社畜体験
続きです、よろしくお願い致します。
「――っ。こ、ここは……何処ディスか?」
目を開けたサブラの視界に広がっていたのは、森の木々よりも高い、石の塔――ビルが立ち並ぶ街だった。
「な、なんディスか? あ、足が勝手に!」
サブラの足は勝手に動き、ビルの一つに向かって行く。
ビルの中に入り、階段で二階に上ると、そこは机が並び、同じ様な服を着た人間が沢山いる部屋だった……。
「そ、そう言えば!」
サブラは自分の格好を確認する、先程まで自分は戦闘形態を取っていたはずなのだが……今は、ピッチリとした、裾が膝の少し上までしかない服――スーツを着ている。
「サブラ君? どうしたんですか?」
「あ、主……?」
――聞き覚えのある声に振り向くと、自らの主が、先程まで戦っていたはずの敵と同じ様な格好で、そこにいた。
「主……? よく分かりませんが、役職で呼ぶならちゃんと、部長と呼びなさい!」
「あ、はい、すいません、部長!」
咄嗟に返事をしてしまったサブラだが、彼女の頭は自分の理解を越えた事態について行けず、周囲の様子をキョロキョロと伺うだけであった。
『――ノルマ道――』
「――っ! い、今のは?」
突然、空から聞こえて来た声にサブラは身構える。
「た、確かに今、鼻の詰まった様な声が……?」
「――君、サブラ君! 聞いているのですか?」
「あ、はい、部長!」
栗井の声で、サブラは我に返る。
「ふう……しっかりして下さいよ? 今月、君だけまだ契約ノルマを達成できていないんですからね? 今日中に少なくとも、十件は契約取って来て下さいね?」
「は、はい……」
サブラはそのまま、何をすれば良いのか分からず、街を練り歩く――が、一日歩き回って何の成果も得られず、仕方なくビルに戻る。
「結局、新しい契約とやらは出来なかったディス……」
ため息を吐き、栗井の元へと報告に行くサブラ。
「……君は、一日、何をしていたんですか?」
栗井が冷たい目でサブラを見つめる。
「も、申し訳ないディス……」
「オイオイ、本当に悪いと思ってんのか? ディスディスディスディス……何、ディスってんだよ!」
そこに、クリスも加わり、ビオはゴミでも見るかのようにチラ見して去っていく……更にはミクリスや、サラマドラまで加わり唾を吐いて行く。
「あいつ等……殺してやるディス!」
『――残業道――』
「――っ! ま、またディスか!」
再び、空から声が聞え、サブラの前の景色がゆがむ……。
「クァ……」
気付けばサブラは机に座って、紙に何かを書き込んでいた……。
「はっ! こ、これは……?」
「サブラちゃあん! お疲れ~」
すると、眼鏡をかけたティグリがサブラの元にやって来た。
「悪いんだけどさ? 俺、今から合コンなんだよね? だから、これ、代わりにやっといてよ!」
そう言うと、ティグリは山ほどの書類をサブラの机に置いて行く。
「な……ティ、ティグリ!」
自分の知るティグリとの違いに戸惑いながらも、その身勝手な言い分に掴みかかろうとする――。
「ごめんって! 今度、飯おごるからさ!」
ティグリはサブラの突進を避けると、そのまま、戦闘形態になり、窓からどこかに行ってしまった……。
「なんなんディスか……もう」
――それから四時間。
こなしてもこなしても減らない書類、すでに時間は十時を回っていた。
「何で……サブラが、こんな目に合うんディスか……」
サブラは思う、自分は何でここにいるんだろうと。
「うう……」
訳も無く悲しくなり、涙が滲む……。
「早く、帰りたいディス……」
『――低給道――』
「ん……またディスか?」
そして、ふと目の前の封筒に目を通す……。
「――なッ!」
そこには、サブラの給与明細が入っていた。そして、その金額を見て、サブラは小さく呟いた。
「私の給料、低すぎディス?」
サブラの頭の中にによく分からない給料に関しての知識と、焦燥感、絶望感が襲って来る。
『――ハラスメン道――』
「何じゃサブラ……帰っておらんかったのか?」
「あ、ゲリフォス……」
既に四度目となる、空からの声に、サブラはその身を震わせていた。
そんなサブラの様子を気に掛けるでもなく、ゲリフォスは厭らしい笑みを浮かべている。
「お前は……変わらないディスね……」
「ん? どうしたんじゃ? 幾らワレが上司とは言うても、少ない同期じゃ! ほれ、何ぞ悩みがあるなら言うてみい?」
そう言いながら、ゲリフォスはサブラの尻を撫で回し、そして呟く。
「相変わらず、いい尻をしておる……サブラよ、お主もスプリギティスの様に、さっさと辞めて結婚したらどうじゃ? 何ならワレが愛人にしてやっても良いんじゃぞ?」
「止めるディス! この、エロ爺!」
「君達っ! 会社で何をやっているんです!」
睨み合っていた二人が振り返ると、栗井が冷たい目で睨んでいた。
『――解雇道――』
「――っ!」
再び空から聞こえる声――。
サブラは目の前の栗井に向けて、言い訳をしようとするが、何故か声が出ない。
「ち、違うんですじゃ! こ、この雌が誘惑してきよったんですじゃ!」
「――っ」
ゲリフォスはそれからも自分の都合の良いように、栗井に説明していく。
「――っ。――っ!」
