな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
謁見の間には、以前と同様に中央にバーレ王、その隣にナーケさん、後は左右に並ぶように昨日の作戦で一緒だった軍兵さん達がいた。
俺達は、謁見の間に向かう途中でパシェノス達冒険者と合流し、今は王の前に跪いている形だ。
「……」
バーレ王が何かをナーケさんに囁いている。
「この度の働き、ご苦労であった! 主らのお蔭で我が国と我が民の平穏が戻って来た、感謝する! と、我が王が申しております」
その言葉と共に、バーレ王、ナーケさん、左右に並ぶ軍兵さん達が俺達と同じ様に跪き、頭を下げる。
――その後はパシェノスと俺が中心となって昨日の作戦の成果を報告していった。
「ふむ……では、念の為、洞窟内の調査を行って、残党がいないか確認しておきましょう……」
ミクリスの事を伝えると、ナーケさんが洞窟内を調査してくれることを約束してくれた。
「――では、汝らの協力に対する謝礼に関しては、準備に三日ほどかかる故、それまでは自由に過ごすが良い。と、我が王が申しております」
あっさりとしたもんだが、王様への報告はこれで終わりらしい。因みに、俺達は栗井博士を追い掛けるため、謝礼としては金銭的な物は要求せず、作戦開始前に二つの要求を出しておいた。
つまり――。
一つ、 テイラ国領土にある、港町『イルマニ』から、南の大陸『ウズウィンド』への自由渡航許可。
二つ、『ギャンブラー』もしくは『賭博士』のジョブを持つ者の紹介。
どちらも、根回しやらで手間取っているらしく、正確には三日後に中間報告となるそうだ。
「――三日か……」
俺はテイラに数多く確認されているという、アレを思い描き、謁見の間を後にした――。




