サラリーマンのハンケチーフ
続きです、よろしくお願い致します。
――洞窟の最奥は静まり返っていた……。
「俺達が一番乗りか?」
「そうみたいどすなぁ……」
「……でも、父上……」
俺には分からんが、どうやらハオカとタテには何か引っかかるものがある様で、その表情は険しい。
しかし、目に見える限りは誰もいない様に思えるんだが……。
「――っ! 旦那さん、来ます!」
「――『風壁』!」
ハオカが突然叫び、タテが俺達の周囲に壁を作る。次の瞬間、風の壁に何かが弾かれるような音がした。
「良い勘してるディスね……?」
声と共に、俺達の目の前の空気がグニャリと歪み……俺達の目の前に一人の女性が現れる。
その女性は、頭からつま先まで全てが灰色だった……女性はその口からチロチロと細長い舌を出し入れしながら、俺達を睨み付け、喋り続ける。
「ん? もしかして、この姿になってからは、初めてでしたっけ? じゃあ、改めて……『蜴伯獣』サブラ、ディス」
「サブラ……? そんな……声まで変わって!」
俺が覚えてるのは、例の発表会の時――あの時のサブラは蜥蜴人間って感じだったが、今のサブラはワンピース姿の美人と言った感じだ――まあ、体色は灰色だが……。
俺が驚いている事に満足したのか、サブラはその口を耳まで広げ、ニヤリと笑う。
「そりゃ、主の研究と、サブラの頑張りのお蔭ディスよ?」
それにしても、コイツ……どっかで会った様な? 気のせいか?
「まあ、挨拶も終わった事ディスし? 早速で悪いんディスが……死んでくれよ!」
そう言うと、サブラはその指の爪を鋭くとがらせ、俺達に迫って来た――。
「――っ。旦那さん!」
――ゴリンッ!
「まじかよ……」
「父上!」
コッソリ仕掛けてた『塗り壁』があっさりと砕けた……と言うよりは斬られた……。
幸い、サブラの動きは鈍くなったから避ける事は出来たが……。
「少し、かすっただけだ。大丈夫」
心配そうにこちらを見つめるタテに告げる。
「……主が言ってた『壁』ディスか? 確かに、ちょっとめんどくさいディスね……」
サブラは舌をチロチロさせながら、周囲を見渡す……もしかして、コイツ見えてんのか?
だとしたら……厄介だな。
「ハオカ!」
「はいなっ! 『大太鼓』!」
ハオカが放つ朱雷を周囲に展開した『塗り壁』で反射させ、サブラを包み込む。
「グッ……確かに、これは中々……」
朱雷の檻に囲まれたサブラから苦しそうな声が聞えてくる。
「ふふ……」
「なっ! カードが?」
しかし、サブラの笑い声と共に、朱雷の檻を構成していたギルドカードが破壊されてしまった。
「どうディスか? 私の愛剣『オラン』と『オラ』……とは言っても元々、私の尻尾なんディスけどね?」
そう言ったサブラの両手には、俺の身長程もある包丁と、タテの身長程の包丁が握られていた……。
「さて……ここからが本番ディスよ!」
まあ、こっちも準備終わったけどな!