それでもなお、声が出せないサブラに向かって、栗井が言い放つ――。
「サブラ君、君がそんな人とは思わなかった……君はもう、明日から来なくても良い!」
「――っ!」
『――求職道――』
気付けば、サブラはフラフラと夜の街を歩いていた……。
「うぅ……」
あれから、色んな所を訪ねてみたがしかし、どこも雇ってくれない……。
「なんだ、これは……さ、サブラは……」
――その時、メロディが聞こえて来た……。
そして、メロディと共に、空からあの声が聞こえて来る。
『――これぞ、社畜六道輪廻――』
「――っ!」
『――以下、繰り返し――』
空からの声が発した『繰り返し』――その意味を想像した時、サブラの心が折れた……。
「ああああああああああああああああああ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――あっ! こ、こ、は?」
どうやら、サブラが意識を取り戻したみたいだ。
先程使ったスキル『OJT』……その説明は『社畜体験』とだけあったんだが、予想以上に辛かったみたいだな……。
サブラの意識が飛んでいる間――大体、三十分程の間に、俺と、愛里と、ハオカと、タテで皆の怪我の治療にあたっていた。
その間にもも缶も帰って来て、お蔭で今、サブラを取り囲む事に成功していた。
「こ、ここは……どこ、ディスか? サブラは……帰ってこれたんディスか?」
サブラは敵であるはずの俺に必死で縋り付き、答えを求めている。
「あ、ああ、そうだけど?」
「あ、アレは……何なんディスか!」
堰を切った様に、サブラは何が起こったのか話し出した。ああ、成程……こういう話って、誰かに聞いてもらいたいもんだよね。
「サブラ……それは、俺の、『サラリーマン』や『OL』の苦行だ……お前はそれを経験したんだ」
それを聞いて、サブラの俺を見る表情が恐怖に染まっていく。
「お、お前らは……おかしいディス! な、何で……あ、あんな……どうして、それで、続けられるんディスか!」
――どうやら、そこそこの職場だったみたいだな……。
「まあ、もっとキツイ職場もあるけどな? どうしてと、聞かれれば、それが日本の――『サラリーマン』だからかな?」
そして、俺はサブラを拘束するためにと考え、立ち上がる。その時に、俺のハンカチがヒラリ舞い落ち、それを見たサブラの顔が真っ青になる――。
「ヒィッ! よ、寄るな……化物! それを近づけるな!」
サブラはカチカチと歯を鳴らしながら、俺の事を完全に化物扱いしている……本当に何を見せられたんだ?
その後、サブラは「やだ……もうやだ」と呟きながらフラフラと洞窟の出口に向かって歩き出した。
「――あ、やべ、捕まえないと!」
「いえ、旦那さん……もう、大丈夫と思いますぇ?」
焦る俺に対して、ハオカがそう言い、他の皆も頷き、最後にミッチーが呟いた。
「そうッスね……アレは、もう心が死んでるっス」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
サブラは、一刻も早く逃げ出したかった。
「あ、あんな精神力の化物……係わりたく……もう、係わりたくないディス!」
サブラが短い間に何度も経験させられた地獄は、そのことごとくが、心を折って来るモノばかりだった。
――戦闘ならば、傷を負おうが何をされようが、最終的に相手を殺してしまえば自分の勝ちであった。しかし、あの地獄は、相手に手を出す事を禁じられ、相手からの精神的な攻撃を防ぐ事すら出来ず、理不尽に、じわじわと魂を削られていくモノだった。
それをさも平然と、しかもまだ上が有ると言い放った、あの人間は……もう、ただの『化物』にしか見えない。
「早く……もう、どこかで……ひっそりと!」
引きこもりたい! そう思ったその時――。
「――っかふっ!」
サブラの胸に、緑色の鎌が刺さっていた。
「どうしたんですか、サブラ様? 隙だらけ、ですよ?」
「う……ぁ?」
サブラは胸の鎌を見て、一瞬、何が起きたか分からず、声の主を見る。
「――ミ、クリ、ス?」
「はい……数時間、ぶりですね、サブラ様?」
息も絶え絶えな様子で、サブラが……嘗ての上司が自らの名を呼ぶその様子を、ミクリスは満面の笑みで見つめている。
「さて、私、ここらで、主達の元を離れようと思いまして」
膝をつくサブラの前まで来ると、ミクリスは緑の鎌の柄を握り、サブラに突き刺したまま、グリグリと回す。
「んぁ……!」
「と、言う訳で、手切れ金代わりを頂きに来ました」
「手、切れ……金?」
サブラの呟きにミクリスが頷く。
「はい、今から私、貴女を……正確には貴女の力を頂きますね?」
「な……に?」
サブラの頭を掴み、そのまま力を込め地面に押し倒し、ミクリスは告げる――。
「じゃあ、頂きます――」
ミクリスの口が大きく開き、地面に仰向けに倒れたサブラの足元に喰らいつく。
「い、いや……誰、か……いや、いや……いやだ――!」
サブラの悲鳴が小さく響き、すぐに洞窟内に静けさが訪れる。
「――ふぅ、ご馳走様でした……流石、サブラ様……美味しかったですよ? これで五体目……ですか……」
――この日、テイラから『コミス・シリオ』のサブラ部隊が姿を消した……。




