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大・出・張!  作者: ひんべぇ
第五章:秘密結社
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マイ・シーオッター

続きです、よろしくお願い致します。

 俺達の目の前では、ラッコ男が溜まったストレスを一気に解消した様な表情で「ぶらぁ……」と唸っている。


 ……ストレスの原因って、俺じゃないよな?


 そう祈りつつ、俺はカンクの飛んでいった方向に目を向ける。どうやら、カンクはまだ生きている様で、ラッコ男はそちらから目を離そうとしない。


「……舐めやがってぇ……」


 やがて、カンクはフラフラとした足取りで立ち上がると、こちらを目指しながら顔を真っ赤にして俺達を睨み付け、一歩、また一歩と近付いて来る。


「……なあ、皆」


 俺はゴクリと喉を鳴らしながら、ふと、ある事を思ってしまった――。


「なに? おじさん」


「あれ……足元に『札落とし』仕込んじゃダメかな……?」


 きっと、今なら盛大にすッ転んでくれそうなんだけど……。


「いや……おやっさん……それは流石に……」


「やっぱ駄目か……」


「あ、椎野さん! 来ます!」


 愛里の言葉通り、カンクがふらつきを抑え、真っ直ぐにこっちに向かって来ている。心なしか速度が上がった気がする。


「聞こえてたんじゃ無いッスか?」


 ああ、やっぱりそうか、顔がさっきより赤い。


「でも、安全策は取った方が良いかな……と思ってさ……」


 ――ゴインッ!


「もう、仕掛けちゃった……」


 俺達から十メートルほど離れた所でカンクが頭を中心にして、盛大に半回転しているのが見える。


「ウクク……」


 その様子を見て、ラッコ男がニヤリと笑っている。どうしよう、何でコイツ、俺の隣に立ってるんだろう……。


「あ、立ち上がりましたね……」


 仕方がない……。


 俺は一歩前に出て、カンクに向けて声を掛ける。


「なあ、お前、カンクって言ったか? お互いもう、ボロボロだしさ……諦めて帰ってくんないか?」


 そうすりゃ、ラッコ男もカンクを追い掛けて行くかもしれないし……?


「……馬鹿にしてんのか……?」


 俺の提案を聞いたカンクは右目をピクピクと痙攣させながら、こちら――特に俺を睨み付けてくる。


「諦めるつもりは……無いのか? カンク……」


 その瞬間、カンクは更に顔を真っ赤にして叫んだ。


「俺は……カンクーロだっ!」


 ――叫ぶと同時にカンク――カンクーロは地面を蹴り、俺達、と言うか俺に向かって蹴りを放ってきた……! あそこから、届くのかよ!


 一瞬の出来事に誰も反応できず――ラッコ男はニヤニヤしてたが――俺は腹にカンクーロの蹴りを喰らう。


 ――ガッ! ゴゴゴゴゴゴリンッ!


「ぐぁ!」


 カンク――カンクーロの蹴りを喰らい、俺は先ほどのカンクーロ同様に吹っ飛ばされる……。


「おじさん!」


「旦那さん!」


 ぐったりとする俺の元に悠莉とハオカが顔を真っ青にして駆けつけてくれる。


 俺は二人に抱き起されると、わき腹に痛みを感じたまらず転げまわる。


「ああっ! 痛ぇ! あばら、これ、あばら折れたって、絶対!」


「「は?」」


 地面でゴロゴロする俺を見て、悠莉とハオカはポカンと口を開けている。いっや、これシャレに……ならん!


「あばら……だと? 俺の……スキルで……それだけ……だと?」


 カンクーロは俺が粉々出ないのが気に入らないのか、ブツブツと何か言ってる。そして、その油断は……非常に好都合だ!


「お、おじさん! 大丈夫なの?」


 俺は悠莉に対して「大丈夫」と伝えると、カンクーロに見える様に人差し指を一本立てる。


「条件一、名刺サイズを保つ事……」


「あ?」


 カンクは俺の顔を見て不機嫌そうに呟く。俺はそれに構わず、続ける。


「条件二、硬度最高で弾性を持たせない事」


 この時点で悠莉は俺が何を言っているのか気付いたらしく、目をぱちくりとさせて「それって……」と呟いている。ラッコ男に至っては何故かさっきから、ニヤニヤしっぱなしだ……。カンクーロ……お前はまだ気づくなよ?