「サブラ……因みに降伏するつもりとかは?」
「ある筈……ないディスよ!」
サブラが地面を蹴る――。
そして、俺の眼前まで迫ったサブラの両手、両足がズルリとその胴と別れを告げる……。
「これで……」
「旦那さん、まだどす!」
俺がサブラの無力化に成功したと安堵したのも束の間、ハオカが顔を真っ青にして俺にダイブして来た。
「グァ! ハオカ……何、を?」
ハオカと一緒に地面を転がりながら、俺が元々立っていた辺りを見ると……サブラが、その手に持った包丁を振り下ろしていた。
恐らく……ハオカがこうして体当りしてくれなかったら……俺は……。
「ちっ! 外したディスか……」
舌打ちをすると、サブラはこちらに狙いを付ける。
「父上、ハオカ姉さん! 『呂音』!」
タテが笛を鳴らすと、サブラが少しだけよろめく。その間に俺達は態勢を整え、改めてサブラと対峙する。
「……再生能力か?」
「ご名答ディス」
そう言うと、サブラはその手に持った包丁で自分の腕を切り落とす。そして、次の瞬間にはその切断面から、新しい腕が生えて来た……。
「だから……『旋盤牢』で斬られても……」
「切れ味が良くて、逆に再生しやすかったディスよ?」
そう告げると、サブラは舌をチロチロとさせると、その両手に持った包丁をブンブンと振り回した……コイツ、透明にしたあった『旋盤牢』を全部……。
「タテ! 行きますぇ?」
「はい!」
「「『獅子神楽』!」」
ハオカとタテが嵐を作り上げ、サブラにぶつける――。
「ぬぐっ! これは、流石に!」
少し焦る様に、サブラは嵐を避けると一瞬で俺の前に現れた――。
「旦那さん!」
「父上!」
「くたばれ……」
サブラの右手の包丁が……俺の腹を……。
「――っ。『塗り壁』『塗り壁』『塗り壁』『塗り壁』『塗り壁』『塗り壁』『塗り壁』『塗り壁』!」
迫りくる刃の前に、力の限り『塗り壁』を作りまくり、そして――。
「グァッ!」
吹き飛ばされてしまった……。何とか、致命傷では無い……と思うんだけど。
「旦那さん、今――!」
「止め……ディス!」
マズイ……動け、ない……。俺は咄嗟に目を瞑り、死を覚悟した。
「…………」
――あれ?
「ふぅ……間に合った様で良かったッス!」
目を開けると……そこには。
「ミッチー?」
「ちっ……援軍ディスか」
ミッチーと愛里、そしてピトちゃんがいた。
「椎野さん! 今、手当てします……」
愛里が俺の傷をスキルで治していく……。
「ありがとう」
「いいえ、無事でよかったです」
愛里に肩を貸してもらいながら、何とか立ち上がる……。
「あ、まだ完全じゃないですから……ジッとしていて下さい」
俺達の前では、ミッチーとサブラが剣と包丁で鍔迫り合いを続けている。俺はミッチーの邪魔になりたくないと愛里に告げ、そのまま少し離れた所に移動させてもらう。
「悪いな?」
「いえ、本当に間に合ってよかったです……このまま治療を続けますから、少し横になって下さい」
そうして愛里は俺を膝枕すると、ハオカとタテを手招きする。
「愛里はん、旦那さんは……?」
「……父上……」
「取り敢えず、このまま暫くジッとさせて、治療を続けます。申し訳無いんですけど、少し護衛をお願いできますか?」
愛里の要請に二人はコクリと頷く。
「ちっ……中々、やる……」
「お前こそっス!」
ミッチーとサブラは火花を散らして、切り結んでいる……しかし、そこに更に――。
「――『一等星』!」
いつの間にか、サブラの後ろに回り込んでいた悠莉が横薙ぎの蹴りを放つ――。
「ちっ……まだ増えるんディス……か……?」
吹き飛ばされたサブラは忌々しそうに、呟き、悠莉、ペタリューダ、もも缶を見て……その顔に僅かな恐怖を浮かべた。
「お前……サブラと……」
その瞬間、もも缶が両手にナイフとフォークを持ってサブラに飛び掛かる。
「お前、美味しそう!」
「ぐっ! 多勢に無勢ディスか……『細胞分裂』!」
サブラがスキルを使うと、少し前の――発表会当時のサブラがその背中から現れた。
五人程現れたソレは、もも缶に飛び掛かると、そのままサブラから引き離していく――。
「ああ、邪魔、もも缶、お腹空いた――!」
……アイツ、何しに来たんだよ……。
「ふう……さっさとお前ら潰して、逃げるディスよ……」
そう呟くとサブラは再び背中から分身を生み出す――。
「クソ……」
「椎野さん、今は……安静にしていて下さい……お願い……」
俺が起き上がろうとするのを愛里が止める……。
「そうだぜ? ツチノっち! 唸れ! 『不動明王』!」
掛け声と共に、炎の鞭がサブラ達を襲う――。
「……サッチー」
声のした方を見ると……ドヤ顔のサッチーと……何か吐いてるダリーがいる。
「人の事は言えないけど……お前ら、大丈夫か?」
親指を立てるサッチーと違い、ダリーは「無理」と答える。
「ま、まあ、取り敢えず、ツチノっちもダリーちゃんも休んでてくれよ!」
そう言うと、サッチーは再び炎の鞭をサブラ達に向けて放つ。そして、その瞬間――。
「ああ……ああああああああああああああああああ! もう、お前ら、本当に鬱陶しいディス!」
ドンドン増える援軍に痺れを切らしたサブラがついにキレた……まあ、仕方ないよな。
「もう、ヤル……ディス……」
――その瞬間、俺でも分かる程に空気が変わった……。
「み、皆さん――!」
まず、ペタリューダが洞窟の壁に吹き飛ばされた……。
「ペタ子! ――ガッ!」
――次にミッチー。
「ガぁ……」
気が付けば、治療中の俺達以外……地面に伏していた。
「ガ……アレ……ガ、モドル……マエ、ニ」
既にサブラはその姿を変え、ワンピース姿の女性だったのが、今は灰色の甲冑に包まれていた。
「う……おじさん、愛姉、逃げて!」
悠莉がこちらを見て、必死に叫んでいる。
「旦那さん……うち達が時間を稼ぎますから、そん内に!」
ハオカとタテが構える、サブラはこちらに狙いを付けると、その両手の包丁を振り上げる。
「――愛里……逃げろ……」
「椎野……さん?」
まだ、ふら付くけど立てないほどじゃない。
さっきので分かった……『塗り壁』を防御に使うなら、ただ攻撃の前に置くんじゃ駄目だ……。
「ハオカ!」
サブラの包丁の前に『塗り壁』を配置する……ただ置くんじゃない、反らす様に……いなす様に!
「ガ……?」
振り下ろされた包丁は『塗り壁』に誘導されるように、ハオカの斜め前の地面を斬る。
「――っ。あ、『大太鼓』!」
ハオカの朱雷がサブラにぶつかる。
「ガガガガガガガア!」
至近距離で特大の朱雷を浴びたサブラが、膝をつく。
「そうか……羽衣ちゃんの言ったとおりだよな?」
「椎野さん……?」
「旦那さん?」
「父、上?」
「俺は……『サラリーマン』は……相手を倒すためにいるんじゃない」
――いつから……勘違いしていたんだな。
「俺は、『サラリーマン』は! 社会の荒波から、敵から! 家族を……そして、その生活を守るためにいる!」
ふらつく足をしっかりと踏み直し、立つ。その勢いで傷口に当てていたハンカチがヒラリと落ち、俺はそのままサブラを睨み付ける。
「……ガッ!」
気のせいかも知れないが、一瞬、サブラの瞳に恐怖の色が宿った気がする。そのお蔭か、サブラはこちらに向かうのを躊躇しているみたいだ。
「あ、つ、椎野さん!」
愛里の叫びに振り返ると、先程地面に落ちたはずの……俺のハンカチが宙に浮かんでいる。
「これは……?」
ハンカチはそのまま、俺の手元に来ると、その生地に広がった俺の血を吸い取る様に消していく。それと同時に、俺の胸ポケットからギルドカードが飛び出して来た。
ギルドカードとハンカチは、そのままゆっくりと宙に浮かび上がり、黄色と黒色の淡い輝きを放ち、絡み合いながらメロディを奏ではじめる……。
「ガ、ガ……ガアアアアア!」
その時、サブラがよそ見をした俺に向けて、その包丁を振り下ろす――。
「旦那さん!」
「大丈夫い!」
俺は、集中してその包丁を『塗り壁』でいなす。包丁はオレの前でその軌道を変え、俺の斜め前に振り下ろされる。
そして、俺の手元にギルドカードと、黄色と黒色の縞々模様に変わったハンカチが戻って来た。
俺はギルドカードに書かれたスキルとその効果を確認すると、サブラに告げる。
「一旦、社会経験積んで来い……『OJT』!」
ハンカチは、その大きさを変え、そのままサブラを包み込んだ――。