「条件三、強烈な力を加える事……正直、二百枚近くあったのが一枚残して全部壊れるとか想定外だったよ……痛ぅ」


 いや、本当に冗談じゃない……。


 そして、俺はお腹をさすりながら、カンクーロに向かって手元のギルドカード――防御に使っていた『塗り壁』の最後の一枚を投げつける。


「――痛ッ!」


 可能な限り見え難くしてたお蔭か、俺が投げたギルドカードは見事にカンクの肩に突き刺さる。


「お前……何のつもりだ……?」


 カンクは肩にちくりと感じる痛みが不快なのか、顔を歪めながら、肩のカードを取ろうとする。


 しかし――。


「――あ?」


 肩のギルドカードを取ろうとしたカンクーロの手にはギルドカードが一枚刺さっている。


「んだぁ……こりゃ……?」


 そしてカンクーロは気付く。


 ――自身の背後から迫って来ているギルドカード達に……。


「――っ! な、何だ……! 何なんだ!」


 ギルドカードはカンクーロの叫びを無視して、肩のカードを目がけて飛んでいく。


「ぐぁ、や、やめ、止めろぉ!」


 ――やがて、大量のギルドカードがカンクーロの肩のギルドカードにくっつく頃には、カンクーロの腕は肩から千切れ飛んでいた。


「……『リーマン流 彦星』って感じ? あ、いや『牽牛』……『アルタイル』……どれが良いと思う? あ痛っ……!」


「どっちでも良いわよ、そんなの……あんまり、心配かけないでよね……?」


「こら、帰ったらお仕置き追加どすなぁ……?」


 そう言うと悠莉とハオカは「ふふふ……」と笑っていた……冗談だよね?


「椎野さん、取り敢えず治療しますね? 『ヤッセ』!」


 愛里がスキルを発動すると淡いエメラルドグリーンの光が俺の腹を包み込む。


「ありがと、だいぶ楽になった」


 そして、俺はミッチーに肩を貸してもらいながら立ち上がり、カンクーロと対峙――しようとしたのだが……。


「あれ? いない?」


「ん? アイツなら、逃げた。もも缶、見てた」


 いつの間にか、カンクーロの姿が消えていた。え、本当に逃げたの?


「アカテイカゴノママジュカユオヨ」


 カンクーロが逃げたと言う事態に俺達が呆けていると、ラッコ男が何か呟きながらこっちに来た。


「こいつ「ようやくじゃまものがきえたか」って言ってる」


「――っ! 分かるのかもも缶!」


 もも缶はコクリと頷く。そして、どうやらラッコ男はこのまま、俺との再戦を希望しているらしい……。


 ――えぇ…………?


 ちょっと待って、この状況で俺に戦い挑むとか! そんなに俺に目やられたの怒ってんのかよ! ……まあ、当たり前だが。


「ちょ、ちょっと待って! もも缶、せめて煙草吸わせて!」


 何とか時間稼いで逃げる準備を……。


「ウレッチオレサウソカバタ」


「オカバタ……?」


 おお、何かもも缶がラッコ男と会話を成立させている……。何か急にこいつが賢く見えてきた……。


 どうやら、ラッコ男、律儀に待ってくれるみたいだ……。


「ふぅ……」


「おじさん、どうするの?」


「うん……」


 さて、どうやって逃げよう? こんだけの人数いるから、俺に注意向けてバラバラに逃げれば、取り敢えず、何とかなるか……?


 悠莉もそんな俺の心情を知ってか知らずか「はあ……」とため息をつき、無言で俺の隣に座り込んだ。続いて、ハオカ、ミッチー、もも缶、愛里も順番に座り込み、俺が煙草を吸う様子をジィッと見ている。ピトちゃんだけ、俺の脛を蹴って「臭い」って言ってたが……。


「…………」


 ふと気づくと、ラッコ男が興味深そうに俺の煙草を見ている。


 ――吸ってみたいのか……?


「…………」


「…………」


 俺とラッコ男は暫く見つめ合い、何か気まずくなってしまった俺は新しい煙草を一本取り出し、ラッコ男に差し出してみる。


「……吸うか?」


「アクウス?」


 俺の言葉をもも缶がすぐさま翻訳してくれる。


 ラッコ男は暫く、煙草を見つめていたが、やがて――。


「ウオカダチ……」


 そう呟き、俺の手から煙草を受け取る。俺はその一本に火を付けてやる。


「オォホ……」


 どうやら気に入ったみたいだ……。


 そのまま五分ほど、俺とラッコ男は無言で煙草をすい続けた……。


 ――そして。


「さて……」


 逃げるか……!


「……アクラヤ!」


 俺は顎で少し離れた場所を示し、悠莉達にはその場を動かない様に伝え、ゆっくりと歩き出す。ラッコ男はニヤリと笑うと、静かに俺の後を付いて来る……。


 ――そして、俺達は対峙する……。


「ぶぅるぅぁぁぁ!」


 ――うん、これ、逃げるの無理!


 ラッコ男は凄惨な笑みを浮かべ、俺にゆっくりと近づいて来る。


 俺は『ポーカーフェイス』を発動し、必死で恐怖を表に出さない様にするだけで精一杯だった。


 そして、互いの距離が一メートル程になり、ラッコ男がその足に力を入れ――。


「あ、ラッコちゃんだ!」


 ピタリとその動きを止めた……。


 声のする方向を見ると、ダリー、サッチーがタテと羽衣ちゃんを連れてやって来ていた。そういえば、救助お願いしてたっけ……。


「ツチノっち! 無事か!」


「羽衣ちゃん、タテ君、後ろに下がって……? あれ?」


 サッチーとダリーは険しい表情でラッコ男を見ると、そのまま戦闘態勢を取った……が。


「きゃあ!」


 気付けば羽衣ちゃんが、ラッコ男の首に飛び付いている……いつの間に……?


「えっと……?」


「父上……大丈夫、と思います」


 混乱する俺に、またもやいつの間にか傍に来ていたタテが、苦笑いを浮かべながら告げる。


 そして、ラッコ男を見ると、ラッコ男は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、先ほどまでファイティングポーズを取っていた腕をダランと下ろしてしまった。


「アテスアギクラユ、ツィチ」


「みゅ、ランボー!」


 ラッコ男は呟くと、羽衣ちゃんを俺に向かって放り投げた。


 そして、ラッコ男は俺達に背を向ける……。


「ラッコちゃん!」


 その時、羽衣ちゃんがラッコ男に声を掛け、その動きを止めた。


「……羽衣ちゃん?」


「まって、まってて!」


 そう言うと、羽衣ちゃんはラッコ男の前に立ち塞がり、背中のリュックサックから何かを取り出した。


「はい、これ、ラッコちゃんに上げる!」


 羽衣ちゃんはリュックサックから取り出した何かをラッコ男に差し出す。


「アレは……テンガロンハット……?」


 羽衣ちゃんは取り出したテンガロンハットをラッコ男の頭にかぶせると――。


「ラッコちゃん、お似合いなの! それとね? このあいだは、ありがとうございます!」


 羽衣ちゃんはそう言うとぺこりと頭を下げる。


「ああ、そうか……話には聞いてたけど……」


 そういや、コイツのお蔭で羽衣ちゃんとタテは無事だったんだっけ?


 それを思い出すと、俺も何だか、力が抜けてしまった。


「あの……父上……」


 どうやらタテも何かお礼をしたいみたいで、モジモジしている。


「……分かった」


 俺はため息を吐くと、手荷物の中から新品の煙草とライターを、首から下げるタイプのシガレットケースと一緒にタテに手渡す。


「これで良いか?」


「――父上っ! ありがとうございます!」


 タテはそう言うと、パアッと笑顔を浮かべると、羽衣ちゃんの隣に立ち、ラッコ男の首にシガレットケースを掛けてやる。


「ンアサギナ……ヒグツ」


 ラッコ男はそう呟くと、何だかばつが悪そうに、少し目深にテンガロンハットを被ると、地面を勢いよく蹴りその場から立ち去ってしまった。


 ――ぶぅるぅぁぁぁ……。


「「「「「「――助かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」」」


 ラッコ男が立ち去り、遠くに響く咆哮を聞きながら、俺達はその場にへたり込み、無事、このピンチを切り抜けられたことを力一杯叫んだ。

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